ゼロから始まらない異世界生活 — かぼちゃ

筑駒文藝部

ゼロから始まらない異世界生活

 20XX年10月30日、僕は交通事故で死んだ。

 ――透き通る程に美しい、青い瞳を持つ少女だった。まさに一目惚れ、というやつなのだろう。道でその姿を目にした瞬間、思考も、視界も、彼女にしか行かなくなった僕は、赤信号を渡っていることに気づかずに――そのまま。

 冷静に考えてみれば、一目惚れの一言では片付けられないほどの異常な感情だったように思える。彼女はきっと天使ではなく、死神だったのだ、と。





 やっと目覚めたか、青年よ」

「ん……?」

 なんだかふわふわとした、不思議な感覚。言葉に表し難いような、禍々しくも神秘的な視界。そして、目の前の謎の老人。

 ここは……どこだ?

「ほっほっほ。分かりやすい顔をするのお」

 そう言って笑っている目の前の老人は、長く真っ白な髭と、不思議な神々しさを纏っていることに気づく。

 そう、まさにそれは神様のようで、そして――

「……ほっほっほって笑う人ホントにいるんだ……」

「ここに来る全員に言われるのお、それ。変えたほうが良いんかなやっぱ……」

「気にしてるのかよ……」

 気にしてるならとっとと変えろよ。無理してキャラ作ると後々の人間関係に支障が出るぞ。

「『ここに来る全員』って……ここは一体どこなんだ?」

「おぬしが誰よりも分かっているはずじゃ。おぬしはここに来る前何をしていた?」

「ここに来る前、は……えっと、確か女の子を追いかけていたら車に轢かれて……あっ」

「死因がアレなのは置いといて、まぁそうじゃな」

 ということは。

「ここは天国、ってことか?」

「天国地獄なんてものは無い。もしそんなもんがあったら人間は全員地獄に落ちとる」

「……」

 普通にエグいこと言うなこの爺さん。本気かネタか分かんねえから笑えなかったぞ。

「死んだ者が一時的に放り投げられる場所、と言っていいじゃろうな」

「一時的に……」

「そうじゃ」

「あんたはここの神様、ってとこか?」

「そうじゃな。今はわしのシフトじゃ」

「シフトとかあるんだ……」

 神様界隈の現実を垣間見た気がして嫌だな。

「もう少し時間が経てばここからも去ることになるから、少しの間人生でも振り返っていると良い」

「振り返る……っつっても振り返るほど人生してませんけどね」

「そうじゃなあ。まだ高校生じゃろ? 若いのお」

「ほんとっすよ。もっといろんなこと経験したかったのに」

「気の毒じゃな」

「そうっすよ。あーあ、なんか新しい世界で人生やり直せたらなー……」

「そうじゃなあ……」


「……」

「……」

 なんだこの沈黙。

「あ、あの」

「ん?」

「い、いや……なんでもないっす」

「そうか」


「……」

「……」

「え、えっと……こういうのってこっちから言うもんなんですか?」

「何の話じゃ?」

「え、いやえっと……なんか、欲しいチート能力とか、いう必要あります?」

「いや別に、無いが」

「あ、そうすか……」


「……」

「……」

 ……あれ?


「……それじゃ、ご愁傷様」

「ちょっと待ってごめん待って待ってホントに待って」

「なになになになになになになんじゃ」

「えなんで帰ろうとしてるの」

「えだってもう二十時だし……シフト終わったし……」

「いやそうじゃなくて。いや違うじゃん」

「なにがじゃ?」


「……転生、させてくれるんじゃないの?」


「……て、てんせい? なんじゃそれ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 思わず大声が出てしまう。


「急に怒鳴るな怖いじゃろがい!」

「怒鳴るだろ! 高校生くらいの男が交通事故で死んでこういう空間にぶち込まれて目の前に神様がいたらほぼ百%チート能力もらって異世界に転生して無双するだろ! そういうもんだろ!!!」

「あ、その転生ね……キレすぎじゃろ知らんわ!」

「はぁぁ!? 何のためにここに来たと思ってるんだよクソジジイ!」

「勝手に死んで勝手に来ただけじゃろ! あと今おぬし考えうる最悪の発言したぞ罰当たって死ね! 死んでたわ!」

「わざわざ頑張ってそれっぽい導入書いた筆者の時間返せよ! どう見てもこれこの女の子らしき人物と異世界で遭遇するパターンだっただろ期待させやがって!」

「何の話しとるんじゃ……勝手に期待して勝手に失望してんじゃないわい!」

「勝手じゃねえよ自然の摂理だろその流れは!」

「はぁぁぁぁぁっ!?」

 見れば、爺さんの血管がとんでもなく浮き出ていることに気づく。

「……一旦落ち着きましょう」

「おぬしが言えることじゃないじゃろ……」


 そう言って互いに地面(?)に座る。

「で、なんで転生させてくれないんすか」

「冷静に言っても変わらんわ……大体な、物語と現実は違うんじゃ」

「ぐっ……」

 急に正論を突き付けられて黙るしかない。くやしい。

「高校の屋上は基本閉まってるし」

「ぐ……」

「銀髪ツンデレ美少女はいないし」

「はい……」

「男女二人しかほぼ来てない部活とか廃部だし」

「うん……」

「奉仕部とか無いし」

「う……なんで急に名指し?」

「そもそも筆者が男子校だし」

「それ要る?」

「銀髪ツンデレ美少女はいないし」

「好きなのね銀髪ツンデレ美少女……」

 これ以上神様のだしだしを聞くのはごめんなので、無理やり話題を変える。


「でも今んとこあんたの神っぽいところ見た目だけだぞ。今んとこ高校生の悩みを聞くただのおじさんだぞ。もうちょっと頑張れよ」

「何様なんじゃおぬしは……そんなこと言われても知らんもんは知らん」

「そこを何とか」

「いやぁ……とりあえずこの書類になにか無いか調べてみるわい」

 そう言ってその神様は、何処からともなくその異常に分厚い書類を……厚すぎるだろいくらなんでも。千法全書くらいあるぞこれ。何千年の記録を抱えてるんだよ。

「ったく、見つけるのに何日かかるんじゃ……デジタル化しろ令和じゃぞ今」

「ちょ、ちょっ待って」

「まだなんかあるのか?」

「いやそうじゃなくて、僕ってもうすぐ消えるんだろ? 今から探しても間に合わなくね?」

「それな?」

 それなじゃねえよ。

「頑張って見つけ出してくれ頼む……」

 こればかりは神頼みしかない。


「……」

「……」

 神様が集中した表情に切り替わり、沈黙が流れる。

 ……こういうときって作業してる人に話しかけて良いのか分からない。案外相手も話しかけてほしかったりするから難しいところだ。

 しかし、あちらから話しかけてくれるなら一番楽なわけで。

「……なんでおぬしはそんなに転生したいんじゃ?」

「ハーレム作って美少女たちといちゃいちゃしたい」

「とっとと成仏しろハゲ」

「さすがに冗談だよ……別に大した理由は無いよ。ただ異世界に興味があるだけ」

「一個人の興味だけで働かせられる神……」

「いや、別に嫌なら調べなくてもいい……というか、僕だけのためにこんな熱心になってくれてるのがそもそも意外なんだよ」

 純粋な疑問を投げかけると、彼は少し寂しげな表情を浮かべて続ける。

「普段ならとっくに家帰ってエペしてるわい。でも、なんというか……調べないと、いけない気がするんじゃ」

「どういうことだ?」

「わしがいつからこの場所で働いてるか分かるか?」

 ……分かる訳ねえだろ。

「知らねえよ。何百年前とかか?」

「そうじゃな、わしも知らん」

「……え?」

「分からんのじゃ。わしがどういう経緯で来て、どうしてこんな仕事をしているのか分からない」

 あまりに唐突な展開についていけなくなる。

「記憶喪失、ってことか?」

「いや、記憶はある。ゴリゴリにある。……ただ、一つだけ、ぽっかりと穴が空いてるような気がするんじゃ」

「……それって」

「あったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「あったぞ! 転生の本!」

「お、おお……」

 さっきから展開が早すぎるだろ。さっきの話はもう良いのかよ。


『体験セット付☆誰でも分かる転生の始め方☆』


「……なにこれ」

「見て分からんのか」

「そういうことじゃなくて」

 なんだこの胡散臭さは。

 しかし、見た目に反して中身はちゃんとしているようだ。


「……うむ、多分この内容はガチじゃ。良かったな転生できるぞ」

「そ、そうなのか!? じゃあ早くやってくれ!」

「分かったから落ちつけ。えーっと、呪文は……」


『Кірын на грылі ў дзіцячым садзе з тофу』


「……なにこれ」

「『Кірын на грылі ў дзіцячым садзе з тофу』じゃな」

「なんて読むのこれ」

「『Кірын на грылі ў дзіцячым садзе з тофу』じゃ」

「理由は分かんねえけどなんかずるくね?」

「なんだっていいじゃろ。それじゃ、唱えるぞ」

「あ、ああ」


 それっぽい姿勢で呪文を唱えようとする神様を前に、思わず背筋をピンとして立ち上がる。


「『(以下略)』……あれ?」

「……ん?」

「あれ……呪文かけたはずなのにのお」

「なんか間違えたのか?」

「ちょっとラグいのかのお」

 ラグいとかあるのか……


「どうすんだよ」

「いや、この本の呪文のとこ押せば普通にいける」

「最初からそれでいいじゃねえか」

 なんだそのウェブサイトのリンクみたいな仕様。


「んじゃ、ぽちっと」

「ちょ、まだ心の準備が……うおおおおおお!?」

 見れば、自分の身体が輝いていくのが分かる。視界がぼやけていくのが分かる。

「いけそうか?」

「いける! これは絶対転生できる!」

「そうか、良かった」


 気づけば、僕の身体は神様が目を細めるほど激しい光を放っているようだった。

「あの……ほんとに、ありがとな」

「いや、わしも久々に若者とたくさん話せて楽しかったじゃよ。ありがとの」

「……ああ、じゃあな」

「じゃあの。達者でな」


 瞬間、視界は真っ黒に染まった。





「ん……これ全部、片付けんといけないのお」

 書類を漁っていたら地面がとんでもないことになっていた。めんどくさいのお……

「それにしても、愉快な若者だったのお……ん?」

 散らばった書類の中に、気になる二文字を見つける。

『禁忌』

「禁忌……? そんな前時代的な。いつの資料じゃこれ」

『20XX年8月3日』

「いや、これ……三か月前? んなアホな……」

 怪訝に思い書類を取り出す。


「は…………?」




『禁忌 『異世界』・『転生』……不幸な死に方をした者のみが送り出されていた異界。20XX年、謎の碧眼の怪物によって完全に破壊される。『異世界』だけでは飽き足らず、現実世界に干渉し、様々な姿に変わり人間を誘い込んでいる模様。

 なお、これら項目に関する呪文は二か月後に停止され、これら項目に関する資料は三か月後に消去される。また、『転生保留所』部署にて働く神からこれら項目に関する記憶を完全に消し、部署名は変え存在を抹消した。

 全力で対応中ではあるが、たとえ如何なる者でも『異世界』には絶対に入ってはならない。』


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