夜間旅行 — 東国柄者
筑駒文藝部
夜間旅行
眠気が覚めたとき、僕は学校の体育館にいた。そうだ、今日から僕は中学三年生になるのだ。また変わらずに面白くない日々が続くと思うと気が重い。
まず、うちの学校は男子校で三年間女子と一回もしゃべったことがない。成績は優秀な方だと自分でも思っているがそれだけでは友達はできない。趣味は紙飛行機を飛ばすこと。ただこれは校則で禁止されており大っぴらにできないことが問題だ。
ということで今年は一人でも友達を作るかと意気込んでいた。
結局初めの一か月は友達を作れなかったが、ゴールデンウィーク明けに重大な事件が発生した。
クラスのボスのような格である野村が急に学校を休んだのだ。
ボスには必ず取り巻きというのがいて、彼らは常にボス、つまり野村の護身を務めている。せっかくの中学時代をボスのために使わなくてもいいのにと思うのだが、彼らは何事もなく野村を他のグループのいじめっ子から守り続けるのだ。野村も彼らのことを信頼しているようで悩みがあれば打ち明けているように見える。ある意味いい信頼関係なのかもしれない。
野村は護身役にも無断で欠席しており「骨折をした」「デートに行った」「病気にかかった」「いつも偉そうな罰当たりだ」などと多くの憶測が広まった。
その日の夜遅く、家の呼び鈴がなった。母がドアを開けると担任の田原先生が立っており何事かと思ったら、野村が失踪したそうなのだ。野村の両親も探しているらしい。今にも泣きだしそうな声で野村の顔写真を持ち先生は「どこか心当たりはありますか?」と尋ねてきた。一軒一軒回って聞いているのだろう。先生はひどく疲れていた。ただ僕は何の心当たりもないので「ありません」と答えるしかなかった。
僕はどうしようもないのでそのまま布団に入った。しかし四月なのに熱帯夜ということで、異常気象になれない僕は暑すぎて寝付けなかった。
午前一時二十分を時計が過ぎた頃、リビングから声が聞こえてきた。父の一之と母の万里の声だとすぐに分かった。「うそでしょ」「あの時……」と小声で話し合う父と母。僕は気になって起きて来たら万里は見たこともない剣幕で「子供たちは早く寝なさい!」と怒鳴ってきた。子供は一人なのにと思いながら仕方なく寝ることにした。あの時とはなんだろうと頭が疑念でいっぱいだったもののなぜかすぐに寝落ちした。
翌朝は普段通りに学校に行ったが、朝の両親の態度があからさまに冷たく、強い違和感を覚えた。学校に行っても頭から違和感が離れず落ち着かなかった。何よりも両親が自分に隠し事をして知られまいと躍起になっているのに驚いたのと単純に寂しかった。そして隣の席の「野村の護身役」も僕と同様にずっとうわの空だった。なぜか共感できる気がして少し嬉しかった。
部活を終え、気を紛らわすために紙飛行機の材料を買い、家に帰った。ところが、そこに両親の姿はなかった。テーブルにご飯は無く、代わりに書き置きが一つあった。「もう会えません」と。何があったのか分からなかった。今まで普通の家庭で幸せに過ごしてきたはずなのにどうしてだろうと思った。また、どれだけ重要な秘密を知ってしまったのだろうとも思った。考えてもどうしようもないので自分でご飯を作ることにした。食欲は無かった。その夜はなぜか体がそわそわして眠れそうに無かったため外に出てみた。
財布と携帯、紙飛行機だけを持ち家を出た。普段は見ない深夜の街。住宅街を抜けて駅前の繁華街に着くと賑やかだった。妖しげな店もあればスーパーのような一般的な店もあり、少し心が落ち着いた。しかし、すぐに「どこに行けばいいのだろう」という不安が頭をよぎる。周りの人は酔っ払っている人も多く少し怖かったが、なぜか一人でいることに自信が持てた。友達を作るなんてどうでもいいというような気がした。
一つの店に入ってみた。店員の人はすごく驚き、僕を帰らせようとした。他の客も一斉にこちらを見て驚いた顔をしていた。その店は居酒屋で盛り上がっていたが、一人寂しそうな中年のおじさんがいた。どうやら会社での激務に耐えられず退職したもののすることがなくて困っているようだ。いろんな悩みがあるもんだなと思いながら自分と重ね合わせた。怒られたこともあったが家族がいてこそここまで来れた。今、それを失った。少し外出してるだけかもしれない。でも、なぜかもう帰ってこないような気がした。
店を出たが、まだ午前三時だ。明日は日曜日なので学校はない。道端にはいろんな悩みを抱えていそうな人がいた。結局世の中は悩みでできているのだろうか。僕は中学三年生になってこんなことを考えることになるとは思ってもいなかった。
一晩で多くの人と喋った。フラれてずっと泣いている女子高校生。リストラによって行き場を失ったサラリーマン。迷子の小学生とは一番たくさん喋った。共通点が多いからだろうか。他にも孫が早死にして喪失感に襲われる初老の女性、就活に失敗し何もすることがない若い男性。彼らと喋っていくうちに心が打ち解けてきた気がした。仲間はたくさんいると。
駅の前まで来た。どこか遠い所へ行きたくなったからだ。午前三時四十五分発のロマンスカーがちょうど来たので乗ってみようと思った。車内アナウンスもなく、ただ走り続ける電車。乗客もおらず、一人寂しい気持ちになっていた。
歩いていると他の乗客の声が聞こえてきた。同じくらいの少年の声だ。近づくと見覚えのある顔だった。野村ではないか。なぜここにいるか尋ねると、分からないそうだ。
ただ、重要なことを教えてくれた。彼は休んだ日に僕の両親に会っていたようだ。それ以外の情報はなかったが。列車は藤沢で逆方向に進み、片瀬江ノ島へと到着した。
到着して海に歩き出したが、もう野村はいなかった。どこで降りたのだろう。また、なぜ午前三時台に電車が来たのだろう。誰もいない夜の江の島で一人、歌を歌っていた。江の島が歌に出てくるたびに、ここは普段は賑やかなのだろうと思う。することがなくて海岸を歩いていたら若い二人を発見した。二人はカップルで踊っていた。そしてそこに野村は近づいて行った。男の方には見覚えはあるが、誰かは思い出せない。急に野村が見えなくなった。そこには代わりに小さな赤ちゃんがいた。不思議に思ってみていると、女が一人遠くからやってきた。そして……。その赤ちゃんを海に突き落としたのだ。赤ちゃんはもがきながらも海に沈んでいった。
いつのまにか僕の隣には野村がいた。野村によると海で遊んでいたが早く上がってきたということだ。赤ちゃんを見たかと聞いたが、返答はなかった。すると江ノ電が過ぎ去った。
僕たちは鎌倉に向かった。道中では青緑に光る海を見てなぜかおびえていた。海に僕たちが吸い込まれていくように感じたからだ。
鎌倉についたが、人は誰もいなかった。ただ、先ほど見覚えのある女が一人ホームにいた。「いまどこ?」「会えるかしら」「ならまた今度ね」このような会話を電話越しにしたのち、江の島へ行ってやる、とだけ言って夜の闇に消えていった。
僕は鎌倉から新宿に戻っていた。両親の謎が解けたような気になっていた。野村君は、「僕は学校を休んでずっとこの世界にいるのさ」と言った。朝の始発が来たようだ。僕たちは次第に体の感覚がなくなっていき、空に浮き上がっていった。たったそれだけだった。
夜間旅行 — 東国柄者 筑駒文藝部 @tk_bungei
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