第32話 自宅にて

 金曜日の放課後、俺はいつものように小説を書く。


 今日は嫌なこともあったが、それもまた経験だ。


 良いことも悪いことも創作の糧にするのが作家というものだ。


 ……まあ、ただの受け売りだけどな。


 でも、すこしだけならわかる気がする。


「なるほど……いやな登場人物をどう書くか迷っていたが、今日会った空手部の奴を思い浮かべればいいのか。逆に見た目がおっかないけど、佐々木君みたいに良い人もいると」


 うーん、あの人はかっこよかったな。


 礼なんか求めずに、自分が気に食わなかったから助けただけみたいな。


 今度機会があったら……そういう主人公の作品を書いてみるか。








「ちょっと!? ご飯だって言ってるでしょ!」


「うお!? びっくりしたぁ……」


「全く、それはこっちのセリフよ。ただいまも言わないし」


 時計を見てみると……七時を過ぎていた。


 どうやら、夢中になって書いていたようだ。


「すまん……全然気付かなかった」


「ほんと、小説に関してはすごい集中力ね。褒めていいのかわからないけど。勉強もそれくらい集中できるといいのにね」


「ほんとになぁ……」


「それで、結構進んだの?」


「まあ、おかげさまで調子は悪くないかな」


「ほんと、葉月ちゃん様様ね。きちんと、お礼をしてくるのよ?」


「わかってるよ」


「そう、ならいいわ。とりあえず、ご飯にするわよ」


「わかった、すぐにいくよ」


 姉貴が部屋を出ていってから、切りのいいところまで書いて保存をする。





 その後、夕飯を食べる。


「それで、明日の予定はどうなっているの? 葉月ちゃん達がくるんでしょ?」


「そうだった、それもあった……あっ、スマホに連絡きてた」


「なにやってんのよ。あんな可愛い女の子の連絡を無視するとか……」


「し、仕方ないし。こちとらスマホを見る習慣がないんだよ」


「これだから ぼっちは」


「ぼっちいうなし。当たってるから何も言い返せないし」


「はぁ……まあ、いいわ。とにかく、さっさと食べて連絡しなさい」


「わかってるよ」


 ご飯を食べ終えたら、葉月に電話をする。


「もしもし?」


『あっ、もしもし……やっとでた……こ、こんばんは』


 なんだ? 声が変だな。


 そういえば、今日は学校でも変だった気がする。


 なんか、隣の席なのに、全然話しかけてこなかったし。


 まあ、目立たなくていいから、それはそれでいいんだけど。


「こんばんは。すまん、執筆してて気づかなかった」


『まあ、そうだと思ってたし。それで、明日なんだけど……何時くらいなら大丈夫かな?』


「朝は執筆するから、午後からだと助かる。パンケーキを奢るから、二時くらいが良いか?」


『そうね、それくらいだと私もお母さんも助かるかも』


「わかった。ところで、どこで集合する?」


『えっと……』


 その時、電話の後ろから声がする。


『結衣〜! 是非うちに来てもらってねー! お母さん、お礼も言ってないんだから!』


『にいちゃん!? 俺も電話する!』


『わたしも!』


『う、うるさいし! お母さんわかったから! 二人とも、明日会えるからあっち行って! もう……全部聞こえてるし』


「………」


『野崎君? ごめんね、うるさくて……』


 ……悟られるわけにはいかない。


 この胸の痛みを。


「いや、大丈夫だ。なるほど……まあ、お母さんも会ったこともない男じゃ心配だろうな。じゃあ、そっちに迎えにいく形にするよ」


『ごめんね、わざわざ。こっちはお世話になるのに……』


「気にしなくていい。んじゃ、また明日な」


『えっ? ……うん、また明日ね』


 何やら葉月が話したそうな様子だったが、強引に通話を終わらせる。


 「……お母さんか」


 葉月の家は父親がいなく、大変なことはわかってる。


 そして、うちには父親がいて生活できていることも。


 それでも思う……母親のいる生活って、どんな感じなのだろうかと。

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