第17話 膝枕イベント
……これは、なんの夢だ?
泣いてる俺を、姉貴が慰めてる?
……思い出した、小さい頃に風邪をひいた時の記憶だ。
「……お姉ちゃん」
「大丈夫よ、ここにいるから」
親父は遠方に出張してて、姉貴は受験生で……。
頼れる親族もいない俺たちは、困り果てていた。
「……ダメ。お姉ちゃん、受験ってやつだもん」
「大丈夫よ、他の大学でも良いから」
「僕……お姉ちゃんが、遅くまで起きて勉強してたの知ってるもん」
姉貴はバイトを掛け持ちしながら、遊ぶことなく勉強をしていた。
家のこと、俺のことを世話しながら……。
「何言ってんの。アンタの方が大事よ」
「……ダメだよ、こんなのただの風邪だし」
「何言ってるの……風邪でも人は死ぬのよ」
「もう熱も下がってきたから平気だもん」
「でも……こんな時、お母さんがいれば……」
「行ってきて——お願いだから」
「……わかったわ。速攻で終わらせて帰ってくるから」
制服姿にカバンを持って、姉貴が部屋から出て行く。
この時の俺を褒めてあげたい。
なぜなら……姉貴が出て行った後、泣いていたからだ。
「いかないで……一人は嫌」
親父は残業や出張が多く、ほとんど家にいない。
もちろん、母さんもいない。
そんな中、頼れるのは姉貴だけ。
……だから、もう迷惑をかけないように誓ったんだ。
家の手伝いをして、お金も稼いでって……。
友達も作らずに、早く自立しようって。
……まあ、コミュ症だから友達もいないし、バイトも失敗したけど。
でも、小説に出会った。
これで自分でもお金を稼げるし、家のこともできる。
……だというのに、また心配をかけてしまった。
……ん? 何か柔らかい?
「……なんだ?」
「んっ……ちょ、ちょっと……!」
「……はい?」
聞きなれない声に、目を開けてみると……。
「は、葉月?」
「……おはよ、野崎君」
……俺は葉月を下から見上げている。
そして、目の前には大きなお胸が二つ……。
そして、頭に感じるこの柔らかい感触……膝枕!?
「す、すま——」
「動いじゃダメ」
起きようとしたら、上から身体を押さえられる。
……こ、これが噂の膝枕ァァァ!?
リア充且つモテ男にしか味わえないという伝説のイベント!
……待て待て! その前に色々とおかしいだろ!?
「な、なんで、葉月がここにいるんだ?」
「うんと……とりあえず、見舞いに来たって感じかな?」
「な、なるほど?」
いや、全く意味がわからない。
熱で、俺の頭が回らないからか?
「だって、私に傘を貸したせいでしょ? ほんとにごめんなさい」
そう言い、申し訳なさそうな表情をする。
その姿を、俺はあまり見たくはない。
「……関係ない。あれは、俺自身が無理矢理持たせたからだ。お姉ちゃんが風邪をひいたら、下の子達は心配するだろ」
「……ふふ、カッコいいところあるんだ?」
「……ほっとけ」
「じゃあ、ごめんねじゃなくて……ありがとうって言っておくね」
「……ああ」
ァァァ!なんだ!? 身体がむず痒い!?
「え、えっと……お部屋の中、結構綺麗なのね」
「まあ、姉貴がうるさいし……あれ? 葉月は、どうやってうちに入った?」
「野崎君の家を探してて……そしたら、声をかけられたの」
「なるほど…姉貴がすまん」
きっと、強引に連れてきたに違いない。
「ううん、別に平気だし」
「それで、何故……膝枕なんだ?」
いや、めちゃくちゃ嬉しいですけどね!
「いや、君が……まあ、いいや」
「はい?」
「ラブコメイベントになるかなって思って……」
「た、たしかに」
目を閉じて、さっきの光景を思い出してみる。
「俺は、この感動を言葉で伝えなくてはいけない。葉月の素晴らしい太ももの感触を」
「そしてモチモチの生足に、見上げるおっぱい、可愛らしい女の子の表情を」
「……はぅ」
「うん?」
なんだ、今の可愛らしい声は?
目を開けてみると……顔を両手で押さえている葉月がいた。
「どうした?」
「ど、どうしたじゃないし! 全部声に出てるし!」
「な、なに!?」
しまったァァァ! 心の声が漏れていた!
「あらあら、随分と楽しそうねー。まるで、恋人みたい」
「あ、姉貴……」
「ち、違うんです! 私と彼は、そういうじゃないんです!」
「あら、残念」
「わ、私、帰りますね! 野崎君お大事に! また学校でね!」
「おう……今日はありがとな」
「そ、それじゃ!」
俺を膝から下ろし、バタバタと部屋から出て行く。
……俺は、なにをショックを受けてる?
元々、そういう契約だったじゃないか。
葉月が、俺に付き合ってくれるのは、ただのラブコメイベントのためだって。
そもそも、俺の小説のファンであって、俺自身ではないし。
「あらら、照れちゃったわね」
「あん?」
「……褒めようかと思ったけどやめようかしら?」
「なにがだよ?」
すると、姉貴の手がおでこに触れる。
「もう熱はないと。アンタ、傘を貸して風邪をひいたのね?」
「……嘘をついてごめん」
「別にいいわよ。よくやったわ、偉いわね」
そう言い、俺の頭を撫でる。
振り払おうと思ったが……昔の夢を見たからか、そんなことはできなかった。
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