第16話 風邪をひく
……しくった。
思いっきり風邪をひいてしまった。
いや、原因はわかってる。
昨日、雨に濡れて帰ったのはまだ良しとしよう。
しかし、軽く拭いただけで風呂も入らずに、小説を書きまくったのが悪かった。
しかも、飯も食わずに。
姉貴が帰ってきた時には、すでに熱が出ていた。
なのでシャワーを浴び、薬を飲んで寝たのだが……。
「治らなかったか」
「当たり前じゃない!まったく、馬鹿なんだから。傘を学校においてくるとか」
「うぅー……頭に響く」
「自業自得よ。まったく、心配かけないでよ。これじゃあ、おちおち遅く帰れなれないわ」
姉貴の帰りは、昨日は十時を過ぎていた。
何をしていたかわからないが、自分の時間だったのだろう。
それを俺が心配をかけてしまった……これでは、姉貴が大変だ。
「……ごめんなさい」
「い、いや、そういうつもりで言ったわけじゃないわ」
「うん、わかってる。でも、ごめんなさい」
俺がこんなんじゃ、姉貴がおちおち出かけられない。
もう、ガキじゃないんだからしっかりしないと。
「まあ、いいわ。とりあえず、仕事を休んで……」
「それは大丈夫だから。お願いだから仕事に行ってくれ」
「……じゃあ、約束しなさい。私が帰ってくるまで小説を書かないって」
「うん、わかった」
「なら良し。ただし、何かあったら電話すること……いいわね?」
「約束する」
「じゃあ、行ってくるわね」
二階の部屋を出て、トタトタと階段を下りていく。
その音を聞きつつ、布団をかぶる。
「風邪一つくらいで心配しすぎ……とは言えないよなぁ」
俺の母親は身体を壊して、弱るように亡くなってしまったらしい。
その様を、俺は知らない。
でも、姉貴は……それを目の前で見ていたはずだ。
だから、過剰に心配してしまうんだろう。
「今日は、大人しく寝るとするか」
本音を言えば、小説を書きたい。
昨日はアイデアが湧いて、筆が止まらなかった。
その熱が、まだ俺の中にある。
「これも葉月のおかげか」
あいつがラブコメイベントを手伝ってくれたからだ。
……おっぱいって、あんな柔らかいのか。
「ま、まずい、熱が上がる……」
……あいつ、俺が休んだこと気にしないといいけど。
◇
「というわけで、風邪をひいて休みだそうだ」
ホームルームで茂野先生が、野崎君が休んだことを告げる。
校門で待ってたら、全然こないし……変だと思ってたけど。
風邪? ……私のせい?
「まあ、昨日雨が降ったしな。おそらく、傘でも忘れたんだろ。もう六月だし、お前らも傘を忘れるなよー」
傘を忘れたのは私だし……やっぱり、私のせいだよね?
結局、その日の授業は集中することができなかった。
そして、ようやく放課後を迎える。
「桜、私は先に帰るね」
「ほほう? 見舞いとは献身的ですな。彼氏が心配と見えるねー」
「そ、そんなんじゃないし!」
顔が熱くなるのを抑えつつ、茂野先生のもとに行く。
「茂野先生!」
「うん? どうした?」
……どうしよう?
このご時世だから、個人情報を教えてもらうのもアレだし……。
ァァァ! もう! なんで私は電話番号を聞いてないのよ!
「ふむ……おっと……そういや、なんかプリントがあったなぁ……いや、俺は忙しいし……誰か代わりのやつはいないかなぁ〜」
「わ、私がいくし!」
「おっ、そうか。悪いな……じゃあ、よろしく頼む」
「はいっ!」
プリントと、住所が書かれた紙を受け取る。
「……いい顔になったな。いやはや、青春は眩しいぜ」
「茂野先生……」
先生は、当然ながら……私の事情をある程度知ってる。
「ほれ、さっさと行ってこい。んで、しっかり周りを頼ればいいさ」
「どういうこと?」
「大人を頼れってことだ。それを無下にはしないだろうよ」
「……あっ……う、うん! ありがとう!」
「おうよ」
プリントを受け取り、学校を出たら……まずは電話をかける。
本当は、迷惑かけたくないけど……。
「……あっ、おばあちゃん? 悪いんだけど、恵梨香のお迎えいけるかな?」
『あらあら、珍しいわねぇ』
「ごめんね、急に……無理かな?」
『そんなことないけぇ。お爺さんも、行ってこいって』
「……お爺ちゃん、おばあちゃん、ありがとう』
「こっちは気にしないでいいから楽しんでらっしゃい』
「な、何が?」
『ほほ……じゃあ、恵梨香は任せてね』
そこで、電話が切れる。
うちのおばあちゃんは、いつも鋭いし。
……頼って良かったのかな?
あとで、みんなに謝らないと。
……ここを行って、こっちに向かって……。
「えっと……最後に、こっちを行けばいいのね」
Googleマップを開いて、指定の住所に到着する。
「多分、この辺だと思うんだけど……」
Googleマップは若干曖昧なところがあるから、注意して見ていかないと。
「野崎、野崎……」
「ねえ、貴女」
「へっ?」
振り返ると、綺麗な女の人がいた。
「もしかして、うちに何の用かしら?」
「あ、あの! 同じクラスの葉月っていいます! 今日はプリントを……」
「……へぇ? なるほどなるほど……傘を持たせたはずなのに変だと思ったのよ。その手にあるのはうちの傘よね?」
「そ、そうです!これを返しにと、私のせいで風邪をひいてしまったのかと……」
「……いいところあるじゃない。叱ったのは私が悪かったわね……」
その女性は、何やら考え込んでいる。
多分、お姉さんであってるよね?
「あ、あの?」
「ご褒美が必要ね……じゃあ、お見舞いしてくれる? あっ、私は天馬の姉で小百合っていうわ」
「は、はい! 小百合さんですね。私は葉月結衣っていいます」
「結衣ちゃんね。じゃあ、鍵を開けるからついてきてね」
そのまま、お姉さんについていき……家の中に通される。
「お、お邪魔します」
「まずは手洗いうがいね」
それを済ませたら、階段を上っていき、とある部屋の前に到着する。
「ここがあの子の部屋だから。できたら、入って様子を見てあげて。換気はしてあるから平気だと思うけど、注意してね。私は、薬と料理を作ってくるわ」
「は、はい」
そのまま、お姉さんは階段を下りていく。
「よ、よし……失礼しまーす」
ゆっくりとドアを開けて……。
「わぁ……凄い」
そこには本棚が並んでいて、無数の本が綺麗に置いてある。
テーブルの上にはパソコンがあり、多分執筆してる場所だ。
「すぅ……」
「あっ、寝てる……」
別に、なんてことない顔なんだけど……なんだろ?
少し、変な感じがする。
ゆっくりと近づいていくと……手を握られる。
「ふえっ? な、なに?」
「……いかないで」
「えっ?」
その目からは涙が出ていた。
「ど、どうしよう? ……ええい、仕方ないよね」
手を繋いだまま、ひとまずベットの端に座る。
「うひゃ!?」
いきなり腰にしがみ付かれる!
「な、なっ……!」
「一人は嫌だ……」
……どうやら、寝ぼけてるみたい。
「もう、仕方ないわね……こ、こんなこと、したことないんだから」
彼の身体をゆっくりとずらし、膝枕の状態にする。
すると、再び静かになった。
一人は嫌か……野崎君も、何か事情があるのかな?
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