ゴミみたいな世界

千春

第1話

ネットは楽だ。嘘で溢れている世界は信用もクソもない。だから何も感じない。そんな俺は、今日も家に篭ってpcの画面を眺めていた。snsのページを開くと上に表示された情報を見た。「クロネッカーの青春の夢」が映画化されるらしい。予告を見ただけだが面白そうだ。下にスクロールすると「玉抜け酷くて萎えるわ。こんなクソゲーやってらんねぇ」と@ghost_ringの呟きを見つけ、俺は玉抜け酷くて即萎えたから別のゲームに逃げたなあ、なんて思いながらイイネした。その呟きの下には「コンビニ行っただけで職質された。死にてぇ」と@カントール関数の呟きがあった。こいつ何気に面白いからフォローしてんだよなぁ、そんなことを思いながら下にスクロールするとまた同じやつの呟きがあった。「なに、集団自殺すんの?俺もそこ行って死ぬか」なんてまた馬鹿なこと言ってんなあと思い、リプ欄を見ると「もう少し生きれば良いことありますよ」「死ぬのやめろよ」「通報しとく」などのリプがあり、俺は「その時は一緒に死のうぜ」と面白半分で送った。すると、すぐに俺のリプに返信があり「やっぱ好きだわお前。dm送った」と返ってきた。それを見て、開かねえし面倒なんだよな、と思いながら俺はsnsを閉じてゲームすることにした。


いつものfpsゲームをしようとしたらバクでログイン出来なくなっていた。俺以外にも居るか調べてみると、同じやつが何人も居てゲームの不具合なら仕方ないか、と別の最近している推理ゲームをすることにした。ゲームは謎を解くことで新しいアイテムや街、衣装がアンロックされる。俺は女の子のアバターが可愛く衣装も良いものが沢山あり、それに釣られゲームを始めた。だが難易度は高く他の誰かが解けたか探すがなかなか解ける人はいなくて進んでいない。この間から止まっている殺人事件の推理を考え始めた。

"細やかな針状の血痕が集中していた"という話から描写を聞く限りこれが飛沫血痕であり、被害者の身体から噴き出した血が直接ついたと考えられる。だが十七世紀の主人公が法医学の知識を持っているか確定ではないけれど、殺害のときの状況は推測できるはずだ。

事件現場が分かれば容疑者は202と203の人物に絞りこめる。犯人は201の部屋に入るしか無かったから。cの証言によるとaは電話しており部屋に戻ったらドアの錠をかけていた。

血痕から考えると犯人に襲われたとき伏せていた状態でいたから、自分で犯人のためにドアを開けたはずがない。となると犯人は窓から入ってきた以外に考えられない。

元からのヒント、谷山-志村予想が成立すると証明できたら、あらゆる有理数体上の楕円曲線はそれと対応するモジュラー形式を持つと保証される。するとフェルマーの最終定理を扱う方程式と関係しており、例の楕円曲線は存在しないと間違いなく保証される。つまり必然的にフェルマーの最終定理は成立する。半安定な楕円曲線は全て谷山-志村予想に合致すると証明したのはアンドリュー・ワイルズで、谷山-志村予想の特殊な状況の一つでしかないのは確かだが、解決するにはこれだけで充分すぎるぐらいだった。要するにワイルズは別の予想が正しいことを証明することでフェルマーの予想が正しいと予想したわけである。だが上記のヒントでは何もピンと来ない。

疑問的は二つで、bが犯人だという主の予想は正しいか、どうやってその結論を導いたのか。

最近公式の出したヒント、椅子の背もたれの血痕を手掛かりに考えると答えは見つかるはず。

飛沫血痕は装飾された像の表面に残っており、そのことから殺人が起きたのは廊下ではなく室内だと指摘することでcとdの容疑を否定する。もう一カ所の血痕は椅子の背の一角に弧を描いていて、拭き取られたものだと考えられる。わざわざ死体を廊下まで運んだのも、自身が部屋で犯行に及んだという事実を隠すためで、容疑者の範囲を広げ他の人間に容疑を被せようとしていた。だがその偽装工作はあまりにずさんで血痕を完全に拭き取れなかった上に飛沫血痕を一ヶ所逃してしまっている。

消去法により犯人は色覚障害の赤と緑が見分けにくかったと考えられる。だからfの容疑は否認できる。像の血痕を見つけた本人だから。

色覚障害は赤いものが緑に見えるわけではなく、両方とも違った色に見える状態である。

歩いている被害者を見たからfは犯人から外れる。血を拭い去らなかったことの他に犯人は致命的な間違いをもう一つ犯していた。現場に偽装工作をするとき、被害者の杖を置く位置を間違えたことだ。怪我をしたのが左足で、ふつう杖は体重を分散させるために健康な足の側を使う。だから廊下で殺害されていたとしたら、杖は右側に倒れたはず。だが犯人は杖を左側に置いてあるわけだから、歩いている被害者の姿を一度も見ていないことになる。よって被害者と廊下で顔を合わせたことがあるfは犯人ではない。

eの容疑を否認するには、遺伝学を使う。母親が赤緑色覚障害を持っていて娘がそうでなければ父親は必ず持っていない。赤緑色覚障害は伴性遺伝して原因になるのはx染色体にある劣性遺伝子である。女性だったら両方のx染色体が原因となる遺伝子を持っている場合だけ色覚障害が発生することから、色覚障害を持っている母親は二つのx染色体どちらにも原因の遺伝子が含まれている。ということは娘が受け継ぐx染色体にも関わらず原因の遺伝子が含まれている。つまり娘が赤緑色覚障害を持っていなくて母親が持っていた場合、娘が父親から受け継いだx染色体は問題が無いということで父親が色覚障害を持っていることは有り得ない。ということからeの容疑を否認できる。

色覚に関する異常な事実は十七世紀ではまだ証明されていない。主人公が正しい答えを見つけ出すことは不可能で、犯人を見つけたと言い老衰したのはただのはったりであると推理する。結果bが犯人となる。

推理し終えた時には既に6時間が経っており、疲れたと思いながら冷蔵庫にあるアイスを食べた。


ゆっくりしていると、またpcでsnsを開いた。dmに通知マークがあったが関わる気は無いために無視した。「ゲームの画面見すぎで頭痛え」と生存確認に一日一つの呟きをした。すると@カントール関数から「dm見てください」とリプが来た。誰が返すかよ、と笑いながら他人の面白そうな話を眺めていた。その日は頭の使い過ぎでいつの間にか寝ていた。

朝、起きるとpcに頭を置いていた為に首や身体が痛かった。シャワーを浴びてスッキリした俺はまたpcでsnsを開いた。すると@カントール関数の呟きが流れてきて「無視されたし一人で自殺は嫌だから、駅降りてすぐの映画館で誰か殺して死ぬ」とあった。その言葉を見て無視したのは俺だ、俺のせいで人が死ぬ、と怖くなった。もう俺のせいで人が死ぬのは嫌なんだ。せっかく忘れてたのに、と頭の中で次から次へと嫌なことを考えてしまう。頭を抱えた俺は薬を飲むことで落ち着きを取り戻し、駅降りてすぐの映画館があるところは一つしかないと考えつき走った。走りながら、色んな感情が頭の中で飛び交い頭痛がした。都合良く最寄り駅には二分後出発の電車があった。それに乗り目的の駅に行って降りた。


電車の中は空いている状態だったが、映画館まで行くと人が多く吐き気がした。人間嫌いがこんなところに来るべきじゃなかったんだと思いながら、姿も知らない人間を探した。俺が見付けられず人が死ぬかもしれないと焦り汗が流れてきた。流れてきたことに気付いた俺は落ち着こうと深呼吸をした。人を殺すやつは少し挙動がおかしいはずだ。それに俺と同じ人間嫌いとするとフードを被っていることが妥当だ。焦らずゆっくりと周りを見渡すと一人だけ探している人間に当てはまる人物を見つけた。走って、走って俺は勢いをつけ過ぎでぶつかってしまった。背が低い方だと思っていたがフードが脱げるとロングの髪の毛が流れ、女性だったことに気付いた俺は動揺したが、すぐに向き合って相手を見て話し掛けた。

「あの!お、俺@アルキメデスの螺旋です!その手に持ってるナイフ俺にくれないかな。捕まっちゃうよ?」

そう言いながら俺はナイフを渡すように言葉をかけた。それが警戒心を強くしたのだろうか。少し手に力が入ったのが分かった。それから俺は他人を巻き込む可能性が無いとしても、自殺する可能があると思ってすぐ声を出した。

「あ、今度一緒にクロネッカーの青春の夢見に行こう。公開したら俺が奢ってやる。ポップコーンとジュース。俺は塩バターがいいか。俺は炭酸飲めないんだけど炭酸がいい?それともやっぱグレープジュース?」

そう言葉を続けることで相手のナイフを持つ手の力が弱まったように思った。それを見て俺はそのまま言葉を続けた。

「あ!俺さ、あの難易度の高い推理ゲームの推理できたんだよね。その推理、他の容疑を否認してbが犯人になるんだ。前にその過程が分からないって悩んでただろ?教えてやるから!それに今度"有限生成アーベル群"ってゲームが発売されるらしいよ。ここ一年何も動きなかったけど、最近出るって言ってたよね!あーやば、俺すごく楽しみになってきた!」


俺は相手の肩に手を置き、息を吸った。


「なぁだからさ。それまでは俺が繋ぎ止めてやるから。ごめんな。無視して」


そう言うと彼女は俯いていた顔を思い切り上げた。


「ううん。推理聞きたい…あたし一緒に映画もゲームもしたい!」


涙目になりながら返事をした彼女を見た俺は先程までの気持ち悪さを忘れ、何年ぶりかの笑顔を彼女に向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴミみたいな世界 千春 @Runcga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ