寿命まで生きてやる

千春

第1話

「ねぇ、君は分かった?」

そう問いかけた彼女に、僕は分からないと首を振ると彼女は「私は知ってるよ」と言い、窓から飛び降りた。彼女の行動に動揺して少し反応が遅れたが、すぐに窓の方に行き下を見ると彼女はぐちゃぐちゃになっていた。僕は少し気持ちを落ち着かせようと空を見るために上を向くと、道路向かいのマンションから下にいる彼女を見たのか顔を真っ青にしている男の人を見つけた。僕以外に現場を見た人物がいたことに驚き、それと同時に恐怖が襲ってきた。僕は慌ててスマホで警察を呼んだ。それから警察に事情を説明すると、容疑者として扱われることなく帰された。家に帰ると、先程のことがフラッシュバックしベッドに倒れ込んだ。


彼女との出会いはカフェだった。僕は一人で珈琲を飲んでいて、彼女は同じ学校の女性二人と来ていた。よくカフェに来るのか、僕は見かけることが多かった。彼女のスカートにチョークの粉がついてるのをよく見掛ける。そして彼女はいつも自身の分は注文することなく、二人の注文したケーキの代金を払っていた。そして女性二人は注文したのに毎度食べないのだ。勿体無いと毎度思っていた僕には記憶に残るくらいの出来事だった。


そんな出来事もあったが、彼女と話すようになったのは図書館がきっかけだった。彼女から話しかけてきたんだ。いつもカフェで見掛ける、と。僕みたいな地味な人間を覚えられているのは少し驚いた。それから彼女との会話が弾んで、いつの間にか彼女の話すフェルマーの最終定理について聞いていた。色々なことを語った上で、彼女はフェルマーは他人任せな人間だと評価した。


図書館の帰り、家が同じ方向だった為に一緒に帰った。すると学校帰りの道で、男の人の声が聞こえてきた。彼女も男の人を知っているみたいだ。男はここ二ヶ月くらい路上で、毎日のように声掛けをしている人物だった。その男はプロデューサーと名乗り、翌年の春に公開予定の"赤い桜"という壮大なサスペンス映画のため、ある脇役の人間を募集しているらしい。その脇役の面接を路上でしているのだが、とにかく中身のないご高説を延々と垂れ流すのだ。あまり台詞のない脇役であっても妥協したくないと監督も同意見で、これぞという人間が現れるまでオーディションを繰り返しているらしい。そして君のような雰囲気のある女性を待っていたんだ、と女性を毎度のように口説き、役の内容を話すんだ。離別した父親を思い出して悲しむ娘の役。降りしきる雨の中「どうして私を捨てたの、お願い帰ってきて」と、そういう怒りの炎をまとって嘆いている演技が必要なんだ。そして最後は「大丈夫。君ならできるさ。こんなに清楚で美しいのだから」と、端から見ればオーディションにかこつけて好みのタイプを探しているとしか思えないような、にやけきった野郎だった。彼の求める女の特徴は一貫している。ロングのストレートヘアで、ほっそりとした色白の二十代前半だ。彼女も似たような髪型とほっそりと色白なところは同じだ、と話しながら帰った。


そうだ。その次の日だった。カフェでまた彼女のことを見掛けた僕は彼女と目が合った時にニコッと笑顔で頭を軽く下げて挨拶をした。彼女も同じように返してくれた。それからまたいつもと同じように女性二人が注文をして、彼女はいつものようにチョークをスカートにつけていた。だが、いつもと違ったのは小さい子供の行動だった。母親と一緒に来た小学生くらいの男の子だ。僕と同じように勿体無いと思っていたのだろう、男の子は「ケーキ食べないなら欲しい!」と彼女に向かって言ったのだ。そしたら女性二人は承諾しようとしたのだが、彼女は断っていた。僕は彼女の言動にどのような意味があるのか不思議だった。


やっと彼女との絆も深まってきたと思っていた矢先に、彼女は僕の目の前で自殺した。やはり虐められて追い込まれたのだろうか。少し気休めに僕は一週間ぶりに部屋から出て外出することにした。外に出てみると、曇っているはずなのに眩しかった。それから彼女の亡くなった場所に向かった。その場には赤い傘に桜の模様が入っている着物を着ている女性が少し離れた位置に三人が立っていた。僕は気になって声を掛けてみた。

まずは手前の女性だ。何をしているのか、問い掛けると女性は「赤い桜はとても綺麗でしょう?」としか言わないのだ。それから真ん中の女性に「貴方は赤い桜?」と問い掛けると「そうよ」と答えた。最後の女性にも同じように問い掛けると「私は綺麗でしょう?」と答えた。そして近くのマンションの窓から男の人が下を見て顔を真っ青にしていた。それから僕はコンビニに行きアイスを買って帰った。


僕は家に帰ると部屋に戻って頭を整理した。彼女は公園に溜まって煩くしている男子高生三人に紙コップに入れて飲み物を渡したことがあるんだ。けれどそれを飲んだ男子高生三人はそれ以来公園に来なくなったのだ。ただ僕が知ってるのは彼女が優しさで渡したのではなく、飲み物に洗剤を少し混ぜ手渡したことだ。子供の遊ぶ場や彼女の息抜きの場を奪われたことに怒りを感じたのだろう。それを見た僕は、彼女の自殺の原因はきっと虐めではないと考えた。

カフェにいる時にいつも彼女のスカートにチョークがついてたのは、きっとケーキにチョークの粉を掛けていたからだろう。だから男の子が欲しがっていたのに、断ったのだろう。彼女はそういう人間だと僕は思っている。

彼女と最後にあった日の服装もそうだ。今日僕が声を掛けた女性のように桜の模様のある着物を着ていた。そして赤いリボンを髪につけ、赤い色のネイルをしていた。赤い桜が意味するのはきっと"赤井さくら"さんだ。あの窓から見ていた男の人は加害者の関係者だ。赤井さんは男の息子に襲われ、裁判にしたが確かな証拠と診断書があったにも関わらず不起訴になったのだ。それから自殺してしまったのだ。自称プロデューサーは、赤井さんの身内の人間だろう。きっと赤井さんと彼女は知り合いで仲が良かったのだろう。彼女は何ヶ月も顔を真っ青にするが追い詰められていない男を見て、赤井さんを強調する格好で自殺したのだ。そして追い込もうとしたのだろう。

最後は彼女の問いたことだ。彼女の要点をまとめると、aは犯人を殺した。けれどaにはアリバイがあり犯人では無かった。ということだ。きっとその話は彼女が実際に起こした事件だ。今週のニュースで男性が火事で死亡したとの報道があった。彼女は赤井さんを襲った人物を首を絞めて殺した。けれど意識が失っただけで、その後の火事によって死亡したのだ。彼女はきっと自殺を決めていたはずだから、犯人にされても良かった。ただ彼女は痩せ細っていた為に力が十分でなかったのだろう。ならなぜ火事を起こしたのか、との問いは赤井さんを強調する赤を炎で表わすためだろう。pcのdvdを入れるところは手動でなくても、プログラム等のコマンドで開けることは可能だ。dvdの前に蝋燭を置いて遠隔で操作して火事を起こしたのだろう。彼女が火事を起こした時間は女性二人にケーキを奢っていた時間帯なはずだ。殺した時間帯には人通りが少ない時間だから時間をズラしたんだろう。だから彼女が犯人を知っていたのは自身のことだからだろう。


ただ僕がこんな推理をしたところで何も状況が変わるわけではない。それに彼女は僕が死にたいのを知っていたから、羨ましいだろうと僕に向かって言いたかったのだろう。彼女は最後まで彼女のままだった。狡い人間だ。フェルマーを他人任せな人間と評価していたが、彼女だって変わらないじゃないか。僕は溜め息をついて、腕を切った。なあ、羨ましいと思ってほしいだろうけど、絶対思い通りにさせてやらねえよ。生きてやるから、結果的にお前のせいで生きることになったんだから寿命で死んで文句言いに言ってやるから地獄で待ってろよ。

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寿命まで生きてやる 千春 @Runcga

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