僕だけのキミ
千春
第1話
俺が部屋に閉じ込められてから何年も経った。毎日が同じで月日が経っているようには感じないのだけれど。俺の時間は誘拐された日から止まっている。
俺を誘拐した彼は何をするわけでもなく、ただ俺を愛でた。毎日俺に愛を囁き、俺は何もしなくていいと着替えもご飯も移動もお風呂も全部僕がすると言ってしてくれる。はじめの頃は戸惑ったが悲しい顔をするので俺はそんな顔を見たくなくて彼に任せ、今ではそれに慣れて戸惑うことが無くなった。そして彼は俺が何かしようとする度に怒ったり暴力を振るったりすることはないが、いつも浮かべている笑顔が消え悲しそうな寂しそうな顔をする。だから俺はそんな顔をさせたくなくて見たくなくて抵抗することもやめた。
そんな彼は今日仕事に行くらしい。俺が覚えてる限り、俺が起きてる間に全くと言っていいほどに出掛けることのない彼がだ。
「…ね、聞いてる?今からお仕事行ってくるけど、君が体調悪いならやめるよ?」
「あ、え。ううん」
「なになに?そんな可愛い顔してどうしたの?寂しい?僕、家にいたほうがいい?」
「あ、や、大丈夫。ちょっと驚いただけ」
「そう?いつもは家で仕事してたんだけど、君も慣れてきたみたいだし久しぶりに顔出そうかなって」
「そ、そうなんだ」
「ちゃんといい子で待っててね」
「…うん」
この何年もの間ずっと俺の片時を離れることのなかった彼が長時間家を空けるなんて。これはチャンスだ。もしかしたら逃げられるかもしれない。でも彼が何かを企んで意図していたらどうしよう。いや、大丈夫だ。きっと大丈夫。とにかく今はここを出ることに集中しないと。俺はとりあえずベッドから立ち上がろうと床に足を下ろし立ち上がろうとした。だが床にバタンと体が落ちた。
…あれ?
なんでだ。足に力が入らない…!?
なんで。待って。
違う、ちがう。俺どうやって立つっけ。
歩けない。おかしい。
あれ、服ってどうやって着るんだっけ。
俺は当たり前のことが分からなくなって頭が真っ暗になった。もしかしてここから出れないんじゃ…。俺は不安でいっぱいになり、心臓から体全体へドクドクと波打つ感覚が伝わってくる。俺は寒気と冷や汗でくしゃみが出た。大丈夫。大丈夫なはず…
はやくしないと。
あ、服着る前に立たないと…。
あれ、おかしい。
いつもはできてたはず。
なんで。当たり前のことなのに。
あれ、俺いつも一人でできてたっけ。
どうだったっけ。
なんで。俺の体おかしい。
わかんない。
どうして。
なんでだ。なんで。なんで、
あゝ 俺もう彼無しじゃ生きてけないんだ…。
誘拐され監禁されてから何年も経った。きっと俺のことを探す人はもういないんだろう。もう俺はここで、ずっと、一生…。
あ…俺。いま逃げようとして、どうしよう。彼に捨てられたら俺生きてけないのに。幻滅されたらどうしよう。彼に捨てられる未来を想像して心臓の波打つ感覚が先程より早く強く、そして重く感じた。
そんな様子を誘拐した彼は、家に設置してあるカメラを移動中にスマホで見ていた。計画を実行して10年も経ったが、特別厳重な対策を何もしてない為に失敗したらどうしようかと不安だった。だが結果は成功し、その様子を恍惚し蕩けた目でスマホを眺めていた。初恋が叶ったことで帰るのが楽しみで上機嫌に仕事に向かった。
「あゝ やっと両想いだね」
僕だけのキミ 千春 @Runcga
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