俺の女神は最恐で最高
寧
序章
観月円華は今年還暦を迎えた孫が7人いる正真正銘のおばあちゃんである。
しかし普通のおばあちゃんとはひと味違う。何がと言われると大変な幸運体質の持ち主であるということ。
株式会社KANGETSUの創始者の孫であり三代目社長として地方都市の小さな建築屋の一つでしかなかった観月建築を一部上場企業へと押し上げた手腕を持つ女傑、機をみる達人というのが世間一般の認識である…が…「世間一般の常識からはかけ離れているよな」と秘書の垣内喜栄は思う。
目の前に何とも形容し難い衣装を纏った円華とスタッフがはしゃいでいる様子を見て喜栄は頭を抱えた。有り体に言えば山の中の一軒家にコスプレをした一団がいる。この愉快な状況をつくった犯人はわかっている。
第二秘書であり影ではコスプレイヤーRIRIKAとして名高い黒江莉佳子が犯人だ、推理ではなくいつもの事なのだが、前ぶれなく急に何の脈絡もなくコレをやられると目眩がしそうになる。額に出た青筋を抑えつつ喜栄は諭そうとするがこめかみがピクピクするのは止めようがない。
ボスである円華がノリノリなのであまり文句を言いたくはないが、それでも常識人の喜栄は言わずにはいられない
「円華さん、…いや、その第二秘書殿…その衣装はちょっと言いたくはないが…その俺は何を見せられているんだ?」
努めて穏やかに角が立たないように深呼吸しながら問いかけるが
「とっても素敵でしょ、褒めて褒めて」と明後日の方向の返事が円華と黒江莉佳子から返ってきた。
垣内喜栄は昨日の事を思い返す。
観月円華の長男の常務取締役であった悠里氏を新社長に据え 円華は取締役兼相談役という名の楽隠居をすると発表した。新社長就任の祝いの宴の席を早々に辞した円華は彼女のお気に入りの別荘に向かうと言い出した。
一仕事終えたと自宅で寛いでいた喜栄は莉佳子やスタッフ一同に拉致されるように連れて来られた。それは昨日の夜、いや今朝がたである。
退任前には暫くまったりと、のんびりと、好きに過ごしたいと言っていたが…あの言葉は何だったのだろうか
昭和生れの女性のバイタリティとかバブル時代を経験してきた人種のノリの良さと彼女の持って生まれた好奇心の強さを甘く見ていたと第一秘書は反省した。
そうして静かな佇まいの山荘には似つかわしくない……世間では二次元半といわれる姿を体現した集団がいる。
円華は三年ほど前から徐々に社長業を長男の悠里氏に委譲しながら孫娘が嵌っているという乙女ゲームに興味を持った。持ったというよりも孫からのリクエストにより彼女のアイデアでシミュミレーションゲームを作ると言い出した。
その内容のストーリーはよくあるもので主人公は魔の森で大量発生した魔獣から国を守るために神の使いの聖者が魔法召喚によって呼ばれる。神や精霊の加護を受け魔獣を倒し聖なる森に住む妖精王を訪ねる。彼ら彼女らは幾多の試練を乗り越えながらも旅の途中で出会う数々の人々(もれなく美男美女)と恋をしたりライバルとして高めあったりして やがて聖なる森に住まう妖精王から神木の枝を授かる。神の気の満ちた神木の枝は魔獣の発生する魔素を制し王都は平和を取り戻す。
召喚された勇者や聖者は旅の途中に出会う数々の美男美女(それぞれが実は…)と恋をする。
最終的に誰と引っ付いてもハッピーエンドだがそこまでが長い、超長い。
その中にローゼリンデという登場人物がちょいちょい登場する。ちょっとしたヒントをくれる役どころであり登場するたびに子供の姿から老婆の姿まで変化するのだがそのキャラはスタッフの趣味と冗談を融合させたものでモデルが円華なのである。
本人の知らぬ事だがユーザーの間でなぜかそのローゼリンデが人気キャラになってしまっていた。まぁ、スタッフの円華への愛?が爆発してモブ役であるはずのローゼリンデのスチルだけ異常に精密に可愛く可憐にそして妖艶に制作されていた。
その悪ノリにスタッフを誘導したのがこの第二秘書の黒江である。
「黒江、円華さんで遊ぶのはやめろと何度言ったら…」
垣内はため息をついた。
KANGETSUの社長は退いたがゲームソフトを手掛けている株式会社ガーデンの社長としては現役である。
そして今日は株式会社ガーデンの創立メンバーが集まり円華さんの慰労会を開いていたのだ。ゲームの開発なんてするメンバーは変わり者がほとんどである。常識というものは捨て去り、知識は好きな事に全振りしている変人ばかりだ。そんなスタッフも世間では変わった人と認識され避けられるが、この仲間内ではどんな変態でも容認される…そう集まったメンバーは何故かゲーム内のキャラのコスプレをしているのだ。
黒江によって円華は真っ赤な和洋折衷の衣装を着せられている。
スタッフの永田大悟は騎士、各務清史郎は魔導士、西岡中は女剣士、栗栖美南は魔法使いの衣装を着用している。黒江も何やらメイドのようになっている。
「ほんっとに素敵ね、永田くんも各務くんもかっこいいわぁ」などとうかれている円華と「円華さんってホント美魔女っすねー」と見え透いたお世辞を言う永田達。女性陣は「円華さん、どんなお手入れをしているんですか?」なんて聞いている。まるで同級生同士の会話だ。大体において円華は仕事はできる、ものすごく出来る。でも私生活ではまるっきりのダメ人間である。どこかの宮様でももうちょっと身の回りの事が出来るだろうと思うくらいには…
そんな円華の身の回りの世話は「じぃや」「ばぁや」と呼ばれてる吉田夫婦が住み込みで長年務めていたが、円華の社長退任と同時に退職した。
そしてそのお鉢は垣内と黒江に回ってきた。しかし衣食住の食に関しては黒江も円華とどっこいどっこいなのだ。
何故か垣内の周りにいる女性はからきし料理が出来ない、ゆえに垣内の料理力は何でも追求する性分も相まってプロ並みになっている。
そうして本日はどこで何をしているのかというと円華の祖父が残した山の中の土地に「なんとなく温泉が出る気がする。」という円華の恐るべき勘が当たりそのまま温泉付きの別荘(リモートワークが出来る設備付き)を保養施設として建てた山荘でお疲れ様会を開いている
まったりするには最適だがこうも騒がしい面々が揃うとまったりもゆっくりも無いと垣内は思う。
垣内がこめかみを押さえて溜息を吐き出した。その時一瞬チカッと何かが光った
それが垣内喜栄としての最後の記憶であった。
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