第2話 おねーたまがぶちのめしてやりますからねー

 いきなり現れた美女は、腕を組み灰色みがかったオレンジ色の髪をなびかせて佇んでいた。


 視線を、エリックたちに……全く向けずに少女の事をガン見している。

 気付いていないんじゃないかというくらいに一切エリックたちに目を向けない。


(……え?)


 その場に居る誰一人とて動かない。エリックは突然現れた美女に身体を震わせ、ドレインもアンデスも意識はあるもののまだ打撲部分が痛むらしい。

 美女に至っては……何がなんだかよくわからない。ずっと少女のことを見て……なんか怖い顔をして突っ立っている。


 思考が停止するエリックたち。だがそれもつかの間。美女が一歩、高いヒールの音を鳴らした。エリックたちに……とはいかず少女に向かって進めた。

 その音を根源に、エリックの思考は蘇る。すかさず間に言葉を投げた。


「動くな!」


 が、耳に入っていないのかというくらいに一切反応せず、また一歩とヒールの音を鳴らす。

 少女も困惑しているようだった。何が起こったのか、何もわからないままエリックと彼女を交互に見ている。


(ぐぅ……アイツは一体何なんだ……突然の爆発音、俺たちに一切反応しない頑強な精神……意味不明すぎる)


 だが、ここで何もしないのはいけない。命令の失敗は許されない。いくら相手が女であろうと手加減は一切無用だ。

 エリックはまた声を張り叫んだ。


「動くなと言っている! それ以上動くと魔法を撃つぞ!」


 言葉と同時に右手の照準を彼女に合わせる。手のひらには先程アンデスに向けた魔法陣が描かれている。赤い線が走り、いつでも撃てるぞという状況だ。

 それでもなお彼女の歩みは止まらなかった。ゆっくりとした一定のペースで少女に歩み、エリック達の言葉に耳を傾けない。


 エリックはいつでも魔法を撃てる準備が出来ていた。だが人に向けてなど撃ったことがない。それに相手は女だ……。正直手加減とかそういう問題ではない。いくら何でも良心が働いてしまう。


(やっぱり、命には代えられねえ……!)


 未だ止まらない美女に向け、エリックは言い放った。


「《中級魔術:火炎魔球フィズリア》ッ!」


 エリックが描いた魔法陣が更に赤く染まっていき、中心に炎に包まれた球が形成される。瞬間、それは彼女目掛けてとてつもない速さで飛んでいった。

 着弾の爆発音と、爆風が室内を駆け巡る。


 確実に魔法は彼女に着弾した。エリックの魔術性能だけはかなりの信頼がある。魔法は魔術性能と魔力量によって威力や性能が変わってくる。いくら中級魔術といっても、王都でも数少ないA級冒険者のエリックの魔法を浴びて無事な奴など、エリックと同レベル以上の者しかいないはずだ。


 それに本来火属性魔法というものは木造の室内で使うものじゃない。威力が増し、被害が拡大するからだ。

 だがこの場合は別だ。多少なりとも少女に被害は及ぶかもしれないが、それも遅いか早いかだろう。それに少女を逃がすよりはマシだ。


 段々と煙が晴れてくる。仲間たちは無事だったようだが、少女はどうなのだろうか。

 エリックはゆっくりと足を前に出し、少女に近付こうとした、がその足を止めた。


「あ、アニキ……やりやしたか……」

「いや、ダメだ……お前ら! 後ろに下がってろ!」


 エリックは話しかけてきたアンデスと、ドレインに叫ぶ。

 薄い煙の中から、立ち止まったままの人影が見えたのだ……。中級魔術を浴びて立てる人間など……。


 そしてついにその姿をしっかりと視界に収めた。


(な、なん……だと……?)


 エリックの顔に戦慄が走る。何故なら、美女は少女を腕の中に抱いて、中級魔術を浴びたはずだが一切傷を負っていなかったからだ。彼女の顔には影がかかっており、どのような表情をしているのかはわからない。が、明らかにこれはヤバいだろう。


「「アニキ……」」


「…………」


 重たい雰囲気がその場を流れ──。


「怖かったねぇ、おねーたまがきたからもう安全だからね! 今からあのクソ野郎をぶちのめしてくるからね〜よしよし」


「「「は?」」」


 初めて聞く言葉がこれだった。

 エリック達も目を丸くする。感情がぐちゃぐちゃだ。


(いやなんか声めっちゃ綺麗だしさっきまでの雰囲気よ! 正直内心めっちゃ強くてカッコいい美女だと思っていたのが、お、おねーたま? しかも俺らがぶちのめされる……)


 あまりにも怖かった。よくわからない怖さというものは、恐怖を絶する。

 そして、彼女はゆっくりと眼光を光らせエリック達の方を向いて言った。


「テメェら……わかってんだろうなァ? あぁん?」


 少女を宥める口調と一変し、それはまさに不良……。不良だった。


 エリックたちの背筋に冷気が上る。


「あ、アニキっ、どうするんすかっ!?」


「ぐ……お前らは退がっとけ。あれを撃つ」


「アニキ……魔力消費がえげつないですってそれは……」


「いや、それじゃないとあいつは倒せない。お前らは後ろで魔力全開の結界張って隠れろ」


「小娘はどうするんすか!?」


「……しょうがない。どちらにしろ結果は変わらないんだ」


 アンデス、ドレインは、その言葉を最後に顔を見合わせ、後ろに下がった。そして対魔法結界をありったけの魔力を込めて展開する。


 エリックも、両手を前に突き出し、今度は先程の二倍以上の魔法陣を描いた。


 美女はというと、少女に金色のオーラを放つ結界を纏わせ、エリックたちの方を向く。そして狂気的な眼光をし、ゆっくりと歩を進めてきた。


 エリックの描く魔法陣に段々と赤黒い光が漂ってくる。大量の魔力消費により顔を歪めるも、なお魔法の形成を続ける。そしてついに、禍々しいほどの赤黒い、先程の火球の四倍ほど大きい火炎球を作り上げた。


「最後にもう一度だけ警告してやる。少女を置いて逃げるのなら命だけは奪わないでやろう」


 エリックは彼女に魔法で牽制──恐らく出来ていないが──しながら最後に警告を与えた。


「命? 奪えるものなら奪ってみたらどうだ。まあ人間の攻撃など、かすり傷すらつかんだろうがな……」


 彼女は遠い目をして、またこちらを向いた。

 彼女が辞めないのなら否定はしない。それがエリックの思想だ。誰であろうと容赦はしない。そのうちどうにかなるだろう。


「良い覚悟だ! 後悔はするなよ、まあする時間も与えないがな。これでくたばりやがれッ! 《上級魔術:滅殺火炎砲フリズラエリア》ああッ!!」


 同時に、その火球は彼女目掛けて飛んでいく。

 耳をつん裂く音と爆風が、室内を覆った。室内どころではない。この建物ごと破壊した。


 上級魔術というものは、およそ二十万人に一人しか使えない。それほどの珍しい魔術なのだ。だがそれに乗じて魔力量も大きいため、いくらA級冒険者とて連発はできない。最初に魔術を使っているため、一回で限界だ。


「はぁ、はぁ……」


 エリックは、あまりにも激しい魔力消費により、片膝を床に突き息を切らす。

 仲間たちもなんとか生き残ったみたいだ。


「アニキ! やりましたね!!」


 仲間は立ち上がり、汗を垂らすアニキの元に駆け寄る。


 コツ、コツ……。


「……え?」


 仲間の一人が間抜けな声を上げた。


 それも、壊れた建物の奥から、高いヒールの音が響いてきたからだ。


 コツ、コツ、と。


 そして、今までに聞いたことのないほどの美しい声が響いた。

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