ラプンツェルの空

つきの

第1話 ◆塔の上のラプンツェル◆

 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


 高い高い塔の上で

 たったひとつの窓から

 世界そとを見ながら

 ラプンツェルは何を

 思っていたのだろう


 変わりゆく空のいろ、雲の流れ

 取り残されたまま

 流れていく時間のなかで


 長く長く伸びた髪を編んで

 たったひとつの窓から

 世界そとへと垂らしながら

 ラプンツェルは誰を

 待っていたのだろう


 空のかなた、道のむこう

 髪に白いひと筋をみつけても

 信じて待ちつづけて


 ああ


 その『こころ』を

 愚かだなどと誰がいえようか



 あなたも

 わたしも


 そんな不器用なラプンツェルだった


 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


     🌿🌿🌿


「ラプンツェル、ラプンツェルや」

 塔の下から、おばあさんが呼ぶ声が聞こえます。

「はーい、待っててね」

 ラプンツェルは、その黄金色の長い長い髪を急いで窓から下へと垂らしました。

「ふうふう、よっこらしょ」

 塔の前にある畑から採った野萵苣ノヂシャを街へと売りに出かけていたおばあさんが、ラプンツェルの編み込んだ長い髪を伝って塔を登ってくるのです。

 やっと登ってきたおばあさんは息を切らしながら言います。

「さすがに、まだ足腰は丈夫とはいえ、堪える歳になってきたねぇ」

「おかえりなさい!」

 と笑顔で迎えながら、ラプンツェルは優しくその背を撫でました。


      🌿


 おばあさんはラプンツェルの祖母です。

 かつての大洪水で両親が亡くなってから、畑で野萵苣ノヂシャを作りながら、まだ幼い孫娘を大切に愛おしんで育ててきました。


 おばあさんは娘夫婦と、塔以外の全てが、目の前で水にのまれていったのを見てしまったショックで、しばらくは塔から外へ出ることができませんでした。


 とはいえ、忘れ形見の孫娘の為にもそう言ってはいられません。

 元々、この塔には食糧を備蓄びちくしていたのですが、それにも限りがあります。


 ある日、おばあさんは意を決して、外へ出ました。

 畑を耕し、孫娘の名前の由来でもあり、何よりも娘が大好きだった野萵苣ノヂシャを育てて、それを街に売りに行き、生計を立てることにしたのです。


 ただ、可愛い孫娘、今ではたった一人の家族であるラプンツェルを外へと出すことはできずにいました。

 怖かったのです。外の世界には危険がいっぱいだから。

 もう愛しい者を失うことに、おばあさんは耐えられそうになかったのです。


     🌿


 おばあさんは、物心ついたラプンツェルに言い聞かせました。

「いいかい、窓の外の世界は美しく見えるかもしれないけど、とても……とても恐ろしいところだからね。決して、この塔から出ようと考えてはいけないよ」

 ラプンツェルは震えながら頷きます。

「でも、おばあさんは大丈夫なの?」

「ああ、あたしは修行をつんだ魔法使いだからね」

 おばあさんはラプンツェルを心配させないように、ウインクしながら答えました。

「塔から出ることのできる魔法の鍵もあるし」

「でも、魔法使いじゃないお前は、まだまだ危ないからね」


 おばあさんは魔法の修行と言って、料理や家事や読み書きなどを教えながら、ラプンツェルを塔のなかで育ててきたのでした。


     🌿


 ラプンツェルは聡明で優しい娘へと成長しました。

 その、一度も切ったことのない長い長い黄金色の髪は、まるで星の光のようでも月の明かりのようでもありました。



 愛娘の面影をその姿にみて、溢れそうになる涙をおさえながら……おばあさんは、それでもいつか真実を話さなければと思っていたのです。


 この子を手放して、外の世界へとちゃんと送り出さなければいけないということも、おばあさんにはわかっていたのでした。

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