第43話 聖域


「そうです。もうなんとなくわかってもらえてると思うんですけど、テリトリー内の仲間……つまり国民同士の連帯感が強いんで、基本的にはものすごく狭い範囲でのみ濃い関係を築くものって考えてもらったらいいはずです。近海の人魚に関しては」


「そうか。その中でもいちばん親しい奴と行動をともにするってわけだな」

 

「はい。大人も子どもも関係なく、群れない個体は滅多にいなくて、みんな親しいひととは四六時中そばにいます。仕事なんかも同じにしてるパターンが多いくらいで。子どものうちなんて特に、誘拐や危険生物との遭遇に備えて集団行動が推奨されますけど、そんな事するまでもなく、友達グループで固まって行動するのが当たり前ですね」


 癖毛の男は、自分の知っている人間の行動様式とは全然違う人魚のそれに驚かされつつも、ひとつひとつの情報を丁寧に拾って蓄えていきました。

 

「当時、お前らは子どもだったんだな?」


「はい。それも初等教育の真っ最中で……」


「初等教育……? ちょっと教えてほしいんだが、お前たちがそれを受けるのは、人間で換算するとどのくらいの年代だ?」


 人魚の話を聞いていて、人間と人魚は寿命の長さが随分違うのだという事が頭を過った癖毛の男。そうであれば、教育を受ける年齢も人間とは異なっているのでは、と彼は考えたのです。人魚の男は少し考えてから、上品な小ぶりの口を開きました。


「あなたたちでいうと、ですか。具体的な数字はわからないんですけど、あなたより頭ひとつ分以上小さくて、人によっては働き出していてもおかしくないくらい……ですかね」


「なるほど。俺たちでいうところの、高等教育の終盤あたりか……。結構ズレがあるんだな。ありがとう、念のため聞いておいてよかった。いちいち話を遮っちまってすまねえな」


「いいえ、なんでも聞いてください。僕たちの事、できる限り正確に把握しようとしてくれてるんだなって感じられて嬉しいですし」


 と言ったあと、人魚は感じのいい笑みを引っ込め、ワントーン落とした声で続けました。


「アイツが好きで一人でいたのか、そうするしかなかったのかまではわからないんですけど、どんな理由があったとしても、かっこいいと思ってました。僕はきっと人魚っていう種族を取っ払ったとしても、他のひとと一緒にいたい性分ですから」


「ああ……なんとなくそんな感じはするな」

 

「やっぱり、他の人から見てもそうなんですね。僕自身、自分のそういうところはあんまり認められないというか、率直に言えば好きじゃないんです。一人でいたくないからって、いろんなひとと上辺だけの付き合いをして……」


 癖毛の男は気付きます。人魚の男が恵まれた容姿や環境に生まれついたのは事実だとしても、彼自身の努力によって後天的に得たものは自分の思うよりもずっと多いのだという事に。

 

「じゃあ、その公園に一緒に行ってたっていう奴らは? 毎回、違う奴と連れ立ってたのか」


「違います。いつも同じ面子で……幼馴染っていうんですかね。三人いるんですけど。その三人の前では、気張らなくていい……。僕が僕のままでいられるんですよ。本当の本当に友達って言えるのは、そのひとたちだけかもしれません」


「三人もいりゃ上等じゃねえか」


 癖毛の男は顔をくしゃくしゃにして笑いました。彼が心から打ち解けた相手といえば、右腕に傷痕のある、あの男だけでした。数を比べるものではないにせよ、彼のように『なにがあっても味方』だと信頼できる存在が複数いるのは心強いだろうと思ったのです。


「はい。僕もそう思います。でも、その三人と離れて行動してると不安になっちゃう自分が弱くて嫌で、一人で平気そうに過ごしてるアイツに憧れるのと同時に、コンプレックスを刺激されてたんですよね」


「お前の協調性も才能だと思うが、そいつのそれもすごい事だよな」


「……はい、きっと。でも、その頃の僕は勝ち負けとか優劣とかに囚われて、正常な思考ができてなかったんです。自分のほうがアイツより優れてるって思いたかったのに、とてもそんな風には思えなかった。アイツに会うのって公園に行くときだったんで、もうあそこに行くのはやめたかったんですけど、友達が気に入ったみたいで毎日のように行きたがるから、僕もついていってたんです。一人で留守番するよりましだと思って」


「毎日のように行きたがるってのは相当だな。その公園、そんなに楽しいのか?」


 癖毛の男は、世界各地で遠目に見た遊園地を思い浮かべながら尋ねます。そこから出てくる子どもたちは両親に手を引かれ、恋人たちは親密そうに寄り添っていました。入場できるのは、ごく限られた社会階層の人々なのでしょう。日々を生き抜くのに精一杯の普通の人々は、そんな場所で遊んでいる暇などありません。


 それでも、遊園地を訪れた人たちの幸福そうな様子に、彼は自分まで満たされていく気がしたのです。そこは、自分なりの矜持を持っていても、人々から財も笑顔も奪っていく『海賊』などが足を踏み入れてはならない聖域だとさえ感じていました。


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