第15話 消えない過去の罪
「ああ。なにもかもが帳消しになるわけじゃねえが、悪い習慣を断ち切った事を評価してえんだ、俺はな。口ではな、誰だってなんとでも言えんだよ。『反省してます……』ってな。人間は簡単に嘘を吐く。自分の行いを悔いて、それを二度と繰り返さねえでいるのが、どれだけ難しい事か」
過去を思い出し、どんより曇っていた船員たちの顔は、少しずつ明るさを取り戻していきます。
「でもな、よーく覚えとけ。過去に犯した罪は一生……いいや、死んでも消えねえもんだ。そうでなくても、俺が過去の自分を決して許さねえように、この先ずっと罪の意識に苛まれ続ける奴も少なからずいるだろう……」
怖い顔で釘をさす船長の剃り残しを眺めながら、一人の船員がふと思い出した事を聞きました。
「過去って言やあ、船長まだ話してくれてねえじゃんか! おいらたちと会う前に、なにがあったんだ?」
「そうだよなァ。オレも気になってたんだ。お頭が海賊らしくなくなった理由とも関わってるはずだしよ」
「楽しい話じゃねえが……それでも聞きたいか?」
船員たちの予想外の食いつきに、船長は苦笑交じりに最終確認をします。
「当たり前じゃねぇか! どんな過去だって、どんとこいだ!」
「話したくないわけじゃないんだったら聞きたいっすね」
「正直言って進んで話したいものじゃねえが、お前らには知る権利がある。俺もちょうど、自分の過去をひとりで抱えるのに疲れてきたところだ……」
そう言うと、船長は酒樽の上に浅く腰掛けました。
「なら聞かせておくれよ、船長」
「……わかった。話そうじゃねえか。聞きたい奴はこのまま聞いててくれ。退屈しのぎになりゃ上等だ。あの頃の俺は生粋の略奪者だった…………」
二十年前、とある港。
「よっし、到着だ!」
「っしゃー! 久しぶりの陸だァ!!」
海賊たちを乗せた船は、遠い国からはるばるやってきました。彼らの出身地方は海上交易が盛んで、海賊行為も蔓延っています。初めこそ治安維持に努めていた各国政府も、近年は私掠船を用いて海賊船を拿捕するだけでは飽き足らず、また、海軍も正義の名の下に必要以上の厳罰を科すようになっていました。
その事からもわかるように、海軍は潔癖すぎるほどに四角四面な者たちの集まり。彼らは、いわば『公認海賊』とでもいうべき私掠船の乗組員たちが自分たちの領分を侵しているように感じており、いい印象を持ってはいませんでした。
実際には、私掠船の導入と海軍業務の一部委託は、膨大な仕事を抱える海軍の負担減のために用意された政府の策でしたが、頭の固い彼らはそれを理解しようとしないどころか、提携者である私掠船の船員たちを敵視し、隙あらば手柄を横取りしようとします。
こうして元々のあった政府・海軍と海賊の対立に加え、私掠船の登場で三つ巴の構造になった近海の治安は、ますます悪化の一途を辿っていきました。新天地を求めて海へ漕ぎ出した海賊たちは、海を跨ぎ、世界を半周ほどして、この大陸までやってきたのです。
「ここからは数時間、自由行動だ。各々好きに過ごせ。長居はしねぇからな、日没前に戻ってこい! 来ねぇ奴は置いてくぞ」
上陸前、キャプテンは船員たちに諸注意をしていました。タイトなスケジュールになっているのは、先を急いでいるわけではなく彼の気分によるもので、船員たちはいつも振り回されどおしなのでした。
「アイアイ、キャプテン!」
「あぁ……言い忘れてた。宝を見つけたら、必ず『すべて』奪い尽くせ。根こそぎだ。砂金一粒残すんじゃねぇ……。わかったな?」
キャプテンは恐ろしい形相で凄みます。
「もちろんです!」
彼らは並み居る海賊の中でもとりわけ残虐非道と悪名高い海賊団。みながその旗を恐れます。……ですが、全員が全員、凶悪な海賊というわけではなく、一般市民も少数とはいえ乗船していました。彼らの乗船理由は、亡命という確固たる目的があったり、出稼ぎに行くための移動手段であったりとさまざまです。
しかし、船に乗っている限りは終わらない雑用に従事させられるので、大多数が『このままこき使われるくらいなら』と軽い気持ちで海賊に身を落としていきます。一般市民であったときと同じ雑用係からのスタートですが、団に貢献しさえすれば、相応の地位が与えられ、財宝の取り分が増えるという仕組みでした。
ですが、当然甘い世界ではありません。それまで戦闘経験がなく、歴戦の海賊や鍛錬に励む海軍に到底及ばない彼らは、戦果も上げられず昇格もできないばかりか、たやすく捕縛され、夢破れていきます。その結果、残ったのは練度が高い者ばかり。
「なぁ……この村、人の気配がしないよな」
「ああ、気のせいじゃねえよ」
解散後、倉庫街を並んで歩いている二人の海賊も、元は国外脱出を企てた奴隷で、かつては大胆にもこの悪名高い海賊団の船を盗もうとした事がありました。ところが、船を出す直前に団員たちに発見され、拘束されてしまいます。しかし、二人の足首についたあざで彼らの出自や目的に気付いた一人の船員が船長に命乞いをしました。
船長は不承不承といった具合でしたが、ちょうど人手が足りていなかった事もあり、下働きに加え、略奪や暴力などを行い団に貢献する事を条件に二人は乗船を許可され、今現在に至ります。命乞いをした船員は奴隷の出ではありませんが、貴族の主導で拡大した奴隷制度をひどく嫌っていました。
「ひょっとして、ゴーストタウン…………」
「気味が悪いな」
人だけが消えてしまったかのような町並みを行く二人は、こそこそと話し合いをしています。
「人が住んでないにしても、なにかしら持ち帰らねえとキャプテンは納得してくれねえよな……」
「ああ。……どうしたもんかね」
実力派揃いの団員のなかでも、彼らはまったくのイレギュラー。奴隷時代に比べれば天国のような待遇ですが、屈強な男たちの中では、やはり下の下。それでも、気心知れた者同士、励まし合って生きているのでした。
「あの人の拝金主義者っぷりも逆にすげえよな」
「感心してる場合じゃねえけどな。手ぶらで帰ってみろよ。間違いなく俺たちも
真顔のままで、両方の手首から先をだらりと下げたポーズを取った彼。彼らの属する海賊団に対する世間の残虐なイメージはすべて船長に付随するもので、強者揃いの団員たちでさえ怖がって逆らえぬほどに、彼は大柄で凶暴でした。船長は贅沢と享楽をこよなく愛していましたから、財宝が絡めば一段と残忍な面を露わにするのも当然のこと。発見した宝を奪い尽くさなかった者には、直々に容赦のない罰が与えられます。
「笑えねえ冗談はやめてくれ」
「俺はいつだって大真面目だ」
その他の船員たちは、見かけによらず気さくで世話好きな者ばかりでしたが、気後れしがちな彼らは、船上でも陸上でも、二人で話しているときがなによりの息抜きでした。
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