第14話 陸か海か


「大人数でくだらねえ話でもしながら飲み食いするのは、なによりの娯楽だろ。仲間を飢え死にさせるつもりはねえよ」


「それ聞いて安心した。っつーか、気になってたんだけどさ……あんたってもしかして、あんまり海賊っぽい事しないのか? さっき『あんまり贅沢できない』とか言ってたし」


「鋭いな、お前。そのとおりだ。俺は海賊行為全般が好きじゃねえ。積極的に他人を傷つけなくたって楽しめるはずだろ、人生は。金銀財宝にも興味はねえよ」


「海賊なのに、か?」


 思った事がぽろっと零れた少年。彼が過去に数度見かけた海賊は皆、貴族たちに負けず劣らず贅を尽くしていました。そのため、着飾っておらず、宝にも無関心だときっぱり言い切った目の前の男のような海賊の存在など考えてもみなかったのです。


「どんなものにも例外はある。俺がたまたまそうだってだけだ。まあ、つい最近までは俺も、お前らの想像するような海賊だったけどな。気乗りはしなかったが、船長の方針で……なんてのも言い訳に過ぎねえさ。暴力に略奪……。殺人は一応しないで済んだにしても、運が良かっただけだ」


「おっさんも苦労してんだな」

 

「おっさんじゃねえって。まあ、いいけどさ。で……どうする? 俺と一緒に海に出るのか。それとも、いままでどおり内地で生きてくのか。ふたつにひとつだ。当然だが、全員同じ答えを出す必要はねえ。一人一人、納得のいくほうを選べ。一週間くらいなら待っててやる」

 

 一人の海賊は、改めて少年たちの意向を確認します。彼は気は長くないほうでしたが、この子たちにとっては今後の人生を賭けた決断になるので、最大限返事を待つつもりでした。

 

「その必要はねぇよ。なぁ、みんな」


「うん。俺たちはもう、誰一人として欠けることなく生きるって誓ったんだ」


「だから、全員で同じひとつを選ぶ」


 少年たちは、逸る気持ちを抑えられないとばかりに言います。彼らは、この数年間で仲間を幾人か失っていました。逃げ遅れて捕まった子は見せしめに処刑され、騙されて誘き出された子は生き埋めに。


 残虐に殺されていった子たちは必ず、最期に笑顔を浮かべていたといいます。彼らも生きるために罪を犯す事に疲れ、胸のつかえが下りたのかもしれません。


 市場で盗んだものを食べ、命を落とした子もいます。市場に流通する低価格食材には、虫やフンなどが混ぜられていただけでなく、化学物質も含まれており、安全とは言えない代物でした。


 決して因果応報ではありません。金銭を支払って手に入れていたとて同じ事。偽装された千姿万態の有害な食品に、一般市民の健康は脅かされていたのです。


 そのアジトには、収容人数を大幅に上回る子どもたちがぎゅうぎゅう詰めで生活していましたが、過酷な幼少期などなかったかのように、みんな幸せそうに笑っていました。


 最初は家具を置く場所も確保できないほどでしたが、このごろは、大きな宝物入れを一人一つずつ持っても十分な空きがあり、ゆったり過ごせるまでになってしまっていたのです。


 中身はまちまちですが、『若くして命を落とした同胞の棺に入れてやりたい物品』という点では共通していました。彼らはいずれ大きな墓を購入し、死後は全員そこに入るつもりで貯金をしていましたが、先の火事により、振り出しに戻ってしまいました。

 

「そうか。それで…………どっちだ。もう決まってるんだろう?」


こそ、もうわかっているくせに」


 にやりと歯を覗かせた男に倣って、グループのリーダーも親しみを込めて彼に笑いかけます。


「無理に畏まらなくていいぜ?」


「いまはそうしたいんです。大所帯ですけど、僕たちを貴方の船に乗せてください。……船長」

 

「もちろんだ! 楽しい航海にしような」

 

 固い握手を交わした二人に拍手を送る一同。こうして、彼らの新しい人生は幕を開けたのです。





 彼らは大恩ある船長の船に乗り込んでからというもの、自由な暮らしを満喫していました。秘宝が眠っていると噂される密林の奥の神殿から、美食の集う華やかな都市。一行を乗せた船は、気の向くままに海を行きます。大冒険はまだまだ終わりそうにありません。


「『俺がいなきゃ誰一人として生きちゃいなかった』? そんな事ァねえさ。お前らは賢いし、あの時点ですでに独りでもなかった。いなきゃいないで、しっかり生きてただろうさ」


「…………まあ、うん。生きてはいただろうけど……」


 言葉を濁そうとした船員を小突いて続きを促す船長。彼は相手が誰であれ、言いかけた事を途中で放棄するのを決して許しません。


「でも、船長に出会って、拾われてなかったらさ。必死で生きてる人たちからズルズル金巻き上げ続けてたと思うし」


「どうだかな。だけど、そうはならなかった。それでいいじゃねえか。俺が海賊の道に引き込んじまったからには、肩書き上は無法者だが……特に人の道を外れる事はしてねえしな。お前らは自分を律して、軌道修正できたんだ。立派だよ」


 恩赦を受け、一般市民に戻りたくなったり、愛する人に出会ったり……。あるいは、心惹かれる地に骨を埋めたいという願いから、途中で海賊を辞めた仲間もいます。


 長年染みついた乱暴な言葉遣いに苦しんでいた少女もその一人。言葉遣いにあまり改善は見られなかったものの、ある国で伝統工芸品の職人としての腕を見出されて船を下りました。いまも、かつての仲間たちと連絡を取り合っています。


「そう思ってもいいのかな……」


 あの日、全員で同じひとつの答えを選んだ彼らは、今度こそそれぞれの選択をし、人生を歩んでいます。船に残った者たちについても同じです。彼らも自らの意志で海賊を続けているのでした。

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