第7話 彼女の見た夢
幽霊も死後の世界も信じていないわたしは、当然ながら来世なんてものにも懐疑的な立場を取っている。そのくせ、『次に生まれるのは海がいい』と心の底から願っているのだから、救いがない。
もし次があるとして、また彼が海に生きるものとして生を受ける……などと考えているわけではない。わたしが運よく海に生まれても、そこで彼に逢う可能性は低いだろう。
ただ、見てみたいと思ったのだ。彼が愛する海底の王国を。この体では水圧に耐えられなくて、そこまで潜っては行けないから、耐えうる体が欲しかった。
水面下で起きている変化の原因は、なにも気候変動や温暖化などに端を発するものばかりではない。すべてはつながっており、完全に分かたれたものではないのだ。
そもそも、それらの環境問題を引き起こしているのは人間だ。人間の後先考えない行動のせいで失われゆくものがどれだけあることか。すでに失われ、二度と戻らないものも多い。
たとえば、わたしの住む村は以前、漁村として栄えていたが、その実態はひどいものだった。地元の漁師たちの度重なる乱獲により、漁獲量は激減。規格外に小さな魚であろうと放流することなく、無計画に獲り尽くしていたというのだから、呆れて物も言えない。
それというのも、彼らが多様な海産物を自分たちの商売道具程度に捉え、軽んじてきたためだ。漁師たちは対策を講じる事もなく、恵みを恵みとも思わず無尽蔵に湧き出るものだと思い込み、来る日も来る日も滅茶苦茶な漁を続けた。
政府の調査が入り、不正が発覚するまではそういった乱獲が横行していたそうだが、問題提起する者は村内にはいなかったという。この村が漁業一辺倒であった証拠だ。
案の定というべきか、調査の結果、漁獲制限を大幅に上回る漁が反復して行われていた事が判明した。また、漁獲量の著しい減少にとどまらず、天然物の魚はほぼいなくなってしまっていたとの報告もあった。さらに悪いことに、この村では栽培漁業が行われておらず、水揚げされる魚の大半は他の地域で育てられたものだという。事態は深刻だとして、全国有数の漁港は全面的に漁業を禁じられた。
……とまぁ、村の歴史を紐解くのはこのくらいにしておこう。ここで言いたかったのは、環境変化により、食物連鎖の輪に乱れが生じる事とその弊害だ。魚は人間の食べ物である以前に、同じ魚類の餌でもある。ある種類の魚がいなくなれば、それを食べて生きる魚もいなくなってしまう。生態系が崩れるのだ。
荒廃してしまってからでは遅い。話に聞いていたのとは程遠い、変わり果てた海の世界など見ても、わたしは喜びなど感じられない。いまから手を打っても間に合うとはいえないだろう。予防できる段階はとっくに過ぎている。
このままでは人間がなにもかもを台無しにしてしまう。直接行って見る事は難しくても、彼が住み、愛する国を、世界を、わたしも守りたいのに。そのためにできる事なんてほとんどないに等しいけれど。
……なんて、いくら御託を並べたところで、本心からは遠ざかるだけ。海を守りたい気持ちは嘘ではないけれど、自分自身はそんなに高潔な人間ではない。きっとこれは願いではなく罪滅ぼし。いまのわたしの体が完全な人間とはいえなくても、わたしの意識は自分も人間なのだと言って聞かない。だから、人間たちの不始末に片を付けなくてはならないと、この身は自分勝手な義務感に燃えている。
それもそのはず。わたし個人の願望は、
わたしが個人として抱く願いはどれも、彼抜きには成立しない。彼がいなくては意味がない。
恋人でなくていい。口を聞けなくたって構うものか。隣にいられなくたって、
わたしは……わたしも、
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