第3話 失踪



#5

桐の男は交渉に出てこない。出てきたのは三十前の無表情な女だった。お互いジャブの応酬で急かさず相手の動向を探る。昼時を過ぎたファミレスは適度に混雑して交渉に相応しかった。


「納多さんは今日は来れないと」

「代わりに私が交渉に来ました」

「連帯保証人になられるのですか」

「先ずは事実確認から始めたいと思います」

「説明は仕事の外なのですが」

「無条件に印鑑を押すわけにも行きませんから」

「私も法律の話はしますが、場合によっては告訴もあり得ます」

「こちらも考慮しています」


交渉は難航した。


#6

帰ると桐が珍しく台所で料理をしていた。

「ごちそうさま。」

「どうだった?」

「取り敢えず顔合わせ」

「食われてなくて良かった」

「衆人監視が効く相手だったから」

「ご面倒かけます」


未ださほど寒くないがビーフシチューは美味しかった。


#7

交渉は週一回、木曜夜にと双方の合意で決まった。二十億の借金明細を請求したが、交渉人は理由をつけては明細書を出し渋った。此方も架空請求では支払えないと、調印を拒絶。三回目の交渉では早くも相手に増援が随伴した。


四回目も増援の男が来たがただ黙って座っていた。

「結局、支払う意思はないと」

「贈り物は貰った。しかし、借金をした覚えはない、という見解です」

「納多さん、妹さん元気ですか。」

黙って居た男が口を開く。

「そろそろ切れるはずなんだが」

その件はすでに対策済みで、少し離れた街の病院に通院させていた。

「無くてもやって行ける見たいですよ」

男は衆人監視のせいか凄みもせずに、

「そうですか」

と言って黙り込んだ。

代わって女が圧力をかけてくる。

「二十億。払っていただけないようであれば、執行せざるを得なくなりますが」

「此処で?無理でしょう。」


相手の女は舌打ちし、聞き取れない声で悪口した。


#8

警察の中央指揮所。

相談窓口に尋ねたら、紹介状を発行してくれた。

目的の相手は案外近くに居を構えていた。


区内、鉄道駅付近。

高層複合マンションの一室。依頼は窓際の明るい部屋、応接セットで行われた。旅館風のセッティングだった。

「お姉さんが帰って来ない、と」

珈琲を飲みながら話は進む。

窓は小雨を浴びて曇っていた。

180cmぐらいの身長。アウターにダークグレーのウールコート。黒いのコットンをはいた痩せ型の男。年齢は二十歳程度だろう。薄型のタブレットPCにフリックで依頼内容を打ち込んでいる。

全部黒なら夜のお仕事だが、ダークグレーが混じっているので、職業を当てるのは難しかった。詮索したくなるのはこの男が荒事込みの探偵業など到底やれそうになく見えたから。本業は何なのか気になってしまった。

霧子のこと、急がないといけないのに。

「昨日、彼の代理人との借金返済交渉に行ったきり」

昨日も復料理を作って待っていたのだが、午前零時を過ぎて電話さえも無かった。

「木曜日から失踪と。中央指揮所にせっかく行ったのに捜索願は出さなかったんですか?」

誘拐と言っても差支えないだろう。しかし、捜索願を出す決断は下せなかった。中央指揮所の相談窓口で洗いざらい話してしまったので、警察も存知の事にはなっているが。しかし。

「乗っ取り、ってご存知ですか?」

別の呼び方もあるが、要するに身分詐称。オリジナルのオリジナリティーを全部奪ってオリジナルに成りすます。

「アカウントなどの成り済まし、とか」

アカウントも勿論そう、だが。

「其れは未だ過程で。本当は――」

戸籍本人の乗っとりに及ぶ、ジェノサイドの一形態だった。

私達だけが被害にあい、消されていく。脱法的に。

「失踪したきり出てこないと。」

「最悪殺されるらしいです」

「・・・・・・乗っ取りですかーー」

「下手に警察に捜索願を出せば、命が危ういです。」

「七年、でしたね」

「奴隷売買の為に、法的に殺されます。」

国内でも、国外でも。

「困った御時世ですね」

「奪還してもらえますか」

「多分、大丈夫でしょう」

諭明名絃はタブレットの表を埋め出す。



雨音は次第に強くなっている気がした。

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