夏祭り

月灯 湊

夏祭り


夏祭り。提灯に火がともり、出店の人達はより一層自分が目立つために声を上げている。祭りを回る人達は家族であったり、恋人であったり、楽しみ方も様々だ。しかし、みんながみんな共通して堪らないくらいに笑っている。笑顔を見せ合い、幸せを共有している。自分――鬼頭優を除けば。

「はぁ、やっと終わった」

浴衣を来ている人達と違い、半袖をさらにめくり、短パンにサンダル。頭にはタオルを巻き付ける。明らかに作業服だった。

優の家は町内会の長でもあり、夏祭りはほぼ毎年お手伝いとして参加していた。会場の設営や迷子と親を会わせたり、落し物を拾っては落し物センターに届ける仕事だった。

しかし今年に限っては荷物運びがほとんどだった。なにせ、この祭りが開催されて80年の節目らしかった。そのため例年よりも開催範囲が大きくなり、花火も普段より多くなるらしい。

運動部に所属していない優からしたら肉体労働が1番の苦行だった。翌日は筋肉痛発症確定だなと内心で落胆していた。

「おやじさーん、終わりましたよー」

「おぉ優、助かるな。やはり若さがあるっていうのはすげぇよ」

優がおやじさんと呼んだ男――楠悟はこの祭りの主催だった。小さい頃からこの町に住んでいるらしく、大学に行くため上京したこと以外はずっとこの町に住んでいるのだとか。

「若さって、おやじさんもまだ50もいってないでしょ」

「40になるだけで肩は上がらん、それに鍛えてはいるがやはり若い頃の体力はないさ」

と自嘲気味に話す。老いとは怖いものだと優は考えた。

場所を変え、近くの公園のベンチで悟と優は休む。この公園でも夏祭りの準備が着々と進んでいる。優は頭に巻き付けていたタオルを外し、首の汗を拭き取りながら次の仕事のことを聞いた。

「あ?ない」

「え、まだまだテントも張れてないじゃないですか」

「お前は毎年、手伝いするばかりで祭り自体を楽しんだことはないだろ」

「まぁありませんがそれは僕が鬼頭家に生まれたからなので特に気にしてませんよ」

「お前、いくつだ」

「17ですけど」

「青春真っ只中のお前が割り切ってるんじゃねぇよ。お前は今日の仕事は荷物運びで終わりだ。あとは祭りに参加しろ」

「でもまだ時間はあります。手伝えることが」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。その汗臭い体と服で祭りに参加する気か?それこそこの祭りに対して失礼だと思わんか?」

いつもに増して真剣に話す悟に少し驚いている優。少し落ち着いて再び話し始めた悟は叱るわけでもなくなだめるような口調だった。

「これまで手伝ってくれてありがとうな。来年の頼むかもしれんが来年は受験だろ。この町から出る前にこの祭りの楽しさ、素晴らしいさ感じてくれ」

「おやじさん」

「そうだぜ優くん。ここは大人に任せな」

そう話に入って来た町の人も優に祭りを楽しめとしか言わなかった。

結局そのまま押し切られて、祭りに参加することになった。

着る服がないと言ったら近所の人が甚平を、貸してくれると言ってくれた。紺色の着心地のいい甚平だった。

夜になると祭りは一層の盛り上がりを見せていた。普段ではなかなか売っていない流行の食べ物なども売っていた。人の行き交いを増えた。

しかし、祭り楽しむにしたって予定を作っていなかったため、一緒に回る友達がいない。一人っ子で親は祭りの役員として回っているため結局は1人だった。仕方なく人混みに沿って歩くことにした。

「――おぉ優。似合ってるじゃないか!どうだひとつたこ焼きでも買っていかねぇか」

「――あら優くん。今年は祭りを回るのね〜楽しんでおいで」

「――優。今年は花火もあるから楽しめよ〜。だが、羽目は外しすぎるなよ」

屋台の人と目が会う度に話しかけてくる。軽く挨拶した後たこ焼きを1パック買って再び流れに沿って歩く。

ふとあるものに目が着いた。浴衣を着た女の子が屈んでいた。お団子にセットされた髪は綺麗で顔は見えなかった。

「どうしました?」

話しかけてしまった。迷子センターに連れていったら自分が怒られそうだなと思った。

「少し靴擦れを起こしただけ」

そう言って振り向いた顔は綺麗だった。整った鼻。真っ直ぐな瞳。真っ黒な髪。全てが美しいと思った。

目をそらすために向いた足は靴擦れで赤くなっていた。

「下駄は慣れませんよね、待ってください」

そう言って巾着から絆創膏を出して彼女の傷口に貼っておいた。

「ありがとうございます」

「いえいえ、ではこれで」

立ち去ろうと後ろを踵を返した瞬間引き止められた。

「歩けないのでおぶって貰ってもいいですか?」

「え?」

え?おんぶ?歳は同じくらいだった女の子をほとんど上京慣れしていない僕が?

しかし、歩けないと言うので仕方ない。やむを得ず彼女の前に屈んで背中を見せる。

初めて女子をおんぶした。いとこはほとんど男の子だったため男の子をおんぶしたことは少なからずあるが男子と女子じゃ体つきが違うのは明白だった。

初めての女子の体つきはとても柔らかいと思った。暖かくもあった。

「お友達は?」

「それはあなたもよ」

「僕は唐突に祭りに参加できることになったので予定がなかっただけです」

「唐突に?祭りの告知は前々からしていたよ」

「僕は毎年お手伝いしかしてないから祭りには参加してないんだ」

「そう」

そう言ったあと、彼女は黙ってしまった。もう話題もなかった。

しばらくの沈黙。気まずが時間が経つにつれて膨大化していった。

「ここでいいよ」

と、芝生の上を歩いていたらおんぶをやめるように指示が出た。その指示に従う。

やっとこの気まずから解放される、そう安堵していたが思った方向に場面は展開しなかった。

「横に座って」

「え?」

「花火」

ぼそっと言われた気がしたが聞き取れなかった。祭りの放送はこんな落ち着いた場所でも聞こえてくるほどに大きい。

「花火、一緒にみてほしいの。私、今日1人だから」

花火はもうすぐ始まる。確かに見ないのはもったいなかったのでその場に腰を下ろす。

「私ね、毎年この祭り一人で来てるの」

「誰かと来ようとは思わなかったの?」

「私ね、昔から体が弱くて、一緒に回ると迷惑かけちゃうからお父さんとお母さんには友達と行くって言って、結局は1人だった」

「そうなんだ」

深くは詮索しない方がいいのかなと思い深追いはしなかった。

「それで1度発作を起こした今年はがあるの。祭りの最中に」

彼女はなにか懐かしい表情を見せながら話を続けた。それに僕はただ静かに聞くだけだった。

「もちろん、誰も一緒に連れてるわけじゃないから一人で苦しくなってた。でもその時にね1人、心配してくれる人がいたの」

彼女曰く、その助けてくれた人は若い男で自分と同じくらいの年だったとか。助けを呼びに行くのでは無く自分をおぶってまで休養所まで運んでくれたこと。名前は言わず直ぐに行ってしまって名前は聞けなかったこと。

「私その年以来、祭りに行くことを禁止されてて、今年は何とか押し切って祭りに行くことが出来たの」

何故かこの話を聞くと、息が詰まる思いをしている自分がいる。理由は、まだ分からない。

「そして、お礼を言いに来たの」

そして――花火は上がる。夜を照らし、人に魅せるその華は轟音で彼女は言った言葉をかき消した。

しかし、口の動きは僕にこう伝えていた。

あ り が と う

と。

思い返してみれば小さい頃、女の子が倒れているところを助けたことがあった気がした。

「花火、綺麗だね」

もはや気恥しくなって彼女から目を逸らした。空には花が満開に咲いていた。

「そうだね」

そういえば彼女の名前はなんだったか、聞いたことがないな。

「そういえば君の名前――」

途端に、唇に何かが当たった。それは柔く、暖かく、優しかった。

人生初めての感触。今日で2度目だった。

しばらくすると、彼女は顔を離し空に負けぬ煌びやかな笑顔で。

「私の名前は――涼良華弥」

祭りの楽しさはこういうものだろうか。




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