第60話  わかりやすいん?

「せやから、一歩、踏み出さへん? 父さんや母さんにもきちんと話して、ちゃんとわかってもらおう。そして、堂々と、つき合えるようにしよう」 僕は、一生懸命想いを込めて、想子さんを見つめる。

 僕の言葉に、想子さんがうなずいた。そして、僕を見つめ返す。

「……うん。そやね。そうしよう。……なんか、ちょっと弱気になってたわ。急に自分に自信がなくなってしもて。……お父さんお母さん、なんて言うやろ?」

 想子さんが、そうつぶやくように言ったとき、後ろから声がした。僕らの座っているソファの背後から。

「よかった!」 父さんの声。

「ほら、私の言うてたとおりやろ」 母さんの声。

 両親だった。


「え? え? いつからおったん? 」

「子どものときからずっと、ってあたりかな。まあ、そんなことはおいといて、想子ちゃん。なんで、自信なくすの? 可愛い可愛いうちの自慢の娘が、なに弱気なこと言うてんの」

「ほんまや。うちの大事な自慢の娘が、自信ないとか、ありえへんし」

 僕らは、突然現れた両親に目を丸くする。ほんとに彼らは神出鬼没。――――部屋で寝てたんちゃうん?

「先に寝てるって……」 僕が言うと、

「いや、そうしよか思てんけど、あんたらなかなか戻ってけ~へんから、なんかよっぽど面白いところあるんかなぁって」 母さんが言う。

「……ミチコさん。正直に言うたら」 

 笑いながら、父さんが言う。 ミチコさん、というのは、父から母への呼び名だ。

「わかった。正直、言うわ。……気になってん。2人で何話してるんかな、って」

「ジャマしたらあかん、て言うてんけどね」 と父さん。

「でも。ほら、リン、私が言うた通りやろ。ペンダントもおそろいやし、電話で嬉しそうに毎日話してるし、きっとそうやって」 

 リンは、母親から父親への呼び名だ。凛太朗というのが、きちんとした名前だ。 リンと呼ばれた父さんはうなずいて、

「うん、ミチコさんの言うとおりやったね。……嬉しいな。これで、見ず知らずのよその人のところに、想子ちゃんが行ってしまうことはないんやね」 


 笑い合った2人は、つぎに、僕の方を見て言った。

「ちょっと、ダイ。あんた、しっかりし~や。でないと、私の大事な娘の相手として認められへんで」

「まあ、ダイもちょっとは成長してるからね。……とは言うても、もともとぼ~っとした、どんくさい子やしなぁ。ダイ、想子ちゃん困らせたらあかんで」 

 2人は言いたい放題だ。でも、そう言いながらも、とても嬉しそうだ。そんな2人を見て、やっと想子さんの表情が柔らかくなっていく。そして、僕もちょっとホッとして、訊く。

「父さん、母さん。……気ぃついてたん?」 

 僕は、自分の顔と想子さんの顔を交互に指さしながら訊いた。

「もちろん。あんた、すぐに顔に出るもん。様子見てたらすぐわかる」

「えええ……」 

(そんなに僕って、わかりやすいん?)

 想子さんが、横で笑いながらうなずいている。


「……というところで、ひとまず、部屋に戻りましょ。続きは、お部屋で」

 母さんが言って、想子さんと僕は、ソファから立ち上がる。

「行こか」「うん」

 手はつながなかったけど、肩がふれあう距離で、想子さんと僕は並んで歩く。

 両親が喜んでくれている姿を見て、とてもホッとした僕らだけど。

(あわてないで、進んでいこう。お互いの気持ちを、ちゃんと確認し合いながら)

 僕は横目で想子さんを見ながら、そう思う。

(この人を、絶対大事にしたいから。……ね、想子さん)


 そんな僕に、想子さんが滲むようにほほ笑んで言った。

「ダイ。ありがとう」

 キラキラした目が、真っ直ぐ僕を見ている。少し上気した頬が、うっすらピンク色に染まって、めちゃくちゃ可愛い。やばい。心臓が口から飛び出そう。鼓動が激しい。

(ああ。あかんて。そんな顔したら、思いっきり抱きしめたくなるやん。想子さんてば……ひとの気も知らないで)

 ドキドキする胸を必死でおさえて、僕は彼女の隣を、やっとの思いで歩く。大人の余裕を見せるには、まだまだ、道のりは遙か遠そうだ。


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