役割

(十、十一……)


 各自散らばってから少し。

 レイラはソフィアを引き連れ、二年生の校舎の中を走っていた。

 流石は三分の一全てが洗脳されているからか、校門前だけでなく校舎の中まで生徒の姿が見受けられる。

 所々から戦闘音が聞こえるのも、きっと現在進行形で騎士団がどこかで誰かと戦闘をしているからだろう。


「あ、あのっ! レイラさん!」


 後ろを走るソフィアが息を少し荒らして尋ねる。


「どうかした?」

「私達、今どちらへ向かっているのでしょうか!?」


 確かに、今は生徒達から逃げるようにして走っていた。

 ソフィアがいるため極力戦闘を避け、生徒達の姿が見え次第迂回、隠れる。

 ただ後ろをついて走っているソフィアからしてみれば、目的地が定められていないのではないかと思ってしまうほどだ。

 とはいえ、その考えは正しい。現に、レイラは目的地など定めずにただただ走っているだけなのだから。


「この戦いに目的地もクソもないわよ」

「そうなんですか?」

「えぇ、私達の目的はこの現状を引き起こした犯人を捜すこと。いつまでこの現状が続くか分からない以上、放置なんかできないもの」


 ここで騎士団全員が回れ右してしまえば戦闘は避けられるかもしれない。

 しかし、これが明日まで続くとしたら? 今は騎士団に襲い掛かるだけで済んでいるかもしれないが、アカデミーが始まってしまえば他の生徒に襲い掛かってしまうかもしれない。

 講師が戻ってくるのである程度被害が食い止められるとはいえ、他の生徒に被害を出させるわけにはいかないのだ。

 故に、騎士団はここで食い止める必要がある。アカデミーの治安部隊として。


「だから、私は一応走りながら魔法士団の人間を数えながら走っているわ。今回の犯人は十中八九魔法士の仕業でしょうから」


 洗脳されている魔法士団の人間を数え、リストの中から消去していく。

 情報屋として得ている知識の中で、アカデミーの魔法士団の人間はすべて把握済みだ。一人ずつ削っていけば、自ずと犯人が絞れていく。

 もっとも、道中首謀者である魔法士と出会ってしまう可能性はあるのだが。


「あぅ……アカデミーの仲間なのに、ですか。どうしてこんなことを……」

「さぁ、それは分からないわよ」


 レイラは正面からやって来た生徒の脇腹に剣の柄を突き当て、無力化していく。


「嫉妬か、誇示か、陰謀か、目的のための過程か……実際のところ、問いただしてみなきゃ誰にも分からな―――」


 その時だった。

 ガシァッッッンンン!!! と、真横の窓ガラスが割れて巨大なが現れたのは。


「ッ!?」

「きゃっ!」


 レイラは咄嗟にソフィアを抱えて後方へ飛ぶ。

 自分達がいた場所にはゴーレムの巨大な拳が突き刺さり、一階部分の廊下が覗けるような形になってしまった。


(まぁ、大方予想はしてたけど……)


 今の魔法、詠唱が聞こえなかった。

 更にはこのゴーレムはよく見覚えのあるものであり、嫌というほど才能の差を感じるもので───


固有魔法オリジナルは一人一つが原則」


 フラフラと、レイラはソフィアを抱えて起き上がる。


「何せ個人の最大限を引き出すための魔法に二番目なんて必要ないから」


 レイラの視線の先、廊下の曲がり角。

 そこからゆっくりと、一人のローブを羽織った女性がゆっくりと顔を出してくる。

 その女性は、己を凡人と突きつけてくる最もたる人であった。


「よぉ、悪党。随分と楽しそうじゃないか」

「……


 悠々と歩き、こちらを見据えるシリカ。

 その瞳にはどこか憤怒が見て取れ、レイラは思わず頬を引き攣らせてしまう。


「身内の不始末は身内が拭えってことなのかしら?」


 嫌な人と鉢合わせたわ、と。レイラはシリカの視線を受けて辟易としてしまう。


「まさか、シリカさんまで……」

「姉さんは、はなから容疑者とは考えてなかったけど、まさか姉さんほどの人間が洗脳されてるとはね……」


 そう言っていると、ゴーレムの巨腕が無造作にレイラ達へと振るわれた。

 窓ガラスや壁などお構いなしに、無慈悲な固形が暴力を見せつける。


「よくも私の妹を……覚悟はできてるんだろうな?」

「愛は嬉しいけど、その妹を殺そうとしてたら道化ピエロもいいところね……ッ!」


 後ろにはソフィアがいる。

 無理に退避してしまえばソフィアに攻撃が当たってしまう。

 だからこそ、レイラは無理は承知で抜刀した柄で拳を受け止めた。

 しかし、あまりの重量に気を抜けば圧し潰されそうになる。


(お、もっ……!)


 よくこのようなものを相手にセシルは対峙できていたものだ。

 ここでもやはり才能の差を感じる。

 容易に受け止めていたセシルも、容易にこんな魔法を放ってくる姉も。

 クソなほど天才だ。自分とは比べものにならない。


 けど───


(それでいい)


 レイラは苦しい中で、確かな笑みを浮かべる。


(凡人の私なりにやり方ってものがあるんだから)


 自分には自分のやり方がある。

 彼の横にいても許されるための、彼に頼られる存在であるための。

 凡人には凡人の役割があって。

 ここで己を倒せるような役割を、自分は持ち合わせていない。


 そう、この役割は───



「ここは僕の役割だ……だから退け、クソ木偶の坊」



 突如、ゴーレムの頭上から氷の柱が突き刺さる。

 肌寒く、校舎の中に白い冷気が一瞬にして広がり始めた。

 天井からは綺麗な月夜が浮かび上がり、その麓からは一人の少年が見下ろすように氷の上へと座っていた。


「やぁ、レイラ。結構ベストタイミングだと思うんだけど……流石は相棒パートナーって感じしない?」


 そんな少年を見てレイラは───


「……えぇ、流石は私の相棒さんね」


 ドクン、と。

 胸の鼓動が早くなった。

 心なしか、顔も少し熱い気がする。けど、仕方ないと思わない?

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