義弟

「何を言ってるの、姉さん!?」


 レイラがいきなり口走ったシリカへと詰め寄る。

 どうしてアルヴィンを弟にすると言い始めたのか? と、普通なら思うだろうが、妹であるレイラは姉の発言をすぐさま理解した。


「あのね、姉さんがアルヴィンのことを気に入ったからと言っていくらなんでも……」

「ダメか?」

「ダメか? の前にできないわよ……」


 はぁ、と。レイラは頭を抱えてため息を吐く。

 その時、わなわなと震えていたもう一人のお姉ちゃんが守るようにアルヴィンへと駆け寄って唐突に抱き締めた。


「ダ、ダメだよ!? アルくんは、私の弟なんだから!」

「ね、姉さん……甲冑がめり込みそう……」

「めり込みそうなら大丈夫!」

「めり込み始めているッッッ!!!」


 セシルの熱い抱擁ににより、練習用の甲冑がへこみ始めている現状。

 完全に巻き込まれ事故だと、アルヴィンは悲しくなった。


「何を言っている、セシル? 大事なのは本人の意思だろうに」

「この人本人の意思を決めずに言ったのに!?」

「アルくんは私の弟! そして、私の婚約者!」

「姉さんも後者に本人の意思を添えてくれお願いだから!」


 などなど、本人の意思をまったく考慮に入れないままシリカとセシルの間に火花が散る。

 傍から見守っているリーゼロッテやソフィアは、あまりの急展開に傍観者側へと回っていた。


「っていうか、赤の他人なのにアルくんを弟にできるわけないじゃん! あれなの? 世の概念まで不遜で捻じ曲げようとする勇者なの?」

「元よりセシルも赤の他人だっただろう? それに、赤の他人を弟にする方法がないわけではあるまい」


 そして、シリカの視線が横にいるレイラへと向いた。

 何よ、と。暴走し始めている姉にたじろいだレイラだが、シリカは無視して言葉を続ける。


。そうすれば、義弟にできるしな」

「はい!?」

「本当に何を言っているの、姉さん!?」


 確かに、妹であるレイラとアルヴィンが結婚すれば、シリカとの関係は義理の姉弟となる。

 セシルのように養子というわけではないが、戸籍上は間違いなく家族だ。


「幸いにして、レイラと面汚しは仲がいいみたいだしな。問題はあるまい」

「問題しかないですけど!?」


 当事者であるにもかかわらず自分の意思を無視され続けていたアルヴィンがようやく口を開く。


「それに、どうして弟なんですか! 話の最初から理解できないんですけど、初対面さん!」

「何を言っているんだ、婚約者を練習台サンドバックにできるわけがないだろう?」

「義弟も練習台サンドバックにするんじゃねぇよ……ッ!」


 余計にもこの人の弟にはなりたくないと思ったアルヴィンであった。


「まぁ、落ち着け。ここは当事者の意見も聞こうじゃないか」

「だから僕が一番の当事者なんですけどー! お耳と頭はご病気ではありませんかー!?」


 ここで言う当事者とはレイラのことだろう。

 シリカがアルヴィンを弟にするには、レイラが結婚しなければならない。

 だからからか、シリカはそっとレイラの肩へと手を置いて意見を仰いだ。


「はぁ……ガツンと言ってやってよ、レイラ。このままじゃ、僕が面白おかしな練習台サンドバックにされちゃ―――」

「………………………………………………あ、ごめんなさい。考えごとしてたわ」

「レイラさァん!?」


 まさか、彼女の中に一考する余地があったとは。

 何も考えることはないはずなのに考え込んでいたレイラに、アルヴィンは思わず驚いてしまう。


「さっきから言いたいことばっか言ってくれちゃって……」


 プルプルと、限界値を迎え始めたのか、アルヴィンを抱き締めていたセシルの体が震え始める。


「アルくんのお姉ちゃんは私なの! 結婚するのも私なの! それを第三者が勝手に決めるのは許さないんだよ!」

「僕も第三者に許した覚えはないよ結婚をッ!」

「私達はね、ハネムーンの行き先まで決めてるんだからぁー!」

「決めてない! その前にハネムーンまでの過程も容認していないッッッ!!!」


 話がどっちに転んでも平和ではない。

 アルヴィンはツッコミにすこぶる忙しかった。


「弟と結婚など……馬鹿じゃないか? 振り回される弟の身にもなってみろ」

「現在進行形であなたに振り回されていますけどね……」

「まぁ、落ち着け義弟アルヴィンよ。私が義姉になればいいことはたくさんあるぞ?」


 甘い誘惑だろうか? 好条件を提示して、自分の気持ちを揺さぶろうという作戦なのだろうか?

 残念ながら、アルヴィンはそんな甘い言葉で惑わされるつもりはなかった。

 何せ、義弟を練習台サンドバックにするような人間だ。いくらお金や自堕落な時間を保証してくれたとしても、待っているのはそのまま悲しい練習台サンドバックライフだろう。

 それに、結婚までは認めてはいないが、セシルとは家族だと己が認め、約束しているのだ。

 この決意と約束を、たかがポッと出の甘言が惑わせるわけもない。


「ハッ! いくら僕の心を揺さぶる甘い条件を出しても無駄ですよ。その程度で、僕が揺さぶられるわけが―――」

「私の弟になれば、毎日戦闘三昧だ」

「せめてメリットを提示しません!?」


 本当に説得する気があるのかと、アルヴィンは思わず敵の心配をしてしまった。


「ふむ……ではこうしよう」


 アルヴィンのツッコミすらも無視して、シリカは手を叩く。


「私とセシル、どちらが面汚しの姉として相応しいか勝負しよう。やはり、義弟にするのであれば姉の魅力を語るのが一番だからな。言うなれば、勝負というものだ」


 本当に何を言い出すんだ。

 アルヴィンはまたしてもわけの分からない提案にげっそりとする。


「はぁ……姉さん、こんな勝負乗らなくてもいいからね? これ、完全に向こうが勝手に―――」

「姉、力……?」

「ね、姉さん?」


 どうして反応するのか? どこか嫌な予感がし始めたアルヴィンは思わずセシルの顔へ視線を向ける。

 すると、端麗な顔立ちに添えられた透き通った瞳に、何故か燃えるような闘志が宿っていた。


「姉力と言われて、現役お姉ちゃん……ううん、アルくんのお姉ちゃんとして黙ってはいられないんだよ」

「ちょ、姉さん!?」


 この流れはマズいと、アルヴィンはセシルの口を塞ごうとすぐさま手を伸ばした。

 しかし―――


「いいでしょう、その姉力勝負……受けて立つよ!」


 かくして、口を塞ぎ遅れたことによって新しい勝負が成立してしまった。

 ジャンルは『姉力』。今ここに、当事者ガン無視の弟を巡る争いが始まる。

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