天才と異端児

 魔法士にとって、魔法の頂とは固有魔法オリジナル

 誰もが目指し、誰もが憧れ、誰もが望む力であり、研究者らしい探求の結晶。

 扱えるだけで箔となり、多くの魔法士から尊敬され、畏怖の象徴となる。


 一体何故か?

 それは―――


(こ、これがレイラのお姉さんの固有魔法オリジナル……ッ!)


 眼前に広がるのは、濃く深く鋭そうな土の塊。

 分かりやすく言えばギロチンだろうか? それが正面背後頭上と切っ先をいつの間にか見せており、その矛先が自分へと向けられていた。


「さぁ、悪党きょうしゃ! この愉快な展開にはどんな結果が待っているんだ!?」


 安全圏でシリカは嬉々とした表情を浮かべ叫ぶ。

 固有魔法オリジナルが畏怖の象徴とされるのは、圧倒的な強力さだ。

 他の魔法とは違い、己の潜在能力ポテンシャルを最大限発揮させるために生まれたものは、既存の魔法より洗礼されている。

 例えるなら、自分好みの料理を作っているようなものだろうか? 市販で売られているものや誰かが作るよりも、己好みを熟知しているが上に追求しやすく、他者のイメージが介入していない分作りやすい。

 固有魔法オリジナルとは、そういうもの。

 自分のためだけに全ての無駄を排除し、より敵を葬るために作られたものだ。


 故に、眼前に広がるのは強力無慈悲。

 容赦のない、圧倒的な暴力である。

 しかし―――


無問題モーマンタイ


 アルヴィンは驚きはしたものの、すぐさま表情を変えて腰に携えてきた剣を抜く。

 己の魔法で生み出したものはあくまで氷の塊だ。ゴーレムを破壊した時のように耐久力で勝ることも可能だが、立て続けに耐えられるかは分からない。

 ならば、鉄でできた剣を扱う方が賢明。

 アルヴィンは大きく息を吸うと、腰を低くして剣を構えた。

 その瞬間、四方から隙間なく埋められた土のギロチンを―――


「これほどでやられるようじゃ、姉さんは守れないよ」


 ―――一閃。

 四方のギロチンを粉砕した。


「……は?」


 いや、正確には自身に影響が出る範囲のギロチンを破壊したと言うべきか。

 ただ、剣を下から背後まで弧を描くように振っただけ。そして、更に今度は横にもう一度。

 一応、理論上は自身の周囲だけを破壊して生き残ることは可能だろう。

 だが、あくまで理論上の話だ。

 同時に迫るギロチンを文字通り瞬く間に切り崩し、回避して見せるなど並みの騎士にはできない。

 更には、ここに四方から迫る脅威に対する恐怖心や、粉砕するほどのパワーといった要因が加算される。

 いくら剣に長けている人間だったとしても、このような芸当は無理だ……ましてや、見た目が己よりも若い子供に。

 だからこそ、シリカは思わず口を開けて呆けてしまった。


「脱出ショーなんてマジックではありきたりでしょ? 別に手品師マジシャンが力技を使っちゃいけないって道理もないし、驚きすぎじゃない?」


 自身の周囲を砕いてしまえばあとは簡単だ。

 離れたところで高みの見物をしていた人間のギロチンをゆっくりと砕き、剣の間合いまで近づけばいい。

 アルヴィンは腰に携えた剣を振るい、徐々にシリカへと足を進めていく。


「いや……いやはや、驚いた」


 迫り来るアルヴィンを見て、シリカの頬が少し赤に染まる。


「素晴らしいッ! 素晴らしいぞお前! 大抵の人間はここでダウンするのだが、私もこのあとがあるとは予想外だ! どれだけお前は私の機嫌を取れば気が済むんだ!?」


 固有魔法オリジナルは別に一度きりの魔法ではない。

 使用者の魔力がなくなるまでは際限まで扱えるし、固有魔法オリジナルが最大の武器とされる魔法士は魔力の総量を上げるために特訓する。

 一度破られたからといってなんだ? 別に、私はまだ全力で放ったわけじゃない。


「ならもっと付き合え悪党きょうしゃ! 貴様も、これ以上の高揚はほしいだろ―――」


 だが、シリカが口にする前に。


劇場開幕アル・セシリア


 先に、アルヴィンの口が開いた。


「固有魔法———硝子ガラスの我城」


 景色が一変する、というのは正にこのことだろう。


 先程まで薄暗い地下であり、シリカが己の魔法で変形された地形や風景があったはずなのに、何故か視界には姿が広がっていた。

 さながら、自身の姿が映ってしまうほど透き通った氷の中に閉じ込められたかのように。

 セシルは目の前に広がった景色を見て―――今までに味わったことのないぐらい、背筋を震わせていた。


(騎士をも凌ぐ剣の腕前や他の武器をも扱う近接戦闘能力がありながら、固有魔法オリジナルまで扱える魔法士……ッ!)


 ははっ、と。

 思わずシリカは口元から笑いが零れてしまった。


「貴様のような強者が、まだ私よりも若い!? 天才なんて言葉では飾れない……異端児きょうしゃ、感謝する! この高揚は、あとも先にも味わえないものだろう!」


 一度、王家の魔法士団のトップと手合わせをしたことがあった。

 何度も、悪党を相手に魔法を撃ったことがあった。

 しかし、どちらにもこの高揚は訪れなかったのだ。

 何故か? きっと―――


「私は諦めんぞ! この才能を何度も味わいt」


 ―――己以上の、圧倒的才能に出会ってしまったからだ。


「言っておくけど、僕は悪党じゃないから」


 その瞬間、四方を埋め尽くす氷の中四方から何人ものアルヴィンが拳を握った。

 そこから生まれた結果がどうなるかなど、もう言わなくてもいいだろう。


 シリカの意識は、ここで綺麗に途切れる。


「姉さんを傷つける野郎と一緒にすんな、クソ戦闘狂バトルジャンキーが」


 魔法士は近接戦に慣れていない。

 逆を言えば、近接戦に持ち込むことこそが、魔法士最大の攻略法とも言える。


「帰って君の妹に事情でも聞いておきなよ。もちろん、僕は匿名扱いだけど」


 だからこそ、肉弾戦に持ち込んでしまえば……天才が、異端児に勝てるわけがないのだ。

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