考え込んでいる情報屋

『きしだーん!』

『『『『『ふぁい、おっ! ふぁい、おっ!』』』』』

『きしだーん!』

『『『『『ふぁい、おっ! ふぁい、おっ!』』』』』


 馬車がアカデミーに到着してしまえば、待っているのは早朝訓練だ。

 授業が始まるまでの一、二時間の間に体を鍛え、剣の訓練をする。

 サボりたい面倒くさいなアルヴィンも、こればっかりは騎士団に入ってしまったため付き合わなくてはならない。団長であり王女様のリーゼロッテに怒られてしまうので。

 そのため、アルヴィンは今日も今日とて訓練場の周りを騎士団の面々と走っていた。

 そんな中───


「…………」


 自分の横には、何やら考え込んでいるレイラの姿。

 やることはなんだかんだちゃんとするレイラにしては珍しい。掛け声も発せず、ただただ黙々と走っている。


(どうしたんだろ?)


 彼女とは長い付き合いだ。

 ひょんなことで助けたことをきっかけに、アルヴィンの実力を唯一知る者として色々な情報を提供してくれた。

 長い付き合いだからこそ、こうして誰かといる時に悩んでいるなど珍しいと思ってしまうし、同時に気になってしまう。

 悩んでいるなら少し助けになってあげたい───なんて思うぐらいには。


(かといって、直接聞くのもなぁ)


 こればっかりはアルヴィンの性格故。

 アルヴィンは相談を受けて初めてその人の悩みを聞いてあげたいと思うタイプだ。

 その方が自力でなんとかするという力を奪わないし、他人に干渉してほしくないという気持ちがあれば無碍にはしないから。

 とはいえ、気になるのは気になる。

 そのため、アルヴィンはペースを落として後ろで一緒に走っているソフィアへ声をかけることにした。


「ねぇ、ソフィア。レイラの様子なんだけど───」

「ぜぇ……はぁ……な、なんで……ぜぇ……しょう……っ!」

「あ、うん……なんかごめん」


 どうやら話しかけるタイミングを間違えてしまったようだ。


(ソフィアなら知ってるって思ったんだけど……彼女には今会話は酷だね)


 あの状態で話しかけでもしたら迷惑だろう。

 一緒に住んでおり、幼なじみ的なポジションにいる彼女に声をかけられないのなら仕方ない。


(考えさせてあげたい気持ちもあるけど……訓練に集中しないと怪我に繋がるからなぁ)


 まずは訓練に集中した方がいい。

 そんな考えを抱いたアルヴィン。とはいえ、少しのイタズラ心が働いてしまう。

 いつも肩関節を外されているからだろうか? それとも、女の子にちょっかいを出したくなるという男の子特有のさがだろうか?


『アルヴィンさん、次はアルヴィンさんですぜ!』


 声掛けが回り、前を走っている騎士団の生徒がアルヴィンに伝える。

 このタイミング……正にイタズラ心が招いた天啓。

 アルヴィンの心にあった衝動は、つい表に出てしまった。


「きょにゅーう!」

『『『『『パイ、乙! パイ、乙!』』』』』


 さて、この言葉と騎士団の面々の切り返しにどう反応してくれるのだろうか?

 アルヴィンはちょっぴりと期待を───


「………………」

「何ィ!?」


 無反応にアルヴィンは思わず驚いてしまう。

 一度声掛けをミスしてしまった時は容赦なくこめかみを潰されそうになったのに、今はそんなことはなくただただノーリアクション。


(それほどレイラの悩みは深刻なのか……ッ!)


 アルヴィンのイタズラ心が急に心配なものへと変わっていく。

 当初一回でもやってレイラが面白い反応でもしてくれればいいと思っていたのが、どうやらあまりにも悩みが深いようだ。


(深刻だったら本当に怪我をしてしまう恐れが! なんとしてでもレイラの意識を訓練に戻さないと!)


 アルヴィンは真剣な表情を浮かべ、再び声掛けを続ける。


「きょにゅーう!」

『『『『『パイ、乙! パイ、乙!』』』』』

「………………」

「ひんにゅーう!」

『『『『『ざん、ねん! ざん、ねん!』』』』』

「………………」

「レイラー!」

『『『『『ひん、にゅう! ひん、にゅう!』』』』』


 ぱきゃ♪


『アルヴィンさん、掛け声止まってますぜ?』

「待って、腕を振るための肩関節が二つとも外れてるんだッ!」


 いつの間に肩が外れたんだろう? ブラリと下がる両腕にアルヴィンは走りながら危機感を覚えた。


「はぁ……何か言いたいことがあるなら直接言えばいいじゃない」

「そうだね、次からはイタズラ心は控えるよ……ッ!」


 ため息を吐くレイラ。

 ようやく訓練に意識が戻ってくれたようなのだが、少し代償が高かった。


「いや、考え込むのはいいんだけど……訓練に集中しないと危ないよ?」

「あー、ごめんなさい。それは確かにそうね」

「うん、そうだよ」

「……で、誰が貧乳で残念だって?」

「ちがっ……ぼく、は……何も……だか、ら……目を、殴らない、で……ッ!」


 女の子へ心配をした結果、さらに両目へ代償が加わった。


「まぁ、あんまり考えすぎるのもよくないわよね。ありがとう、アルヴィン。心配してくれて」

「ぶぶっ……お礼の前に僕の目の心配を……ぶぶっ」


 綺麗な笑顔を浮かべるレイラ。

 残念なことに、涙が溜まったアルヴィンの瞳からでは端麗で美しい笑顔を見ることはできなかった。

 しかし、そんなアルヴィンを他所にレイラは顔を上げて皆と同じ流れで走り出してくる。


「一応気になるだろうから言っておくけど」


 そして、レイラは何気なしにこう口にしたのであった。


「今度、私のが戻ってくるのよね……アカデミーに」

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