エピローグ

『神隠し』の事件から一週間の月日が経った。

 結局、禁術集団———愚者の花束の全容は分からずじまいであったが、首謀者のサラサを含めた人間はあとからやって来た王国騎士団に捕縛。攫われた子供達も全員が無事で、今はそれぞれの家へと帰された。


 立ち役者であるアカデミーの騎士団は褒賞を与えられたものの、やはりと言うべきか上からお説教だ。

 当然、誰の指示も仰がず敵勢力も未知数なまま乗り込んだのだ。約束通り、リーゼロッテとアルヴィンは一緒になって怒られた。


 そして、現在―——


「ハッ! また馬車の中!」


 気持ちよい登校日の朝。

 アルヴィンはいつものようにシーツごと馬車で運ばれて目が覚めた。


「アルくん、おはよー」

「あ、おはよう姉さん。悪いけど、僕の制服を取って」

「うーい!」


 どうやら慣れてしまったようだ。

 誰も何もツッコミが生まれない。


「そういえば、あれから一週間が経ったんだねぇ」


 セシルが座席の下から制服を取り出しながらそんなことを言う。

 アルヴィンは受け取り、シーツで体を隠しながら着替え始める。


「うっ……思い出したら体のあちこちが痛い! これはもう大事をとってアカデミーを休まなければならないのではなかろうか! なかろうか!?」

「なかろくないから大丈夫! 元気、元気!」

「ソフィアの優秀さがここにきて……ッ!」


 ソフィアの治癒によってたった一日で完治したアルヴィン。

 もちろん、セシルも一日の安静こそ必要だったものの、今ではすっかりピンピンしてしまっている。

 日常生活にこれほど支障がない万全な状態はなかった。


「聞いた? サラサって人……今、王国騎士団の管轄にいるんだって」

「サラサって、あの禁術使いジャックソーサラー?」

「うん、なんでも禁術集団のことを聞き出すんだって。あと、本人が思った以上にボロボロだったから」

「そりゃ、ばかすか禁術使ってたからね。指とか一本も残ってなかったよ」


 それほどまでに妹を蘇らせたかったのだろう。

 狂気という一言で終わらせてもいいのだろうが、それがイコール愛情と執念に変わるのだから一概に非難もできない。


「あれからさ、私もふと思うんだよ……」


 セシルが馬車の外をふと眺める。


「王国がもう少し手を広げられてたらさ、そもそも妹さんは死なずに済んだんじゃないかなって。そしたらあの人も悪党にならずに平和な毎日を送れたんじゃないかなって」

「理想論だよ」

「うん、知ってる」


 でもね、と。

 どこか決意の滲んだ瞳で口にした。


「やっぱり私は騎士になって、色んな人を助けたいな。今回みたいな人が生まれないようにさ、凄い人になって皆笑っていられる生活を守るの」

「…………」

「そのためには、まだまだいっぱい頑張らなきゃー!」


 セシルは背伸びをする。

 自分の気持ちを新たにするように。もう一度決意を固めた。

 それを見て、アルヴィンは―――


「僕は未だに騎士になろうとか思ってない」


 のんびりと、だらだらと過ごしていたい。

 それで、近くにいる……手の届く人間を助けていたい。

 姉を、家族を、友人を、領民を。救える者に優先順位をつけて助けていくのだと思っている。

 それでも、アルヴィンは小さく笑った。


「姉さんは好きなように生きなよ。僕は後ろでちゃんと守るから」


 アルヴィンは英雄でも赤穂浪士にも向いてはいない。

 全ての人を救いたいなどという優しさも傲慢さも持ち合わせておらず、怠惰の裏にちょっぴり優しさがあるだけ。

 称えられるような人間にはこの先なれないだろう。

 それでいいのだと、アルヴィンは思う。目の前にいる少女が笑っていられるのなら、きっとそれで満足してしまうのだ。


 アルヴィンの笑みを見て、セシルは一瞬呆けたような顔になる。

 そして、徐に腰を上げてアルヴィンの横に座った。


「ねぇ、今ちょっとキュンってなっちゃったからキスしていい?」

「……肯定されると思っているのか、この愚姉は」

「えー! 今、そういう雰囲気だったじゃん!」

「雰囲気の前に関係性に気づけよ、間違ってるって!」


 アルヴィンは横に座ったセシルに向かってファイティングポーズを取る。

 綺麗に締まらないのがこの姉弟というべきか。いい雰囲気も一瞬にして霧散である。


「むっ! お姉ちゃんは諦めないよ!」

「粘る要素ないでしょ! 僕達は姉弟で初めてのチッスを奪って奪われるような関係じゃ―――」

「あっ! あそこに宇宙人が!」

「それで騙されると思ってるの!? 僕も流石にそんな子供じゃ―――」

「あそこに綺麗な美女が!」

「何ィッ!?」

「……その反応は流石にショックです」


 馬車の外を向いて一生懸命仮想の美女を探しているアルヴィンにがっくりと肩を落とすセシル。

 しかし、小さく嘆息つくとゆっくりとアルヴィンの顔に手を伸ばした。

 そして、そのまま自分の顔を近づける。


「ねぇ、アルくん……」

「ん? 僕は今綺麗な美女を探すのに忙しんむっ!?」


 アルヴィンは驚く。

 顔を寄せられ、視界いっぱいに広がったのは端麗で綺麗なセシルの顔。

 口元には柔らかいみずみずしい感触が広がり、脳内が驚愕と大きめな幸福感に染まる。

 それが数秒か、数十秒か続いたのち、徐々に顔が離される。


「な……ッ!?」


 言っておくが、セシルは美少女だ。

 姉とはいえ、血の繋がっていない異性。

 そんな相手にいきなりキスをされてしまえば? アルヴィンの顔が一気に真っ赤へと染まる。


「今更言うけどさ―――」


 セシルも、頬を朱に染めながら口にした。


「ありがとうね、アルくん……私を、助けてくれて。




 ―――公爵家の面汚しと呼ばれた異端の天才。

 そんな少年はある日自分を慕う姉に実力が露見し、騎士団へと入団させられた。

『神隠し』、という事件にも巻き込まれてしまった。

 それでも、少年は一人の女の子の笑顔を守り……今、この瞬間。その笑顔を眺めることができた。


「……ファーストキスなのに」

「ふふっ、お姉ちゃんも♪」


 きっと、これからも色々な苦難が襲い、巻き込まれていくだろう。


 それでも、少年は目の前にいる少女を守るに違いない―――だって、それが約束なのだから。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


お久しぶりです。

楓原こうたです。


これにて第一部〜完~

皆様、ここまでお付き合いしていただきありがとうございました!

原稿の関係でここで一旦終了とさせていただきますが、また次……次回作でお会いできたらと思います!


これからも、どうか拙作をよろしくお願いいたします🙇💦

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