いなくなった少女達

 目を開けると、そこにセシルの姿はなかった。

 シーツごと馬車に運ばれているわけでもない。

 夜中、王都から帰ってきた時はまだ自分のベッドで寝ていたはずだったのだ。


 それが、どうして目が覚めたら横に彼女の姿がない?


 使用人に話を聞いた。

 もしかしたら先んじてアカデミーに言っているのではないかと。

 だが、誰も朝からセシルの姿は見ていないという。

 ……おかしい。そう思った頃には、アルヴィンの足は動いていた。


(考えられるのなら『神隠し』に姉さんが遭ってしまったこと)


 馬車に揺られながら、アルヴィンは今までに見たことのない形相で考え込む。


(だけど、前提としておかしな部分もある……)


 まず一つは『どうやって攫われたのか』? ということ。

 アルヴィンが王都に出掛けている間に攫われた? いや、戻ってきた時は彼女の姿はもちろんあった。

 気持ちのよさそうな寝顔でまた潜り込んできたなと、ため息をついたのを覚えている。

 ということは、攫われたのはアルヴィンが横で寝ていた時だ。

 それに自分が気づかないか? 確かに馬車にシーツごと運ばれた時は目を覚まさなかったが、それが第三者によるものであったら確実に目を覚ます自負がある。

 何せ、敵意に敏感だから。

 それは今まで一人で戦ってきた時にしっかりと培ってきた。


(二つ目は『いつお菓子を食べたのか』? ってこと)


 ただ、こればかりは分からない。

 アルヴィンもセシルと四六時中一緒にいたわけじゃないから。

 もし食べた時があるのであれば、きっと昨日の聞き込み調査の時だろう。


 そして最後———セシルがいた場所は公爵家だったというところだ。

 今まで共通していたのは王都に住んでいる金髪の子供。

 もちろん、今までの共通が当て嵌まるかなど犯行動機が分からない以上確信は持てない。

 ただ、どうしてここで終わってしまった? なんで今更条件を変えてくる?


 不可解だ。

 不可解で吐き気がする。


(それに、昨日の夜につけた印が消えていない……)


 印が消えていないということは、まだセシルは第三者に接触していないのだろう。

 攫われたのにもかかわらず誰とも接触していないなどということがあり得るのか?

 ますます疑問が広がっていく。


 ―――そうこうしているうちに、アルヴィンを運んでいた馬車がアカデミーへと到着した。

 アルヴィンは馬車から降りると、真っ先に訓練場へと向かう。

 もし『神隠し』でないとするのであれば、セシルが向かうのは朝練をするための訓練場だ。

 そうでないとしても、訓練場にはレイラがいる。

 話を聞いてもらって、一緒に対策を考えることもできるだろう。

 そう思い、アルヴィンは急ぎ足で訓練場へと足を運んだ。


 すると、訓練場には朝練をせずに集まっている騎士見習い達の姿があった。

 何か起こったのか? 不思議に思っていると、その中からレイラが姿を現して、見つけたアルヴィンの下へと駆け寄ってくる。


「アルヴィン!」

「どうしたの?」

「ソフィアが……朝起きたらの!」


 なるほど、だから戸惑っているのか。

 いつも落ち着いているレイラらしくない反応だと思ったが、友人であるソフィアがいなくなったのなら落ち着いていられないのも理解できる。

 このタイミングだ、きっとレイラもソフィアが『神隠し』の被害に遭ったと思っているのだろう。


「落ち着いて、レイラ」

「これが落ち着いていられるっていうの!? というより、あなたはソフィアが攫われて心配じゃない―――」

「ッ!?」

「タイミングからして『神隠し』以外あり得ない」


 ならなおさら、どうして心配しないのか?

 レイラは落ち着いた声音で話すアルヴィンに掴みかかろうとした。

 けど、その時。ようやくアルヴィンの顔をまともに見てしまう。


 アルヴィンの顔は笑っているようで、どこか冷たい。

 心なしか周囲の温度も下がっているような気がして、吐いた息がかすかに白くなってしまっている。


(そう、ね……)


 間違っていた。

 こんな時でも落ち着いているのは、落ち着かないと現状が何も進まないと分かっているからだ。

 

 レイラは小さく息を吐くと、先程まで取り乱していた態度をゆっくりと落ち着かせる。


「……ごめん」

「ううん、大丈夫———」


 そう口にした時、アルヴィンの背中に針で突かれたような感触が襲った。

 後ろに誰かいるのか? いや、そういうわけではない。

 何度も味わったことのある感触……これは、印が溶けてしまった時に現れる感触だ。


「……見つけた」

「えっ……?」

「姉さんの居場所が見つかった。今、印が消えた」


 消えたということは、セシルが第三者と接触したから。

 そのおかげでアルヴィンは印越しにセシルの居場所が薄っすらと小さな点のように脳裏に浮かび上がってくれる。

 けど、第三者と接触したということはいつ何があってもおかしくはないということでもあった。

 元が盗賊団のアジトを突き止めるための魔法だったため、早期対処用には作られていない。


 つまり―――


「行くよ、レイラ」

「……え、えぇ!」


 早く行かないと手遅れになってしまう。

 だからこそ、アルヴィンは訓練場から背中を向けて走り出した。

 ソフィアもそこにいる可能性が高い。

 レイラは剣がある感触を確かめると、すぐさまアルヴィンのあとを追った。


 しかし―――


「お待ちください」


 訓練場の入り口から、一人の少女が姿を現す。

 その少女は、アルヴィン達の行く手を阻むように立ちはだかっていた。


「どこへ、行かれるというのでしょうか?」


 リーゼロッテ・ラレリア。


 どうして、ここで止めてくる?

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