入学式での受難
それから、二年と三年の生徒が続々と講堂にやって来た。
新入生ということもあって、やはり目立つ場所に置かれるのかアルヴィン達は前の方だ。
故に、後ろにいる生徒がどんな様子なのかというのは振り向かなければ分からない。
───入学式もつつがなく進んでいく。
アカデミーの学長の挨拶から始まり、少しばかりの説明会、新入生代表の挨拶といったスケジュールがアルヴィンの瞼を重くさせた。
「アルヴィンさん、寝ちゃダメですよ? 人のお話はちゃんと聞かないと「めっ!」なんですから」
「だって、瞼の重たくなるような話が……あ、ソフィアの膝を枕にしていい?」
「ふにゃっ!?」
なんてやり取りが一年生が座る席の隅っこで繰り広げられる。
小声で話しているからか、周囲から「んだよこいつら……」なんて白い目はどうやら今のところ向けられていない。
これも周囲に誰かが座っていたのなら嫌な顔をされたのだろうが、嫌われ者故に功を奏した形である。
『続いて、在学生代表───セシル・アスタレアさんより新入生に祝辞を述べます』
そしていよいよ、聞き慣れた名前が入ったアナウンスが流れてしまった。
アルヴィンの顔が一気に険しいものとなる。
「いきなりどうされたんですか? 背筋がいきなり真っ直ぐにってなりましたよ?」
「いや……あの愚姉が何を言い出すか警戒しているだけで」
「あの方はアルヴィンさんのお姉さんなんですね」
へぇー、と。ソフィアは壇上に上がる少女の姿を見た。
堂々と、それでいてどこか凛々しい立ち姿。歩いている姿だけだというのに、思わず目を惹かれてしまう。
だが、姉弟だと言われていても似ていないなぁ、というのがソフィアの素直な感想だった。
壇上に上がるセシルの姿はカリスマ性を含んだ『憧れ』を凝縮したようなもの。
片や、アルヴィンは気だるそうにしながらも『親しみ』を凝縮したようなもの。
似ているようでどこか違う雰囲気に、ソフィアは首を傾げてしまった。
セシルは先程から皆が使っていた拡張器の前に立つと、気品と凛々しさを醸し出した立ち居振る舞いのまま、こう口にした───
『やっほー! アルくん、見てる〜?』
あ、やっぱりなんか似てます。
ソフィアは素直にそう思った。
『あれっ、アルくんどこ〜?』
「やだっ、お家の醜態が公衆の面前で拡散されるぅ!」
ソフィアの横でアルヴィンは顔を覆って泣き出しそうな様子を見せていた。
新入生は戸惑いながらも、噂の無能に視線を向ける。それがセシルに合図を送ったのだろう……彼女はキラキラした瞳になると、思い切りアルヴィンに向かって手を振った。
『アルくんっ! お姉ちゃんかっこよかったでしょ!? これでも首席なんだぞどやぁ!』
「口を閉じてくれないかなぁ、あの愚姉……ッ!」
「あはは……面白いお姉さん、ですね」
このような場所で名前を呼ばれて注目を浴びせようとすれば恥ずかしくなってしまうのも無理はない。
ソフィアはこの瞬間、アルヴィンに対して初めて同情した。
『真面目にやってください』
『あ、はい……ごめんなさい』
司会の人間に注意され、セシルはしゅんと項垂れる。
もはやカリスマ性も凛々しさも威厳もどこにもなかった。
しかし、それでも在校生を代表する首席───そのあとの言葉は澱みなくも、真面目なものであった。
『新入生の皆様、まずはようこそ……我がアカデミーへ。在校生を代表して歓迎いたします』
ようやく語り出してくれたセシルに、教師や司会は安堵する。
在校生は慣れているのか、苦笑と少しばかりのざわつきだけで終わり、新入生の皆は未だにざわつきと戸惑いが残る。
どうしてあの公爵家の面汚しが溺愛されているのか、セシル様はあのような方だったのか、噂は本当だったのか。
その声は様々なものであったが、セシルの言葉はざわつきに反して進んでいく。
『これから、あなた達新入生は多くの苦難がアカデミーで襲いかかるでしょう。ここは学園という枠組みでありながらも、社会に飛び出す手前の訓練所のようなもの。学力、交友、研鑽、それぞれが今まで味わったことのないほど充実しており、目に見える形で苦しく厳しいものとなります』
「よかった……一時はどうなるかと思ったけど、ちゃんとした姉さんが見られて弟は嬉しいよ」
「ふふっ、面白い人だと思いますよ、私は」
「どうかこのまま……このまま普通でいてくれっ!」
アルヴィンは新入生とは別の気持ちを持って切実に耳を傾ける。
『ですが、この環境こそあなた達の将来へ大きく貢献してくれるものとなるでしょう。苦しいだけではありません、楽しいことも、喜ばしいものの、全てを引っ括めた対価も、平等に与えられる場所であり、それぞれが必ず己を成長させてくれます。それは今までの自分が成長してきたように、この場所でもきっと周囲が認めてくれるほどのものが与えられます』
そして───
『かくいうアルくんも、昔とは比べものにならないぐらい筋肉がつきました』
「離してっ! 今すぐ僕はあの阿呆の口を塞がなきゃいけないんだ!」
「い、今は挨拶の途中ですからっ!」
席を立とうとするアルヴィンにソフィアがしがみついて制止させようとする構図が生まれた。
『昔、一緒にお風呂に入ってきた時は背丈も小さくて可愛かったのに……』
「アルヴィンさん、落ち着いてくださいっ! その取り出したナイフは果物を切るものであって自分の首を切るものではありませんっ!」
「離すんだ、ソフィア! 公衆の面前で黒歴史を暴露されて、僕は生きていける自信がないっ!」
『あっ、今もうちの弟はすっごく可愛いですっ! それに、アルくんは本当に凄いんだよ!? なんとっ、実はアルくんは私よりも強いのですえっへん!』
「ならばせめて……ならばせめてあの身内の恥にこのナイフを投げさせてッッッ!!!」
「アルヴィンさん、腕を……その振り上げた腕を下ろしてください危ないですっ!」
───結局、在校生代表のお言葉もなんだかんだつつがなく終わり。
アルヴィン・アスタレアという名前は入学式早々アカデミー中の噂となった。
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