二人の出会い
第4話 令嬢達の戦場
王城の中庭にある薔薇園では、今が見頃とばかりに多彩な薔薇が咲き誇っていた。
初夏の爽やかな風が吹き込む気持ちの良い陽気の中、庭園では王家主催のお茶会が開催されている。
十二歳である第一王子のローランと歳が近い、八歳から十四歳の高位貴族の令息令嬢達が集められたお茶会だ。
となれば、このお茶会の目的が将来の婚約者候補と側近候補の品定めなのは、子供であろうと誰もが理解している。
子供だからといって、侮れない。無邪気に笑う裏側で、お互いを出し抜こうとする様子は、大人顔負けだ。
その蜘蛛の糸を張り巡らすような駆け引きの中で、明らかに浮いている令嬢がいる……。
周りに媚びを売ることなく無表情で座っているのが、ユリアーネ・コーイング伯爵令嬢だ。
周りから距離を置かれ誰とも目を合わせてもらえないのに、焦りもせず背筋を伸ばし凛として座っている姿は、子供とは思えないほど気品に満ちている。
ユリアーネの父は政治には一切興味がなく貴族としては変わった男だが、商才に長けており貿易事業が成功していて裕福だ。
だが、コーイング家は歴史は古いが国の要職には就いたことのない名ばかりの名家で、こういった場ではどうしても下に見られてしまう。
しかし、ユリアーネが浮いているのは、家のせいというよりも、自分のせいだ。
社交界では異色の存在であるコーイング家だが、その最たるものがユリアーネの存在だ。
理由は、誰もが振り返るほどの美人だから、ではない。
ユリアーネの容姿はフワフワと波打つダークブロンドに、オレンジ色が強い茶色の瞳だ。どちらも珍しくもない色な上に、顔立ちも体形も十人並みだ。
ならなぜ、有名なのか?
非常に勉強ができ、とにかく優秀だからだ。
十六歳から十八歳の貴族が通う王立学園で学ぶ以上の知識を、十歳にして既に有していると言われている。その上、他国の言語を五カ国語以上話せるとも言われており、他国からの依頼で遠い異国の古語で書かれた書物を訳したとかしないとか。
そんな神童と呼ばれる少女が、ユリアーネ・コーイングなのだが、彼女が有名な一番の理由はそれだけではない……。
今日集まっている令嬢達は、第一王子ローランの婚約者候補となる者ばかりだ。
子供とはいえ貴族だ、相手を蹴落とす駆け引きは、ユリアーネの周りでも既に始まっていた。
婚約者になんて興味がなく浮きまくっているユリアーネだって、もちろん足を引っ張られる対象になってしまう……。
「ユリアーネ様は、マイスリンガー国の言葉も話せるのですか?」
ユリアーネと同じテーブルに座っている侯爵家の令嬢が、好奇心を隠さず話しかけてきた。
十歳で他国の言葉を話せることだけでも凄いが、マイスリンガー国の言葉となればなおさらだ。
というのもマイスリンガー国はハイマイト国との貿易が盛んな大国だが、海を渡った別大陸にある国なので、そうやすやすと往来できない。だから、マイスリンガー国の言語をマスターしている者は、大人でも数少ないのが現状だ。それを十歳の娘が流暢に操るのであれば、誰であっても驚く。
「……そうですね。父の仕事の関係で、我が家にマイスリンガー国の方が滞在することがありますので、日常会話に困らない程度には話せます」
ユリアーネは珍しい言語を話せることを鼻にかけることもなく、むしろつまらなそうに淡々と答えた。
本当は留学しても問題ないくらい完璧に話せるが、そこは謙遜している。完璧に話せると言うと、余計にトラブルが増えて面倒だからだ。
それでも令嬢達は、驚いている。
どうして驚くのかが、ユリアーネにはさっぱり理解できない。
(みんな外国語を話したいのかしら? だったら勉強して覚えればいいだけじゃない。そんなの誰でも出来ることなのに、他人を褒め称えて何がしたいの?)
そんな風に考え、それを隠しもしないことが、ユリアーネが社交界で有名な一番の理由だ。
ユリアーネは勉強ができて知識が豊富だが、それには家族しか知らない秘密がある。
その秘密がユリアーネが頑なに自分の優秀さを認められない理由であり、勉強なんてやれば誰でもできるのだから褒めるに値しないと思っている理由でもある。
既にこの場の空気にうんざりしているユリアーネを、侯爵令嬢は拍手も加えてわざとらしく褒め称える。
「まぁ、凄いわ」
「そうでしょうか? 語学は学べば誰でも取得できます。わたくしは全く凄くなんてありません」
謙遜でも何でもなく本当にそう思っているユリアーネには、自分の言葉でその場が凍りついたとは気づけない。
侯爵令嬢の取り巻き達が目の色を変えていることにも、もちろん気が付いていない。
「サラシュージ様が褒めて下さったのに、何て態度なの? 少し勉強ができるからって、思い上がるのもいい加減にしなさい!」
そう言った取り巻きは、冷めた紅茶をユリアーネのドレスにぶちまけた。
「あら? ごめんなさい。手が滑ったわ」
ユリアーネの光沢のある水色のドレスに、茶色い染みが広がっていく。
「水色のドレスより、茶色い染みのドレスの方が似合うのではなくて? ユリアーネ様の地味なお顔にピッタリでしてよ」
クスクスと笑い出す侯爵令嬢と取り巻き達。
さすがに紅茶をかけられるのは少ないが、ユリアーネがお茶会に行けば、白い目で見られ非難されるのが日常だ。見飽きたこの光景に、うんざりしてため息が漏れる。
(いつも面倒臭いけど、今日は特に酷い。私のドレスに紅茶をかけるつもりだったのは、最初から見え見えじゃない)
ユリアーネが何も言わないことに気をよくした令嬢が、追い打ちをかけてやろうとニヤリと笑う。
「あら、ため息をつくくらいなら、文句の一つでも仰ったら?」
その言葉を聞いたユリアーネは、嬉々として顔を上げる。
文句を言って良いと許可をされたのであれば、ユリアーネはその機会を放棄はしない。なぜなら、「売られた喧嘩は必ず買うものだ」と兄であるフォルカーに教え込まれているからだ。
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