第3話 狙いを定めて撃つと相手は死ぬ
銃身から投影された3Dディスプレイを操作して、射線を扇形の放射モードに変更、畑にむける。動体センサーと赤外線で縁取られた子供たちの
深呼吸。
ゆっくりと息を吐く。
不思議と気分が高まってきた。
原始的な欲望、獲物を狙っている実感がして、いまにも撃ち殺したくなる。これが狩りの高揚か。
「準備はいいか? じゃ、撃とう。3、2、1──」
獣人の父親が何かを察知したのか、不審そうにこちらを見たとき、ゼロの声が聞こえた。
おれは引き金をひいた。耳のそばですさまじい発砲音が聞こえた。
うるさくて痛い!
耳鳴りがする。鼓膜がジンジンと痛い。トゲの塊が耳の中に入って転がっているようだ。
くそっ、何も聞こえない。
火薬式の銃の発砲音は、稲妻が近くに落ちたような音だ。
鉛の塊を火薬で発射するのだ。
音も相応にうるさいと覚悟しておくべきだった。
すこしも良くならない片耳を手で何度もたたき、頭を振って追い出しながら、畑に目を凝らす。
畑の上では3匹の子供がマヒ光線に捕らえられて倒れていた。よかった。命中していた。
父親は肩を抑えてうずくまっていた。
母親はそばにかけよって、からだをゆすっている。
「よし、狙い通りだ。もっと面白いものが見れるから、あそこにゆくぞ」
なに? よく聞こえない。
「あそこに、降りて、ゆくぞ」
ジェスチャーに合わせて区切り区切りに伝えられてようやく理解できた。
降りるだと? まだ誰も死んでいない。近寄ったら逃げるだろう。
「平気だ。さあ、愉快な光景が見れるぞ」
友人はすたすたと斜面をくだってゆく。不安になったが、おれも気おくれしながら、銃をかまえて後に続いた。
近づいても獣人たちはその場にとどまっていた。手傷を負った父親はともかく、無傷の母親はとどまったままだ。
父親は跳ね起きて片手で弓を突きだし、何か叫んでいた。
母親はその足元にすがり付いている。
どうなっている。本当に逃げないぞ。
「やつらの言葉を聞いてみたまえ」
言葉? こいつらはしゃべれるのか。耳を凝らして獣人たちの声を聴いてみる。
まだ痛むが、マシになってきている。
「おーぐぃー。ぎげげ」
うなり声にしか聞こえない。何かあるのか?
さらに注意深く耳を傾ける。
すると、なんと、理解できてしまった。うなり声だと思っていたのは、人間の言葉だった。
「おまぁえ……にげろぉ……」
驚きだ。遺伝子改造人間の2世代目に、そんな知能が残っていると思わなかった。言葉をしゃべるなんて。
おれは友人を見る。
「彼らの親は言葉が喋れた世代だ。その子供たちは話し声を聞いて覚えたんだ。世代を重ねるごとに失われる知識だな。それよりも、母親の言葉を聞いてみろ」
何が面白いのかにやにやと笑う友人に従って、おれはふたたび耳を傾けた。
「あなぁた……できぃません……」
「にげろ……にげろぉ……」
「できません……ああ、あなた……できませんぅ……」
「おまえ、にげろ……」
「できません! ああ、あなた……!」
「にげろぉ……」
「できませぇんあなたぁ……!」
チッ!
なんだこれは。
逃げもせず、かといって一緒に戦うそぶりもみせない。
妻の獣人は涙で目をうるませて、夫の足元にすがりついているだけ。それ以外はなにもしない。
夫も夫で、弓を構えて妻を守護するポーズだけをとり続けている。最期の抵抗すればいいものを、襲って来もしない。かといって命乞いもしない。
ただ威嚇して、妻を気遣って、立っているだけ。
肩にある銃創だけが生々しい現実感を持ち、それ以外はただのポーズ──田舎臭い芝居を見ている気分だ。醜悪で滑稽な三文芝居だ。
どういうつもりだ。なんで、おれのいら立ちを呼び起こす。
「おもしろいだろう。獣に還ったこいつらは、妙な男女の役割まで作り出しだんだ」
役割だと? 平等にするために獣人になったんだろうが。
傷ついた動物は、死なないために逃げるか抵抗するはずだろう。ドローンで捕まえた動物たちでもそうしたはずだ。だが夫婦はおれたちのまえでくだらない芝居をしているだけだ。
「無力だが貞淑な妻と、それをかばい、不器用だが実直に守る夫。どうだねこの旧世界じみたアンバランスさは。そのうえ自分たちの世界で完結して、眼前の危機を見ていないのだ」
「にげろ……とおく、にげろ……」
「ああ、できません……あなた、あなた……」
腹が立つ。
「狩り」とは人間とケダモノの力比べだと思っていた。全力で殺したり逃げたりするから面白いのだと想像していた。
そこにはただ真剣さがあり、命がけの遊びだと思っていた。
しかしこいつらは獣のように抵抗せず、中途半端に人間らしい醜悪さをみせつけてきた。敵に許しを求める獣がどこにいる。
「あなたぁ……」
「おまえ……!」
生きるすべを知らない無力な子供とわけが違う。
逃げる努力もせず、自分たちの世界だけに重きを置いて、ただ浸っている。
子供たちも置き去りで、二人の世界でメロドラマが完成していた。
「ははは、面白いって言っただろう」
友人がいきなり夫を撃った。
弓が砕け、その後ろにある顔面に散弾が降り注いだ。
赤い煙がパッと舞って、あおむけに倒れた。隣にある畑のように、顔から首にかけて赤く耕されていた。
「あなた……! ああ、あなたぁ……!」
妻が死体に縋り付いた。何度もゆすり、こちらに向き直る。
鋭くとがった黒い爪で威嚇して──しかし、襲い掛かってこない。うなるだけで、ぜんぜん、襲ってこなかった。
その爪のナイフは何のために持っているんだ? なぜだ? 凶暴な獣じゃないのか?
「妻は夫に守られるものだからな。きみ、腕にロープをかけてみろよ。悔しがるふりをしながら、おとなしく従うぞ」
落胆を抑えきれなかった。
ただ威嚇して、自分には武器があるとみせかけ、その場にとまっている。これで大人しく捕まるのならば生きる意志の乏しい不完全な生き物だ。
原始的な狩りの期待は、とっくに霧散していた。
「人間があいてだと、女は殺されないと理解しているんだ。連中の理解では女は報酬だから、夫を殺された女は襲撃者の妻になるんだ」
それはおれたちが獣人に見えるって意味か?
「男って意味ならそうだ。いびつな遺伝子教育のたまものだな。腹が立つなら、きみも撃ちたまえ」
撃つ?
……殺人を犯してはいけない道徳規範がある。果たしてやってもいいのだろうか。
怒りは覚えるが、むしろ哀れさが勝っている。
おれは殺す理由を考えた。
確かにこいつらは何株もタバコを切り取ってダメにした。被害総額は1000万近い。
だかこのように知能が低いのだから、仕方ない。
今のおれは狩りを楽しむ気分ではない。
それではこの場所に似合わない。
だから気分を変えよう。
おれは腕に内蔵されたシリンジから、アドレナリンの混ざった薬液を注入した。
気分が
歯が自然に閉じられ、声がもれる。炎のような怒りが全身に注入された。
「やる気になったか」
ああ。
友人の提案は望むところだ。
ひさしぶりのアドレナリンで、体の内側から何かがあふれそうだった。
水平二連式の銃を構えると、雌型の獣人の頭に狙いを定める。
もうおもしろい。おれが今から殺すのだから面白い。
おれは引き金を引いた。
肩に衝撃がかかり、妻が吹き飛んだ。
銃弾と一緒に手ごたえと、爽快な気分が身体を貫いた。
妻は顔面が砕け散って夫のそばに倒れた。
「奇麗に撃つじゃないか。これできみも一人前だ。よくやったな」
殺すなんて簡単だ。
まだ腕がしびれている。弾が発射され、獲物が倒れた。おれがやったんだ。おれがやった──すばらしい手ごたえだ。
「そうとも。きみがやったのだ。獣人がなぜ人気のある獲物か、理由がわかっただろう。こんな生き物は、殺してこそ価値があるんだ」
間違いない。
まだ興奮が残っているので、薬室に残ったもう一発を家に向かって撃った。
植物を組み合わされて作った屋根が崩れた。
やってやった。
おれが……おれがやったのか?
急激に冷静になった。落ち込みに近い感情が来る。アドレナリンが分解されて、かわりに陰鬱な気分が押し寄せた。
子供はどうするんだ。子供まで撃たなくてもいいだろう。
「もちろん殺す」
子供は殺したくない。成長すればいい獣人に育つかもしれない。
いい獣人?
こいつらはおれに任せてくれ。処分はしておく。
「おお、好きにしたまえ。用事も済んだし、わたしはそろそろ街に戻るつもりだ。きみひとりで始末できるかね? 銃を置いていくかね?」
いや、平気だ。ナイフを持っている。
そういうと友人は嬉しそうに笑った。
「ははは、だいぶん馴染んできたな」
友人は嬉しそうに笑った。
移動プラットフォームで友人が帰った後、おれは飽きるまで獣人の死体を眺めた。
砕け散った夫と、砕け散った妻。
赤と白とピンク色の中身が飛び散っている。
とっくに死んで喋らないが、あのストレスのたまる芝居は傑作だった。
どんな教育をうけたら、こんないびつな生物が育つのだろう。ケモノと遺伝子が混ざっているから脳がおかしくなったのか、中途半端に教育されたから変なのか、学習の不連続性が劣化を引き起こしたのか──答えが出ない。
頭のなかで何度も撃ち殺した瞬間を思い出した。
そのときの手ごたえと爽快感を脳内で何度も味わった。
あれはたしかに面白かった。
弾丸が自分の手の延長となって危害を加えた。
自分の体の一部だ。
殴りつけた拳だ。
何度も何度も繰り返すと、恍惚感は次第に撃たれた母親に感情移入してきた。
撃ったのはおれだが、その衝撃を、痛みを、心の底から湧き上がってくる悲しみを再現して、こうだろうと表現した。
やがて同化して、喜びと悲しみを同時に味わえた。
意義ある死だ。
この肉塊はおれが作って、おれになってくれるのだ。
妙な羽虫が死体にたかりはじめ、わんわんとうるさくなった。
こういう意味だったのだ。
麻痺のきれた子供たちが起き上がりはじめた。子供はおれの姿を見ると、家の中に逃げ込んだ。
逃げないが、襲っても来ない。
おれが敷地から離れるとどういう行動をとるのだろう。
試しに畑から離れてみると、子供たちはふたたび家から出てきた。
母親の死体にすがりつく。
親がなぜ動かなくなったのか理解できないのか、身体をなめたり、手で押したりしている。再び近づくと家の中に逃げ込む。
魚の動きに似ている。
もっと獣に近かったら暴れまわって抵抗しただろう。もっと人間に近ければ、知恵をもって立ち回っただろう。
今の中途半端な具合だと、両方の悪いとこどりで手ごたえがない。
友人の顔を思い出す。友人は撃ち殺す行為を楽しんでいたが、あれでは通り魔的な楽しさしか味わえない。
もっと手ごたえのある獲物がいればやつも喜ぶはずだ。
おれはひらめきを実行した。
3匹の子供たちを麻痺させ、ドローンを呼んで家に運んだ。
おれが作るのは本気で逃げ回る獣人だ。
抵抗する力のある歯ごたえのある狩りの獲物だ。
おれは獣人の子供たちを家に連れ帰った。
飼うための部屋がいる。
処分するなら簡単だが、生かすとなるとまた別の準備が必要だ。居間に置けばすぐに逃げ出すだろうし、寝室も無理だ。
ひとまずドローンと一緒に倉庫のひとつを片付ける。
第二倉庫は収穫したタバコの葉をしまっておく場所だった。一時期は梱包材と出荷用の荷物であふれていたのだが、今は不景気で荷物置き場になっている。
掃除しているあいだ、新しく生成した二足歩行ドローンの腕に、獣人抱えさせた。巨大な昆虫人間を直立させたような外見のドローンが、細い腕に3匹の獣人を一列に抱えている。
作業をしているとそのうち麻痺がとけた。
「じねっ! じねぇ! じねじねじねじね!」
一番身体の大きな一匹は特に元気だ。親から学んだ罵倒をおれにむかって投げつけてくる。
眼光鋭く大きな声で、言葉だけで萎縮させそうな勢いだ。
実際鼓膜は痛い。
「ごろず! ごろずごろず! ぐっでやるぅ!」
それにしても嫌われたものだ。両親を射殺したのだから当たり前だが、ここから教育して立派な獲物にしなくてはならない。
叫んでいる一匹は元気だが、他の二匹は力が抜けてされるがままだ。悲しんでいるのか絶望しているのかわからないが、気力を失い生存をあきらめてもらっては困る。
だが優しくしても効果があるとは思えない。
ならばこの2匹も怒らせるのがよいだろう。
おれはドローンに命令して獣人を捕まえている腕を締めさせせた。
苦痛の合唱が響いた。
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