獣人を見かけたので撃ち殺しに行った話
白江西米
第1話 狩りは手ごたえが重要
友人に狩りのやり方を尋ねると、やつは待っていたとでもいうふうに唇を釣り上げた。
友人はシーシャから口を離し、立ち上がっておれの隣に座りなおした。
肩が触れる距離だ。嬉しそうな表情だが距離が近すぎる。
おれは少し横にずれた。
「やっと本題に入ったか。メッセージじゃ意味が分からなかったが──今日のために、きみに合いそうな道具を持ってきたぞ」
法律に触れる可能性がある内容なので、言葉を濁して大きな動物を狩って見たいと送ったが、友人にはお見通しだったらしい。
細長いケースから鉛色をした鉄の棒をずるりと取り出した。
照明を鈍く反射する銃が、おれにぐいと突き出される。思わず受け取り、めんくらって眺めていたが、飴色の銃床が年代を感じさせた。
象でも撃ち殺せそうな銃だ。
「狩りにもいろいろあるがね。罠をしかける、航空マーキングする、ガスを巻いてあぶり出すなんてのもある。だが、わたしが一番おすすめしたいのは、旧式の銃だ。自動補正の機械なんて使わないで、自分で狙いをつけて撃つ。これが一番だ。さあ、構えてみたまえ」
熱意ある言葉に俺は気おされ言われるままに銃を構えた。銃床を肩にあてて引き金に指をかけてみる。
ずっしりと重く、所有感がある。
確かにこれをつかえばやれそうな気がしてくる。
「弾の値段はそれなりにするが、その分の楽しさは保証しよう。私はこれで何度も獲物を撃ったがね──忘れられない体験だよ、きみ」
なるほどと頷くと、友人は気をよくしたらしい。
嬉しそうに笑い、それから友人は身振り手振りを交えて、外国でどんなふうに獣を追いつめて、どんなふうに狙いをつけたかを話し出した。
カイロで巨大なラクダを撃ったとか、ナイロビで陸生のワニを罠にかけてから吹き飛ばしたとか、日本から出たことのないおれにとっては未知の楽しい話だ。
そのうち興奮し始めた友人は、もうひとつ銃を取り出しおれに向けて構えた。
ぎょっとする。
なんのつもりだ。
「ちょうどきみのように、照準のさきに獲物の顔があるんだ。スコープを通して感じる獲物の身体に詰まった生存本能が
何を言っているのかわからない。麻酔タバコを吸い過ぎたのか?
ともかくおれは手で銃身を払いのけた。
弾は入っていないが、銃口を向けられると恐ろしい。殺人道具を突き付けられるリアリティがあった。
まったく、やって良い事と悪い事の区別もつかないのか。
おまえ、人に銃を向けてはいけないと教えられなかったのか?
「ははは。怒るな。そんなふうにおびえる獲物もいた。で、引き金をひくんだ。すごい音が鳴って、その時には相手が血まみれだ」
……まったく気にしていないな。
「弾丸を撃ち込んだ時の手ごたえがジンと残って、ああ、私がやったんだと実感できる。それでも相手が死んでいないときはナイフでとどめをさすんだ。苦しんでいる相手の心臓に、とどめをくれてやったときの物悲しさ──嬉しいんじゃなくて悲しいんだ。動かなくなってしまった身体から消えてゆく生命を憐れんで、一時の黙とうをささげる。そのあとにやってくるのが獲物が取れた喜びだ。これが楽しみで狩りをやっているんだ」
おれは顔をしかめながら、やつの言葉を聞いていた。
やってしまって後悔は感じないのだろうか? 善悪の基準で判断すると、友人は無慈悲に思える。
「慈悲? 何の関係がある。それよりも獲物の瞳に残った命の色が消えてゆくときなんて、きみ、たまらないぞ。獣人はとくに美しい。疑似生成されたダリの絵をみたときの形而上学的な
何が芸術だ。
無理やり撃ち殺しておいて芸術もない気がするが、一方的に引き出した感銘などは徹頭徹尾、一方向の感情だだろう。
「わたしは手ごたえを感じているぞ。手ごたえが重要なんだ。好敵手だった獲物を肉塊につくりかえた手ごたえ。美しいものを汚す感覚に近いな。そのあとに起こる、無様な死にざま。わたしが作り出した芸術に面白さがあるんだ」
お前にもわかるだろうと友人は頷くが、おれには弱いものいじめのサディズムにしか思えない。
曖昧に頷いていると賛同ととられたのか、友人の話は止まらなかった。
その後、何十分も続いた熱のこもった狩りの弁舌に引き込まれ、獲物を撃つ面白さを伝えられ、臨場感のある話におれは頭が変になり、そういう面白さもあるのかと思い始めていた。
面白いのなら、罪悪感を覚えなくて済むのかもしれない。
おれは今まで狩りの趣味はなかった。
動物を殺す経験なんて、職務上の避けられない義務──つまり農場を荒らした害虫、害獣のたぐいを処分する程度だ。
活動時間12時間の自動機械が生成した巡回ドローンが、捕獲した動物を処分する機械を作動させるだけ。まさにボタンを押すだけだ。
しかしある映像をみたとき、獲物を処分する責任の重さを体験したくなった。
「わたしがニューヴォルホヤンスクで撃った獲物は、身体が燃えながら4キロも走ったんだ。4キロだぞ、きみ。はははは! ツンドラの大地じゃなければ森を丸焼きにしてただろう。いや、むしろ火事になればニュースになってカネが儲かったか? ははははは!」
友人の笑い声が響く。
よく笑っていられる。燃え広がったら大惨事だろう。賠償金どころか刑事罰を受けかねない。
「なに、永久凍土の大地だ。すこしばかり焦げたところで誰も住んでやしない」
確かにロシアには使われていない土地がたくさんあるが……。
この友人は3流ゴシップサイトの記者なんてやってるから、品性もその程度だ。
倫理観は限りなく低く、誠実とは程遠い記事を書いている。ふだんから身元を誤魔化しているため、喋り方も変で妙に古臭い言い回しをする。
「まったく残念だ。誰かが火をつけた動物が、森の中を4キロも疾走。卑劣な犯人を捏造してやれば、正義感にあふれた連中が群がってきて、わたしを叩きまくっただろうに──宣伝になっただろうになァ」
倫理観がおかしすぎる。
友人が言うには、読者の欲望をみたすために書いた記事は、悪徳があればあるほどいい、らしい。
そういう読者層向けの記事なので、精査なんて必要なく、センセーショナルであればあるほどいい。
むしろ読者のつまらない人生を潤すために記事を書いてやっているのだから、情報をもらえるだけありがたく思えと友人は言ってのけた。
そんな品性だから、不法にすみついた獣人を私刑にかけて殺しても、ためらいはないのだ。
「で、どんな獲物を見つけたんだ? 教えてくれたまえ」
おれは頷いた。
こんな友人だが、頼りになるのだ。
おれはスクリーンの電源を入れた。
投影された光線が映像の、時系列順に並べられたファイルの中に、特異な映像の存在を示すピンが立った。
録画データを再生。
スクリーンのなかでは、連なった覚醒タバコの大きな葉が、みどり一色の絨毯となって揺れている。
小さな森の風景だ。
大人ほどの高さもあるタバコの中を、生態カメラを搭載した4足歩行のドローンが徘徊していた。
首の垂れさがったキリンに似た生体機械のドローンは、長い首の先端にさく裂直前の花火のような肉塊が育っている。そこにはいくつもの長さのカメラが突き出し、記憶媒体と直結して録画していた。
「手に負えない害獣でも出たのかね?」
おれは頷いた。
ドローンは高い位置から畑を見回っている。
小規模な森林を連想させる青々と茂った葉が、太くてみずみずしい葉脈を浮かせている。
おれの大切な収入源は今期もよく育っていた。
葉の厚さも丁度良く、麻酔成分がたっぷり含まれて、表面にまで結晶化されて白く浮き出ている。
これを合成して気化させれば、どんな心の痛みでも消えてなくなる。都市部で散布されている重要な公衆衛生の素材だ。
うっとりとみとれるほどの完ぺきな成長具合だ。
「すまないが、獲物が出てくる場面まで動かしてくれないかね? エコロジーには興味がないんだ」
なんてやつだ。
おれはむっとしながらも、目的の部分まで映像を進めた。
見回りで見つけた不審物を順番に表示する。
神経毒をもったVXカメムシ、セラミック針をもった金属蜂などの危険な昆虫の次に、畑のそばにいる焦げ茶色の人影が映った。
たばこ畑のそばにある森のふちで、二足歩行のなにかがうごめいている。
腕を振り上げて、タバコの幹をいくつも切り倒していた。
「おっ、拡大したまえ」
何を、と指定しなくとも、自動的に解像度が上がり、人間大のシルエットに焦点があった。
映像が補正されくっきりと映る。
毛深い、半裸の男が映っていた。
土で汚れた地肌を露出させた、
髪や髭が伸び放題、服と呼べるものは皮でできた腰巻だけで、そこには死んだ大ウサギがベルトに何頭もつるしてあった。
むき出しの手足には、皮膚の代わりに茶色い体毛がはえている。
腰には茶色い三日月のようなしっぽ。明らかに普通の人間ではない特徴を持っていた。
「ほう、いいな。これは犬かオオカミの遺伝子が混ざっている。でも第一世代の獣人ではない。子供か孫の世代だろう」
わかるのか?
友人は軽く頷いた。
「代が進むと獣に近くなっていくんだ。みたまえ、足首なんて完全に犬だ」
たしかに獣人はつま先立ちで歩き、かかとが地面についていない。
大地を噛むような黒い爪が生えている。
ドローンが不審人物に近寄ってゆく。合成音声がここは私有地だと警告し、未識別の侵入者にネットガンの発射警告を発した。
男の獣人は切り倒したタバコから手を放し、威嚇のうなりをあげた。
はぎ取って束ねたタバコの葉を投げ捨て、背中に背負った弓を構えた。
ドローンはまだ獣人を人間だと判断して、発射できずにいる。
矢は機体に命中してはじかれた。外殻には傷ひとつつかない。
獣人は奇妙な叫びをあげて、背を向けて森の中に消えていった。
「弓ときたか。悪くないな。こりゃあ楽しめそうだぞ」
友人は喜んでいた。
その感性がうらやましく思えた。
この映像で初めて、いままでおれのタバコ畑を害していた存在が分かった。
害虫や害獣ならドローンが始末するのに、被害が減らなくて妙だと思っていたのだ。
獣人は人間と認識されてしまい、いままで見落とされていた。被害総額はこれまでに1,000万円を超えている。
おれは先月、獣人の映像を見て仰天し、自衛用のライフルを慌てて探した。一株50万円もするタバコをこれ以上壊されてはたまらないと、その日のうちに畑に繰り出したが、敵は見つからず、かわりに毒虫に刺されて4日程度寝込んだ。
ベッドの上で苦しんでいる間に、警察に通報すれば駆除してくれると気づいたが、ふと──品性下劣な友人が、狩りが好きだったと思い出したのだった。
そして今に至る。
興奮する友人を見ていると、あの時の判断は間違いだと思い始めた。いままでの話を聞く限り、ろくなことにならない予感がする。
「いや、よく連絡してくれた。いい獲物じゃないか。このあたりに獣人の生き残りがいるなんて、思ってもみなかった。しかも武器を持っている」
なんだってこんなところに獣人がいるんだ?
こいつらはどこから来たんだ?
「わたしの推測だが──ジェンダー解放革命
おれは首を振った。聞いたこともない。虹色のなんだって?
「布教に暴力を使う団体だ。最近、ここの代表が死刑になったが、この獣人はその賛同者の成れの果てだな」
死刑? 死刑になる犯罪者は多くない。
おれはニュースを思い浮かべ、なんとか思い出した。
過激なジェンダー平等を進めるテロリストが人体改造で死者を出した事件があった。
たしか「遺伝子レベルで男女平等を目指す」などと妄言を吐く集団で、中年世代を中心にそれなりに賛同を集めていた。
代表がいろいろなメディアに出て衆目を集めていたので、寄付も莫大だったはずだ。
おれは胡散臭いと感じていたが、その団体のビルに強制捜査が入った報道がされたとき、禁止されている遺伝子改造を施された会員たちと大量の死体が見つかった。
友人が言っているのはその団体だろう。おれは知っていると伝えた。
「そう、その生き残りだ。逮捕されなかった会員たちは、そこらじゅうの山に逃げ込んだから、今でも見つかっていない獣人がいても不思議ではない。きみの家の近くにも、逃れてきたやつがいたのだろう、ククク……運がいい」
友人曰く、森深い山のなかで、人間とも獣ともつかない子供を増やしているらしい。獣人とはいえ元は人間だが、文明から離れて暮らしてゆけるのだろうか?
治療できるなら捕まえて施設に送ってやりたい。
「無理だ。違法な遺伝子改造した人間の子孫は、法律的には人間じゃない。動物愛護法も適応されていない。まだ審議がおわってないから、あくまで権利のない害獣として捕獲するんだ」
無残な話だ。
それじゃ捕まえて当局に引き渡すと、害獣として処分してくれるのか?
「そうじゃない。こう留しているうちに死んで、あとはうやむやさ。だからわたしたちも、獣人を撃ったところで、黙っていればわからない。むこうとしても、面倒な仕事が減って喜ぶだろう」
いかにも責任の所在があいまいな役所の仕事だ。事なかれ主義極まれりだ。
「だがな、はく製にして飾ったり、射殺した場面を動画にとって自慢するのはやめたまえ。あんな連中でもうるさい団体が背後についているから、抗議が押し寄せてくるぞ」
おれは神妙に頷く。
たしかに獣人の保護団体は過激な連中もいる。
ある事件を思い出した。
北海道に住む狩猟好きの市長が、撃ち殺した獣人の生首をトロフィーにして執務室にかざった。ライオンの獣人で、迫力のある剥製だった。
しかし景観を損ねると市民からの抗議があった。市長は無視して飾り続けていたが、ある夜に獣人人権保護団体のメンバーが市長の家に不法侵入した。
寝込みを襲われた市長は強アルカリ性の薬品をかけられ、親族でも見分けがつかないほど焼けただれた。鼻は溶け、口の中はがらんどうになり、両目は失明した。
凄惨な事件に世間は震撼した。おれも恐ろしく思った。
襲撃者は後日逮捕されたが、市長を襲った理由がまた理解しがたい内容だった。
「自分のペットが生まれ変わった獣人を、市長がもう一度殺した。家族を冒涜している市長が許せない。これは天罰だ」
犯人はそういった仏教的な輪廻転生をほのめかす文言を言っていたが、おれにはまったく意味がわからなかった。ただ、自然に対する正当防衛だと法廷で叫ぶ姿は、滑稽ながらも一定の支持を集めたらしく、情状酌量され刑期が減った。
くだんの市長は金をはらって、失った部位を培養、複製させて、以前と変わりない容姿に戻って公務に励んでいる。
襲撃の被害者なので同情票も増え、来期も安泰だろう。
バイオテックで欠損部分を修理できるから傷害罪が軽くなるなんて、命を失うかもしれないのにひどい話だ。
そして軽々しく狩りの成果を見せびらかすと、一般的には反感を買うのだ。
そんなことを考えていると、友人がソファから立ちあがった。
「それじゃ、明日になったら狩りにゆくとしよう。きみ、銃の準備はいいかね?」
おれは頷いた。棚から射程距離600の電磁誘導ライフルを取り出した。
これは貫通力とマンストッピングパワー(意味はわからないがセールスマンがそういったのを覚えている)に優れた弾丸を発射する強力な武器だ。専用の弾丸は自治体のお墨付きで合法的な所持が許されている。
おれは自慢げに友人に見せた。
誘導装置のついた弾丸は、強盗だって一撃で倒せる。
獣人など余裕だろう。
「それじゃあ威力が高すぎる。待ちたまえ」
友人がほそながいケースから年代物の銃を取り出した。
「これを貸してやる。水平二連式のショットガンだ」
おれはどっしりとした銃を手渡された。
2本つらなった長い銀色の銃身、使い込まれた木製ストック、すり減った金属パーツ。折り曲げてみると弾丸を入れる部分が2つ開いている。
おそらく200年以上前につくられた骨とう品だ。
火薬式の銃だ。
まともに飛ぶのか?
「これで撃つと手ごたえが違うぞ。弾は高いし許可も大変だが、獲物をしとめた実感が沸くのはこれが一番だ。きみも楽しみをあじわってほしい」
おれは火薬式の銃を撃つ訓練は受けていない。友人に帰そうとしたが、受け取らなかった。
「遠慮しないで使いたまえ。そのゴテゴテとした誘導ライフルでは、何の楽しみも得られまい。棚にでも飾って、これで原始的な武器で狩りを楽しんでこそ、だいご味がわかるんだぞ」
悪党を一撃で倒せる武器なら、獣人にも有効だろう。結果に違いはないはずだが──。
「そりゃ効くだろうがね。その無粋な武器は設定次第で、山ひとつを丸焼けにする威力だぞ。関係ない馬鹿を巻き込んだら、きみ、訴訟沙汰になって面倒になる。保護団体を嫌っていただろう?」
おれは黙って誘導ライフルを棚に戻した。
ただでさえ毎日、不道徳な覚醒たばこの栽培をやめろと、過激な団体から嫌がらせのメッセージが来ているのだ。
これ以上は煩わされたくない。
「ほら、これもつかいたまえ。パラライザーだ。使い方はほかの銃と同じだ。これが安全装置で、これが引き金、狙って撃って、相手はマヒする。初心者の君にも簡単に使えるぞ」
拳銃並みの半透明な銃は、妙に軽かった。頼りない軽さだが携行に向いている。腰につけるホルスターと水平二連の弾帯を渡された。
これに医薬品と食料の入った雑のうを加えると、山のなかで動き回るにはかなりの重さだ。運動不足のおれにできるだろうか。
「狩りを楽しむためには多少の重さには堪えないといけないな」
おれの考えを見透かしたように友人はにやりと笑った。
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