慟哭

八壁ゆかり

慟哭

 幼い頃、少女漫画を読んでいた時期に、小学生だった私は『高校二年生』という年が一番楽しそうに見えた。だから中学に入り進級し高校に入り進級し、いざ高校二年生になった今、どうしてこんなことになってしまったのだろうと、幼い自分に謝りたい。


 私の高校は共学だ。校内のカップルも多かったし、別の学校やSNSで知り合って交際している生徒もいた。

 皆が皆きらきらと輝いて見えて、彼女たちの毎日はまるで発光してはじけているようにすら、私には見えた。毎朝完璧にメイクし、プリーツスカートを折って短くし、ニットも学校指定のものではなく良いブランドのものを色違いで着回す。昼休みには化粧直しもする。ファッション雑誌を見ながら、えーこのワンピかわいいーときゃっきゃと騒ぐ。


 私はそうはなれなかった。


 読書が好きだったから洋服代より書籍代を優先した。メイクは校則で禁止されているからそれを真に受けしなかった。最低限のスキンケアはしているが、顔にニキビがいくつもあって、それがコンプレックスで男子とろくに話したこともない。


 別に特に太っているわけでもないし、顔立ちは十人並みだと思うから、もう少し見た目に気をつければ、とは思えど、私は他者と関わるのがとても不得手だ。スクールカーストの中にすら入っていない。底辺の生徒は大変なんだろうけど、私はそのカーストにすらいない。おそらく空気のように教室に存在しているだけで、他の生徒は私のことを認識していないように、考えていた。



 そんなある日、事件が起こった。

 昼休み、いつも通り教室の後ろの方の席で本を読んでいると、クラス内でも一、二を争うイケメン男子が突然、あっ! と声を挙げて私の目の前にやってきたのだ。

「なあ、俺その作家大好きなんだよ! それ新刊?」

 私は青天の霹靂状態で、ただただ小刻みに頷くことしかできなかった。

「あ、ネタバレすんなよ! バイト代入ったら買うから!」

「し、しない……」

「そういやおまえいつも本読んでんな。俺もこう見えて読書好きなんだよ。おまえ誰好き?」

 鼓動がとんでもないスピードで跳ねていた。頭が沸騰しそうになっていた。

「わ、私は海外文学も、読むけど、えと、国内では、最近は、宇佐見りんとか、読む」

 何度息継ぎをしたか分からなかったが、とにかく私はそう言った。

「俺も『推し、燃ゆ』読んだけど、ヤバかったな、あれ!」

 彼の顔が直視できないので私は徐々に視線が下がっていっていた。

「あのさぁ」

 唐突に、彼の声のトーンが下がる。

「おまえさ、でこ出したらもっとイメージ明るくなって良い感じになるんじゃね?」

 言うがいなや、彼は私の長い前髪をすっと指ですくってアップにしてみせた。

「おーおー良い感じ。なあ、おまえらどうよ?」

 彼がつるんでいるクラス内トップの男子群まで寄ってきて、賛辞を述べるものだから、私は赤面で実際に顔が熱くなっているのを肌で感じた。

「今度もっと本の話しようぜ。じゃあな」

 そう言って彼が自分の席に戻った時、私の脈はおそらく通常の三倍は超えていた。


 だが、私もそこまで馬鹿ではない。

 鼓動が早くなっている間も、赤面している間も、賛辞を受けている間も、私は刺されていた。


 他のハイクラス女子群の、殺意の視線に。


 いじめられた経験はあるが、おそらくまた似たようなことが起こるだろう。そして私は彼と本の話をすることはできないだろう。それは本当に残念だけど、ここで戦えないのが私という人間なのだ。


 声をかけてくれた彼には感謝している。

 だが、彼の行為によって私はスクールカーストの仲間入りを果たし、嫉妬と殺意の大人買いをしてしまった。あと二学期も残っている高校二年生は、どす黒くなった。

 そして私は絶対に前髪をアップにせずに学校へ通い続けることになるのだろう。

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慟哭 八壁ゆかり @8wallsleft

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