第22話 あの日の種明かし
「魔女だって、毒を飲めば死にます。でもねユーフォルビア、この毒では人は殺せません」
「え……」
毒のお茶を飲み干したお義母様は指輪を手に取り、あたしに拡大鏡を持たせた。
「こことか、こことかよく観察してごらんなさい。あなたが最近開けた以外は、ほとんど動かされた形跡がないでしょう? つまりこの毒は古いの。もう効き目が切れているのです」
お義母様は蝶番の部分を指差して言う。
そう言えば初めに開けたとき随分固かった。
……お義母様みたいに頭のいい人は、その瞬間にどうして開かないのかとか、ということは毒が古いとか、色んなことを一瞬で思いつくんだ。
あたしには無理。
「毒に期限があるの?」
「そうよ、例外はあるけれど」
「じゃ、じゃあ、どうしてレモンを入れたらお茶の色が変わったの!? 毒を見つける魔法じゃないの!?」
「魔法ではありません、化学なの」
ポットを取って新しくお茶を注ぐ。まずお砂糖を入れてかき混ぜるけど何も変わらない。でもレモンを入れた途端、パッと色が変わった。
「このお茶は、簡単に言えばライムやレモンなどの酸っぱいものを入れると色が変わる性質を持っているのです。毒が入っていてもいなくても色は変わります。アントシアニンにクエン酸が反応するからだけど、今は忘れてよろしい」
聞き取れもしなかったけど、お義母様は続けた。
分かんない。
分かんないと涙が後から後から出てくる。外国語も算数も、あたしが黙ってボロボロ泣いてイヤイヤをすれば先生は無理しなくていいと授業を切り上げてくれた。
「毒殺用の毒で一番大事なのは何かしら?」
でも、お義母様は違う。優しい口調だけど逃げるのなんて絶対許さない強さで続ける。
「泣いていてもいいから、答えなさい。考えて」
「うぐ……、ひっく……、一瞬で、殺せる、……ひぐっ……こと……?」
無言の間から、間違っていたのが分かった。
「そうね、それは普通の人の考え方。魔女の娘に、魔女の秘密を教えます。宮廷の毒で一番大事なのは気がつかれないこと。味も匂いもあっては駄目。そのために色々なものを調合して作るの。味や匂いを消す材料にはこのお茶の色が変わるのを邪魔する成分が入っているのです」
「それじゃあ、お茶の色が……ぐすっ、変わらなかったら……?」
「飲みませんでした。だからさっきあなたが言った、毒を見つける魔法というのは正しいのです。だけどこれは魔法ではなくて、植物や鉱物がどんな性質を持っているかを知って、組み合わせて考えるお勉強なの。だから……」
「あたしに言っても無駄よ! 分かんないだもん! 覚えられないんだもん! おんなじこと教わっても、皆分かるのにあたしにはチンプンカンプンなんだもん! 難しい話、お友達の中であたしだけ分かんないの!」
かけっこでビリになる子。
ズル休みしちゃえばいいのにって思う。
ブスっていじられる子。
人前に出てこなければいいのにって思う。
わざわざバカにされることをするなんて、本当にバカがすることじゃない。
あたしは嫌、可愛さは一番、テストは0点だなんてみっともなさすぎる! 頭が悪いってバレないように上手く立ち回らなきゃ。
そのためにはお勉強なんてしないのが一番。やらなければできないのもバレないもの。
それなのに、それなのにお義母様が賢いから……!
「血は繋がってなくてもお義母様の娘なんだからお勉強ができると思われて、期待されてガッカリされて。外見だけで頭の中身は大したことないじゃないって、自分だって何の取り柄もない奴らからも見下されるのよ。この気持ち、お義母様には分からない!」
「わたくしのせいでもあったのね……気づいてあげられなくてごめんなさい」
「あたし、バカだもん……ママと同じでバカだもん……。知ってる……ママは仕事のできないバカ王妃だったって悪口言われてるの、知ってる……早死にしてくれて良かったって! 再婚相手は正反対の賢い公女様で良かったって、大臣たちが言ってるの聞いたもん!
お父様もママのこと、愛してるけどバカだと思ってたのも知ってる……だ、だから、バカでもいいって思ったの。バカでも愛されたら勝ちだって、可愛くして……」
「あなたは馬鹿じゃないわ」
「う、嘘……」
「嘘ではありません。本当の馬鹿というのは、自分が何も知らないということすら分かりません。恥ずかしいことだとも、嫌だとも思いません。自分より優れた人のことを、自分より劣っていると見下すような人です。確かに今のあなたは賢いとは言えないわ。劣ってはいるけれど、馬鹿ではありません」
「難しいこと分かんない……」
「その言葉を使うのはこれで最後にしなさいね。……ストレチア王太子殿下のこと、心から好きですか? 見た目と王子様という条件だけで好きだと思い込んでいるのではない?」
「好きよ!」
あたし、お義母様みたいに上手にどこが好きとかは言えないけど、これだけは自信を持って言えるわ。
人を好きになるのは理屈じゃないの。心が走り出してしまったら、もう自分の感情に嘘はつけないの。
誰が止めたって無駄。恋のためなら命だって賭けられるわ。
お義母様はとても眩しそうな、寂しそうな、そしてなぜかちょっとだけ口惜しそうな顔をした。
「殿下は今とても辛い立場です。わたくしも怒っているし、大陸の人の多くが二度とあんなことをさせないためにきついお仕置きをしなければならないと考えています。味方はいないと言っていいでしょう。それでも、殿下のために頑張れますか?」
「う、うん……今まで王太子様王太子様って言ってた人たちも、皆いなくなっちゃって、他の人たちとばかりいるの……あ、あたし、殿下のために何かできるの?」
「あなたは、殿下の妻です」
お義母様はあたしの前に屈んで、そっと手を握ってくれた。
こうしてちゃんと目を見て向かい合ったことってほとんどなかった気がする。
「今まで殿下の味方をしていた大臣や貴族は、殿下の失脚とともに落ちぶれてしまえば家族も道連れです。殿下をお可哀想と思っても、一族のために見捨てる人もいます。
でもあなたは殿下と結婚しました。最後まで、なりふり構うことなく味方でいることを許された唯一の存在。それが妻なのです」
「お義母様……」
「あなたにできること、全部教えます。ついてきますね?」
「はい、お義母様」
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本日は同時二話投稿、次回最終回です!
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