第2話 運命の出会い
次に
「凄いんですマッチングアプリ。あれからおひとり会う約束ができたんです。今度の土曜日なんです」
「あら、それは楽しみですね」
浦島さんの行動もお早かったが、お話が進むのもお早い。それだけお相手を求める方が多いということなのだろう。そちら方面は予定も何も無い佳鳴ではあるが、お客さまのお望みが叶うからそれはとても嬉しいことである。
「はい。実は登録する時に趣味の欄を書くのに困ってしもたんです。私は子どもと遊ぶんが趣味みたいなもので、まぁお仕事と一緒なんですけど。でも「子どもと遊ぶこと」なんて入れたらまるで自分に子どもがおるみたいでしょう? やので無難に読書にしたんです。絵本が大好きなんで。なんで本好きな人からアクセスがあって。どんな人かは会ってみんと判らへんですけどね〜」
「そうですね。浦島さんのお眼鏡に叶う男性だったらええですね」
「あはは、そんな上から目線でなんておれませんよー」
浦島さんはあっけらかんと笑う。
「あ、こっちの希望で「子どもが早く欲しい」って書いたんで、それも見ててくれたらええな〜」
「浦島さんはそれが大事なんですもんね」
「男性にとって父親になるって結構身が重いって思う人もいると思うんですけど、私みたいに早く欲しい人もいるんや無いかと思ってるんです」
「そうですね。子ども好きの男性もおられるでしょうからね」
「何もかもが合うと言うんは難しいかも知れませんけど、子どもと幸せになりたいですから。あ、親戚のおばちゃんにマッチングアプリ登録したって言うたら「そんな危ないもん止めぇ!」って怒られてまいました〜」
浦島さんは言いながら苦笑する。
「年代によってはそういうもんを危ないと思われてる方も多いでしょうからね。もしかしたら浦島さんのお世話ができなくなるのが寂しいのかも知れませんね」
「ああ、お世話好きのおばちゃんだからそれもあるかもですね。これからもおばちゃんのお世話もお受けしようかな」
「おばさま孝行ですね」
「あはは。親孝行ですらまだまともにできてへんのに〜」
浦島さんはそう言っておかしそうに笑った。
浦島さんはそれから何名かの男性とお会いすることができた様だ。浦島さんはその度に「煮物屋さん」に来てくださった。
「なかなか難しいですね〜。やっぱり1番が子どものことで。私は夫婦ふたりの時間は長くても2年でええて思ってるのに、相手は最低でも5年は欲しいって。10年て人もいました。そんなことしてたら高齢出産になってまいます」
浦島さんはそう愚痴る。
「ああ、今は医療が進んで以前ほどのリスクは無いって聞きますけど、人間の身体が進化しているわけや無いですもんね。母体は辛いですよね」
「そうなんですよ。それにしても10年て。本当に父親になる気あるんかって思っいますよね」
浦島さんは不機嫌そうに言って頬を膨らませた。
「1回身体目的みたいな人にも当たってもて、慌てて帰ったことがあったんですよ〜。あれは嫌でした。運営に知らせておきましたけど、ほんまに気持ち悪かったです」
「えっ、大丈夫でした?」
佳鳴も
「ごはんの後のバーで腕を握られて、うちにおいでって言われて。そこで振り払って帰りました。人前やったんで相手も事を荒げられないんで良かったです」
「あ〜、良かったです」
佳鳴たちはほっと胸を撫で下ろす。
「マッチングアプリは結構安全やって聞いてたのに、そんなのがいるなんて」
佳鳴はまだ心臓がどきどきしている。まさかそんな目に遭われていただなんて。未遂でも怖いものは怖いのだ。男性の力で押し切られてしまった場合、抵抗できる女性がどれだけいるのだろうか。
「ですよね〜。私も良い評判を結構見ていたんでびっくりしました。でもああいう人が紛れとってもおかしく無いんですよね。今度から気を付けます」
「アプリで情報を見てはるだけやったら難しいかも知れへんですけど、ほんまに注意して欲しいです。おすすめしたのは僕らなんで何だか申し訳無いです」
本当になんてことをしてしまったのか。忸怩たる思いとはこういうことなのだろう。佳鳴と千隼が揃って頭を下げると「わわ、止めてください!」と浦島さんは焦る。
「店長さんたちのせいや無いですよ〜! 大丈夫やったんですし、運営さんにも通報しましたから」
「じゃあその不届き者はもうおらへんですね」
「多分。他にもいるかも知れないんですけど、あれから見分け方とか調べてみましたので、今度は失敗しません」
「見分け方なんてあるんですか?」
初耳である。佳鳴たちがあまりマッチングアプリに詳しく無いからだろうが、そういう攻略法の様なものを見る機会は無かった。
「写真の角度なんかで見分けられたりするらしいですよ」
「へぇ、そうなんですね」
千隼が関心している。思うところがあるのだろうか。そう言えばお友だちが登録して実際に彼女さんと出会えたということなのだから、思うところがあるのだろうか。
「ええ出会いがある様に、店長さんもハヤさんも祈っとってくださいね!」
「はい! お祈りしてますね!」
佳鳴がぐっと両の拳を握ると、千隼も「はい!」と頷いた。
「ありがとうございます」
浦島さんはにっこりと笑って、ジム・ビームのジンジャーエール割りを傾けた。
ある土曜日、浦島さんが訪れたのは珍しく遅い時間だった。もう21時になるだろうか。
「いらっしゃいませ。あら、今日もアプリでマッチングされた方とお会いされるっておっしゃってませんでした?」
「その帰りなんです〜!」
佳鳴がお迎えすると、浦島さんは興奮した様子で、入って来られたその場で立ち尽くす。
「あ、あの、晩ごはんは食べて来たんで、今夜はご報告だけで」
「あら、よろしければお掛けください。お酒を飲まれてはるんでしたらお水でも飲まれますか? それかお飲物だけでも大丈夫ですよ。ごゆっくりなさってください」
「え、ええんですか?」
浦島さんは戸惑う素振りを見せる。
「はい、もちろんですよ」
佳鳴が笑みを浮かべると浦島さんはほっと頬を緩ませた。
「あ、ありがとうございます。じゃあ少しだけ。話を聞いていただきたくて。ジム・ビームのジンジャー割りください」
「はい、お待ちくださいね。おつまみはどうしはります? よろしければ小鉢を少しお出ししましょうか?」
「あ、お腹いっぱいなんで大丈夫です。ありがとうございます」
「はい。ドリンクすぐにお作りしますんでお待ちくださいね」
佳鳴が言う横で千隼が氷を詰めたタンブラーにジム・ビームを入れていた。そこにウィルキンソンジンジャーエールを注いでステアして、浦島さんにお出しする。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
浦島さんはさっそく口を付ける。数口を飲むとようやく落ち着かれた様で「はぁ〜」と溜め息を吐いた。
「美味しいです……晩ごはんの時にはあまり飲めんかったんで」
浦島さんはそうおっしゃりつつも嬉しそうに顔を綻ばせた。確かに初めてのデートではそう飲めないだろう。
「でも今日お会いした人は、ちょっと望みが持てそうなんですよ。せやので話を聞いて欲しくて来ちゃいました」
「あら、それは良かったですね」
佳鳴が微笑むと、浦島さんは「えへへ」と照れた様にはにかんだ。
「お相手さんも子どもが好きで、早く子どもが欲しいんですって。私のお仕事とか家事の分担とかにも理解があって、むしろ騙されてるんちゃうかって思うほどで」
「それは難しいですねぇ」
最初は巧く言うだけ言って、いざ一緒になると本性を表す男性や女性だっている。ただその見極めは本当に難しい。何もかもを自分の理想にするのは土台無理ではあると思うのだが、できるのなら生涯を共にするのである。互いに納得ができなければ不幸になるだけである。
「やっぱり店長さんもそう思います? 私も自分に都合が良すぎるんや無いかって。でも今までお会いした中で1番なんですよ。なんで次の約束をしてみたんです」
「そうですね。安全なお相手さんでしたら、何度か会ってみるんがええかも知れませんね」
「ですよね。でね、店長さんとハヤさんにお願いがあって」
「はい、なんでしょうか。千隼、ちょっとこっち」
ちょうど手が空いていた千隼を呼ぶと、すぐに来てくれる。
少し思い詰めた様な浦島さん。少し悩んだ様に目を閉じて、開いた時には「あの!」と切羽詰まった様な声を上げた。
「もう少し親しくなったらここに一緒に来てもらうんで、見極めてもらえませんか!?」
そのお願いに佳鳴と千隼は「ええ?」と驚いて目を見合わせた。
「あの、私らにそんな大役ができるなんて思えないです。特に私は人を見る目が無くて」
佳鳴が慌てて言い、千隼も「僕もそんな自信があるわけや無いです」と狼狽える。
すると浦島さんは首を振る。
「第一印象でええんです。普段いろんな方をご覧になられてる店長さんたちがどう思われるか。このお店って私の知る限りでは常連さんになられる方って皆ええ方たちばかりなんで、お相手の反応も見てみたいですし」
佳鳴と千隼はまた顔を見合わせる。そんな大事なことを委ねられて大丈夫なのだろうか。
「私らは浦島さんがご納得されるんでしたら大丈夫ですよ。でもそんな、見極めるなんて難しいことができるかどうかは」
「ほんまに第一印象だけでええんです。それで充分ですから」
食い下がる浦島さんに佳鳴たちは観念する。もうどうとでもなれという心持ちだ。
「わかりました。私たちで良ければ」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
浦島さんは安心した様に笑みを浮かべた。
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