倒錯乙女と百合の華

勉強を終えて

　十七時――許斐家　自室

　あれから、時間に急かされる様に勉強をこなした私達。まあ私は、急かされてはいないのだけど。特に美紀は鬼気迫るものがあったわね。

　何せ学園生活が懸かっているのだ、必死になるのも無理はない。

　しかし、必死になったからと言って……勉強が身につくのかと言えば、答えはＮＯである。

　とはいえ、勉強したことにより身についた所が多々あったのだろう。試しに模試をしてみた所、六十点という結果。

　――惜しい、非常に惜しい所まで来てはいる。しかしこの十点の壁は、そう簡単ではないのである。

「あ、あと十点……足りない」

　力尽きたように、テーブルでぐてーっと突っ伏しながら、美紀が力なく呟く。

「充分成長したわよ美紀。それにまだ……後一週間は残ってるじゃない」

「そうだよ、美紀ならやれるよ！」

　本日勉強して対策万全となった藍が、そう美紀を元気づけようとする。先程とはうってかわって余裕が生まれたからだろう。

「まあ、とりあえず本日の勉強会はお終いという事で、良いかしら？　反対したら暴れるけど」

「ほぼ脅迫に近いよ姫華……でも、確かに今日はもう勉強したくないや」

　長時間の勉強が堪えたのか、美紀が呆れながらもそう同意する。

　元々勉強が嫌いなわけだし、まず反対はしないと私も思っていた。

「そうだねー。もう疲れちゃったし……私も賛成かなー」

　皆好き放題に寝転がり、くつろぎ始める。

　黒のタンクトップにジーンズ素材のショートパンツ。今更ながら、藍の格好は割とボーイッシュだったことを認識する。

　ちなみに美紀は、白のフリルが可愛い普段よく着ているワンピースで、見慣れているというのもあってか特に気にしていなかった。

　私の服装？　それはもちろん内緒である。

「ふぅ……とりあえず難なく終わったわね……ちょっと飲み物持ってくるわ」

　私はそれだけ言い、あまり動きたくない欲を抑え、重い腰をあげる。

「あ、私麦茶が良い！」

「えっそんな気を遣わなくてもいいのにー」

　この差である。美紀は完全に自分の家と同義レベルでくつろいでいるのが窺える。反対に藍は、まだ気を遣っている部分があるみたいだ。

　当然と言えば当然か。初めて来た家で美紀レベルでくつろがれると、こちらも逆に驚くものね。

　――なんて考えながら、一階に行こうと扉を開ける私。すると、開けた目の前に義母の姿が。

「お、お茶持ってきたわよ」

「え！？　あ、ありがとう……」

　怪しい……非常に怪しい。恐らくさっきからずっと、ここで聞き耳を立てていたのではないだろうか？

　麦茶が並々に注がれたグラスへ目をやる。予想通り、かなり結露していた。これは完全に……。

「ねえ、もしかしてさっきから居た……なんて事はないわよね？」

　冷たい目線を義母に向ける。案の定、表情が一瞬強張った。

「そそそんなことあるわけないじゃなーい！　たまたまよ、たまたま！」

「そう、なら良いのだけど」

　早急にお茶を受け取り、扉を閉めようという結論に至った私。

　問い詰める必要なんてない。嘘なのはあからさまなのだから。それにこれ以上、藍に変な親と思われるのも嫌なのでね……。

　そそくさとお茶を受け取り、ドアノブに手をかけ、扉を閉めようとした所で義母が足を挟ませ、妨害してくる。

「き、姫華？　お腹すかない？　何か出前でも取る？」

「い、良いわよ別にっ……いらないわ……！」

　木製のドアが双方の力によってミシミシ音を立てつつも、互いに力を緩めはしない。

　何かしらこじつけて居続けようとする義母を、私はほぼ無理やり追い出そうとしていた。

「ま、待って待って！　そんな邪険にしないで姫華！　何もしないから、ね？　ね？」

「別に、ここに居続ける意味はないでしょう……！　早く一階に行くといいわ……！」

　強引に身体で押して扉を閉め、私は空いている片手ですぐさま鍵をかけた。

「ふぅ――とりあえず、お茶にしましょう」

「平然と何もなかったかのようにお茶を持ってくる姫華が怖いよ！！」

　今までのやり取りを終始見ていた藍が、思わずツッコミをいれる。

「何を言ってるのよ藍。　私はただお茶を持ってきただけじゃない……ふふ……」

「こ、これが許斐家の日常なの？　美紀……？」

「うーん……当たらずとも遠からず……かなぁ」

　しばらく藍からのツッコミはあったものの、上手い事丸め込み、その場を収めた私。

　結局その後勉強はやらず遊び呆け、暗くなって来た所で解散となった。