巨乳幼馴染こと、七瀬 美紀。 前編

 いつだって苦しい時が、人生にはあると思う。

 それは避けられない事だったり、自らの行動で変えられる事だったり。

 前者の場合はただ受け止めることしか出来ない。どれだけ和らげることが出来るかにかかっていると私は思う。

 後者の場合は、自分自身が考えて行動を起こせばきっと、最小限回避は出来るものと思う。

 人はいつだって、苦しい事から逃げ出したい。私もその一人だ。

 だからこそ他人を気にした、だけど根底にはきっと……どうでも良いという気持ちが少なからず、あったのかもしれない。

 その人が自分にとって不必要な人間であると確信した時か、その人が本当に信頼できる人の時しか、本音を言わない。

 滅多に本音を言わないが、それを誰にも気づかせる事無く静かに生きている。

 今の私はそんな生き方で自由に過ごしているが、美紀は……一体どうなのだろう。

 いつも、私が世話になっている事しかないような気がした。

 もしかしたら、私は本当の美紀を知らないのでは?


 私が知っているのは、引き取られる前――かつての美紀の家族、その姿、構成等全部を知らないと言っていた事くらいだろうか。


 私は美紀に助けられたけど、あの頃の美紀は……。


 双ヶ崎市  双ヶ崎駅前


 季節は五月、辺りは緑豊かに広がりどこか初夏のような気温である。

 まだ五月というのにどうしてここまで暑いのか。温暖化とやらが原因なのかもしれない。

 ただ少し雲がちらほら見える、もしかしたら通り雨とかありそうね。

 そんな暑さの中、私は先日買った紺のブラウスレイヤード風ワンピースを着て、この双ヶ崎市まで来ていた。正直、色が災いして中々に暑い。


 そんな事を考えていると、見知った車が目の前に止まる。

 黒のアルファード。どこぞの怪しげな車に見えなくもない、そんな雰囲気すらある車の助手席の窓が開いた。中に乗っている人間がこちらに来いと手招きをしている。

 

黒の短髪で、サングラス。一見聞こえは怪しいが、別に知らない人ではない、むしろ良く知っている、恩師でもある。

 私は別に早歩きして急ぐわけもなく、そのまま車に近付き乗ろうとする。すると窓が突然閉まり、車が動き始めた。

 私は仕方なく小走りで近付き急いで車に乗り込むことに。

「……遅い。早く乗れ早く!」

 案の定運転手の女性、もとい崎村先生が口を尖らせ文句を言ってくる。

「そんな時間に追われてないのに、急ぐ意味が分からないわ……これだから婚期を逃が……」

「なんだ、降りたいのか? 良いぞ、速度落とさないけど」

「降りるわけないでしょう……確実に重傷は免れないじゃない。まだ私は死にたくないわ」

「へぇ、あの姫華がまだ死にたくないと言うなんて……よっぽど今が楽しいんだな」

 私の台詞に素で驚いたのか、そんな事を言ってくる崎村先生。

「揚げ足を取らないで。こんなことで死ぬのが気に食わないだけよ」

「はいはい素直じゃないねーホント。んで、今日は一体どうした? わざわざ一人で来て、遊びに来たってわけじゃ……ないんでしょ?」

 途中から、急に真面目なトーンに声が変わる。何というか、彼女の前職の名残なのか……少し焦る。

「……そうね。遊びに来るんだったら美紀が必ずいるものね。絶対と言っていい程」

「まあ伊達に十年以上あんたらを見てないさ。姫華はずっと美紀にべったりだしな」


視線を正面に向けて運転しながら、崎村先生が呟く。


「そんなあんたが美紀と別行動なんて怪しすぎる。あんたらを知ってる奴なら、誰だって思う所じゃないか」

「その言い方だとまるで、私達が恋人同士みたいじゃない」

「え? 違うのか?」

「likeよ。loveじゃなくてね」

 と、私は即座に否定してみるも、過去に少しばかり言えないようなことをしたのは……内緒である。

「まあ今はそんな事より、姫華が今日私を呼び出した理由が気になるんだが」

「ふふ……そう言いつつ、大体想像ついてるのでしょう? 先生」

「まあ、な。あってるかは知らんが……。恐らく、美紀の事だと思ってる」

 保険をかけつつも一発で当ててくる辺り、相変わらず元警察官の勘は衰えていないみたい。

「流石ね先生。その通りよ」


 ――美紀の、家族について知らないかしら。


 私のその一言に、先生の顔色が険しいものへと変わる。

「……突然、どうした?」

「ふと、気になった……だけじゃ、だめかしら。きっと先生なら何か知っていると思ったのよ。かつて私の母親の事を知っていたように」

「『ふと気になった』ねぇ。昔教えたじゃないか、美紀の家族については」

「そんな曖昧じゃなくて、もう少し突き詰めた部分を知りたいのよ」

 あまりに謎すぎる。何故親は美紀を捨てたのか、何故美紀の家族と呼べる人間が皆、居ないのか。

 もしかしたら踏み入れてはならない事なのかもしれないけれど、私は聞かずには居られなかった。

「……正直な話、この話はあんたが考えている程軽い話ではないぞ? 壮絶な話だ。きっと――お前の事よりも」

 私は、言葉を失った。すぐに言葉が出てこない。

「姫華……この話を聞いて美紀に対する目が変わるかもしれない。止めた方が良い」

 その言葉を聞いて、私はすぐに言い返す。

「それはないわ。美紀に対する気持ちは決して変わらない」

 しかし、そんな私の台詞も予想していたかのように先生は続けた。


「そうか。じゃあ……例え、美紀が実の家族全員を殺していたとしても……今の言葉が吐けるんだな?」


 どこか冷たく、引き離すように言う崎村先生の言葉に、私は何も言い返す事が出来ない。

「やめておけ、今が幸せならそれで良いじゃない。知り過ぎたらいけないんだよ、何事も」

「……いえ、それでも……私は知りたいのよ美紀の事を。私ばかり助けられて……何も知らないから」

 しばらく沈黙が続く。車内には午後から雨模様になるという内容のラジオが、ただ沈黙を掻き消すように流れていて。


 やがて、崎村先生が重い口を開いた。


「……これから話す事は架空の女の子の話だ。昔話、そんな感じに捉えてくれていい」

 私は、静かに頷いた。普段の憎まれ口も、何もなくただゆっくりと。

「――どこにでもあるような家族の、なんでもない話だ」


 私は、曇りがかってゆく景色を窓の外を見つめながら、先生の話に耳を傾けた。

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