プロローグ
エフィーミラ大陸の西の果て、朝と夕を深い
「陛下、ご無事のご
居並ぶ魔族たちを代表して、
「
「ははーっ! もったいなきお言葉にございます」
「皆も連日の戦いで
アレハンドラはそう言い放つと、皆の熱い視線を背に受けながら城に入った。その足で浴室に向かい、戦場で受けた返り血をきれいに洗い落としてから自室に
アレハンドラは部屋で一人になって初めてフーッと
(よし、今なら
アレハンドラは
その下から現れたのは一冊の本だった。使われている紙は
アレハンドラはゴクリとツバを
(いい! すごくいい! ヒロインのフリーダを
胸を
人間たちから「エフィーミラの
そもそもこの小説は、敵対している人間たちについて学ぶため、アレハンドラが
今日も今日とてお疲れの魔王はお気に入りの
「お休みのところ失礼します、陛下。ギルです。陛下にお
「入れ」
発言を食い気味に
中に入ってきたのは
ギルと名乗った青年は、魔王アレハンドラの配下においてただ一人の人間であった。
「人間の街へ斥候に出向き、ご命令の品を買い求めて参りました。……って、なんですか? その手は」
「買ってきてくれたのだろう? 『ステラ学院の秘密』の続編を」
「……はい、
ギルが苦笑しながら、アレハンドラに小説の新刊を手渡す。紫水晶の瞳が一段と
「ありがとう、ギル。先月出版されたばかりの新刊をもう読めるなんて、
「それはよかったです。しかし、陛下も変わっていらっしゃいますよね。敵対する人間の書いた小説で戦の疲れを癒やすなんて。あなたは人間が
「……………………」
ギルがふとこぼした問いかけに、アレハンドラの顔から笑みが消える。ややあって、彼女は肩をすくめながら答えた。
「我が帝国に
アレハンドラからまっすぐに見つめられ、今度はギルが笑みを失う。今でこそ魔王城に
「陛下、俺は……」
「別に君を責めているわけじゃない。魔族の中にだって様々な性格や価値観の者がいるように、人間の中にだっていろんな者がいると言いたかっただけだ」
「相手をひとくくりに敵として、『人間』として憎むのは簡単だ。そうすれば、戦で相手を
「…………はい?」
「人間の書くものをすべて敬遠していたら、私はこの本と出会えなかった。
魔王からキラキラした目で同意を求められ、ギルはたまらず
「なんだ、ギル? 何がおかしい?」
「いえ、陛下は本当に『ステラ学院の秘密』がお好きなんだと思いまして。そのような本を読まなくても、あなたならお相手はより取りみどりでしょうに。ファビアーノ様なんてあなたのお相手に選んでもらえたら、
「いや待て! そんな恋人、私は
「そういうものでしょうか?」
「ああ。私が求めているのは、対等な立場で
アレハンドラは大好きな恋愛小説と、部屋のそこかしこに
「ギルも知っているように、魔族は上に
「では、来世ならいかがです? 来世で陛下は恋をしたいとお考えですか?」
「は? 来世?」
ギルの思いがけぬ提案に、アレハンドラが目を丸くする。自分から生まれ変わりを口にしてみたものの、そんなことが実際にあるなんて信じていたわけではない。
「でも、そうだなぁ……。もし来世があるなら、『ステラ学院の秘密』のような学院生活を送ってみたいものだな。そこでただ一人の相手を好きになり、その者から愛し愛される関係を築きたい。……って、そう言うギルには何か望みはないのか?」
「俺ですか?」
完全なとばっちりだろう。
「そうですね。もしも来世があるなら、俺にもやりたいことがあります。生まれ変わっても、俺を陛下のおそばに置いていただけませんか?」
「…………? 別にかまわないが」
「あなたの配下としてではありませんよ? 来世ではあなたの笑顔も泣き顔も……それに
「ん? 寝顔?」
「わかりませんか? 毎晩あなたの
「…………っ!」
そばにいるというのは、そっちの恋愛的な意味か!?
熱を帯びた
「俺と恋に落ちそうですか、陛下? 耳まで赤くなっていらっしゃいますよ」
「いや、これはその……」
「なーんてね。今の、どうでした? 『ステラ学院の秘密』に出てくるエドガーのセリフよりときめきましたか?」
「なっ……!」
楽しそうに笑うギルを見て、アレハンドラの顔にカーッと血が上る。
「ギル! 君はまたくだらない冗談を言って!
「すみません。あなたの反応がかわいらしくて、つい」
「そういうセリフは百年早い!」
赤くなった顔を見られたくなくて、アレハンドラはギルの頭をわしゃわしゃとなでた。
そうだ、ギルにときめくなんてありえない。自分にとって、彼は年の
案の定、ギルは何も言わずにうつむき、されるがままになっている。やがてアレハンドラが手を離すと、彼は乱れた
「では陛下、お望みの品もお
「ああ、今日は
「期待しているのは、俺が持ち帰ってくる小説の方ですよね?」
「……いいから、早く休め!」
再び赤くなったアレハンドラを見て、ギルがクスクス笑いながら退出する。
本当にこりない
今世はこれでいい。ギルやファビアーノたち配下の者と共に、魔王として魔族の
一人に
この時のアレハンドラはまだ知らない。このわずか数ヶ月後に、戦場で人間の手にかかって殺される未来を。そして自分を
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