梗夜VS.エリザベート
「…………」
「きゃは♪」
人の寄り付かない住宅街の空で2人の魔女は殴り合っていた。
しかし、それはただの拳のぶつけ合いではなかった。
振るった拳は風圧を生み、拳が当たらずとも辺りの家々を破壊する。
足を踏み込む時、跳躍する時、彼女たちの脚力に耐え切れず、コンクリートの地面が沈む。
そんな人間離れした肉体を持つ2人が高速で殴り合っているのだ。
もしそこに一般人がいたとしたら、彼女を視認することもできずに、この戦闘に巻き込まれて、跡形もなく吹き飛ぶだろう。
明らかに体を鍛えぬいた
1人はクローバーに所属している大人びた雰囲気の魔女。
もう1人は幼子のように背が低い魔女。
人払いの結界があるとは言え、彼女たちの戦闘は苛烈を極め、最も被害を受けているのが、何の関係もないここら辺に住んでいた一般人たちだろう。
何故なら帰るべき家が粉々になっているのだから。
その当人たちも人払いの結界の結果によって、この現状を知るにはしばらく先になるのだが……。
「ねぇ、魔法使わないの?」
この激しい攻防の中、エリザベートは涼し気な顔で問いを投げた。
「あなた相手に必要ありませんわ」
メイも眉一つ動かさずそう答えた。
「あ、そっか! 魔法は使わないんじゃなくて、使えないんだっけ?」
「使わないだけですわ。わたくし、魔法が嫌いですもの」
「それ、ほんとぉ~? シスねぇが言ってたんだけどさぁ。プリムラって魔女を攻略するにはまずオバさんを倒さないといけないみたいなんだよねぇ~。理由は詳しく知らないけど、魔法が使えなのと関係あるぅ?」
「シスねぇ?」
その聞きなれない呼び名に小首を傾げるメイだったが、すぐさまその名の心当たりを見つけた。
「システィ・クローネのことですわね。お母様の犬に何を吹き込まれたのかは知りませんけれど、わたくしの答えは変わりませんわ」
「ふ~ん、ま、私はどっちでもいいんだけど。あんたの泣き顔見られればそれで、ね?」
「そうですか」
――カツっ。
先に足をついたのはメイさんの方だった。
空中を駆けるように戦っていた最中、メイは地面に足を付けた。
「ぷぷー。もう負け認めちゃうの? ざぁこ♡」
「いいえ、まだ余力はありますわ。ですが、ここはお譲りしようと思っただけですわ」
「譲る? 私に、勝利を?」
「もう待ちきれないようですわね。では、あとはあなたに任せるとしましょう。ただし、負けはゆるされませんよ?」
あんたは何を言っているの? 言おうと、メイの肩に手を伸ばそうとした瞬間だった。
――ゴウっ。と炎の壁が突如として現れ、それを阻んだ。
「だれ?」
エリザベートは炎が飛んできた方向を見る。
それは間違いなく、壊れた民家だった。
そして、それは出会い頭に殴って放り込んだ男がいるはずの民家だった。
「泣き顔晒すのはてめぇの方だ。メスガキ」
炎の発生源。そこに立つのは赤い髪を揺らす青年。
「あっれぇ~? よわよわお兄さん、まだ生きてたの?」
「ガキのへなちょこパンチで死ぬかよ。ばぁーか」
そう強がる
「覚悟しろクソガキ。俺の炎で炭にしてやる」
「“行きずりの星、1つに交わりて赫となれ。それは万物を焼き尽くす光”」
「……歌? ……もしかして詠唱?」
それと同時に、その魔法を初めて見た時の
「この時代に詠唱魔法なんて……」
非効率。そう続けようとしたが、
「めっちゃ綺麗。うん、それは認めてあげる。でも、でもね」
エリザベートは
だが、
「“
澄んだオレンジの炎は波となってエリザベートを襲う。しかし、エリザベートは避ける素振りを見せず、歩みを止めない。
それは初めてプリムラにこの魔法を放った時と同じ。
「ふ~~~~~~~~~」
エリザベートが大きく息を吹きかけると、その炎はあっけなく霧散した。
「綺麗は綺麗だけど、それだけって感じ。炎なのに全然熱くないし、ドライヤー? の方がまだあったかいんじゃない? お兄さんよわ~い」
そう嘲るエリザベート。
「?」
だったが。
「あの人、どこ行ったの?」
さっきまで目の前にいたはずの
一瞬。ほんの一瞬。炎で視界を遮られたその一瞬で、彼はエリザベートの視界から消えていた。
「こっちだ、クソガキ」
「!」
いつの間にかエリザベートの背後を取っていた
不覚にも背中を取られてしまったが、エリザベートは心の中で
「(わざわざ声かけてくるとか、おまぬけさんじゃん)」
エリザベートは
時代にそぐわないその魔法を使う理由、それは1つしかない。
詠唱破棄による魔法の行使が出来ない。
それは現代の魔法戦において致命的だ。
今も詠唱破棄さえ出来れば、すぐさまエリザベートの背中を打ち抜けただろう。
だが、彼にはそれが出来ない。
なら、攻撃を躱すなど、投げキッスを間に挟むくらいの余裕すらある。
そう、これは慢心。
相手は人間だから。自分より魔力が少ないから。詠唱破棄が出来ないから。
それが彼女のミスだった。
――カチャ。
エリザベートの背中で鳴る、嫌な機械音。
そして、
「“
エリザベートは咄嗟に振り返る。
すると、
――カチッ。
その引き金は既にひかれていた。
「っ!」
エリザベートは咄嗟に飛びのいた。
が、そこはもう射程範囲。
「炭となれ」
それは先ほど
およそ3秒後。炎は勢いを止めた。
これがたった一度引き金を引いただけで起きた被害だった。
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