第14話 モブ勇者は報告書を記す


 意図せず父親になることになりました。

 私は女の子だから! 前の肉体に繋がる子供だから私の子供とも言えるかな?

 まさかあの時の乗っかりでそうくるとは思いも寄らなかったよ。しかもミウの恋はモブ男ではなく私の魂に惚れている事も判明したし。

 そうして今は話し合いの後に室内を見せて回った。こちらの世界基準で見れば数百年先の技術水準になっているから目が点なんだよね〜。


「ここで湯浴み? この大きな桶を使うの?」

「違う違う。この中に温湯を張って隣で適温まで沸かすの。身体を洗うのはそこの杖でお湯を出して、洗ったあとにこの中に浸かるんだよ」


 先ずは疲れ気味な中ではあるが鍛冶小屋と風呂場を見せた。興味が出たのは風呂場だけど。


「水浴びとは違うの?」

「うん。疲れの取れ方から違うよ」

「そうなんだ。禊ぎとも違うの?」

「中身を聖水にすれば禊ぎ場にもなるかな」

「ふぇ? い、今、聖水って言った?」

「うん。聖水って言った」

「光属性が無いと生成出来ないよね?」


 あ、伝えてなかった。

 鑑定してるから気づいていると思ったけど。

 よく考えるとレベル差で名前以外は見えないんだった。私が120でミウは50だ。

 その差が70もあれば全属性持ちとは気づけないよね。失念してたね、反省反省。


「ああ、ギルドカードを見せるよ」

「ギルドカード? 登録したの?」

「一応ね。所属は本部だけど…」

「銅等級? 銀ではないんだね」

「一応、銀にもなれたけどね。学園の内情を知ると上げたくなかったんだ」

「あ〜、指名依頼かぁ。え、光がある?」

「うん、あるね」

「ひぃふぅみぃ…。7つ? 全属性」

「うん、そうだね」


 するとミウは急に俯きプルプルと震えだす。


(少しマズったかな? でも示さないと話にならないし…)


 だから私は仕方なく真下から顔を覗き込む。


「だ、大丈夫?」


 実際には身長差で丸見えなんだよね。


「歴代最強じゃないのぉ!! な、な、何としてでも同性婚を認めてもらうわ!」


 すると嬉しさのあまりミウが急に叫んだ。

 私はただただ呆気にとられてしまった。


「ああ、そっち?」

「しかも、レベル100で全属性だよ!」

「そうそう、まだ更新していないからあれだけど、今はレベル120だよ?」

「え、120?」

「うん、120」

「ど、どっちにしても凄いわ!」


 あらら、思考停止を選んだっぽい。

 理解出来る範疇を超えると私でもそうなるもんね。こればかりは仕方ないかな、うん。

 次は玄関側にあるトイレだ。

 下水道の無い場所の水洗だ。

 その反応や如何に?


「え?」


 扉を開けた瞬間にきょとんだった。


「どうしたの?」

「お花の薫りがする」

「そこのドライポプリだね。花や香草を乾燥させて銀製の網に収めているんだよ」

「へぇ〜。トイレって臭いものって認識だったけど、これだけでも雰囲気が変化するのね」

「まぁ下水への垂れ流しだったらどうしようもないよね。穴を掘って水で流すだけだから。ウチのはほら、中に水を張ってるから」

「え? 凄い綺麗…。それに臭わない?」

「そういう風に造っているからね」


 そして大まかな造りを説明すると、


「これは画期的だわ! 浄化魔法は神官職の者しか使えないけど、これが普及するだけでも環境改善に一役買うわ!」


 大興奮してしまった。

 メリットだけ話すとそうなるけどね。

 デメリットは数が揃えられない事にある。


「まぁね。造りとしては凄い単純だからね。ただ、付与スキルが無いと造り出せないから、行き渡らせるのは数百年先になると思うよ」

「ああ、そうか。付与スキル持ちは王宮が確保しているから市井には巡らないよね」


 それが主な原因だからどうしようもない。

 上が優遇されて民草は苦労するってね。

 使い方も実際に使ってもらいつつ説明した。

 そもそも同性同士だし気にしてないしね。


「おぉぉぉぉぉ…。ふわぁぁぁ…」


 おぉ! リアクションが私と同じだ。


「一定時間過ぎると勝手に停まるんだよ」

「あぁ…。これはずっとしていたいね」

「うん、それは分かる。でも流してね」

「流す? 桶と杓子ではなくて?」

「壁にある突起を押してみて」

「これ? あ、流れて消えた?」

「流れたものは魔力に還元されて内部の魔石に水生成魔力が溜まるの」

「桶と杓子要らずということなのね」

「この部屋で全て完結しているからね。横の手洗い場で手を翳すと、ほら」

「あ、水が出てきた!」

「これも聖水だけどね」

「はわ〜」


 ちなみに、落とし紙は質が質だからもったいないとかで使っていない。この世界は謎植物の葉っぱで拭い、紙をトイレで使うことはない。

 まぁ無くても完結するからいいけどね。

 丁度、玄関側に居たのでそのままの足で、


「キッチンは夕食時に説明するから裏行こうか」

「裏?」


 玄関扉を開けて笑顔でミウを手招きした。


「うん。小さな工房を置いてるからね」

「工房?」

「もったいないって言ってた紙を造ってるの」

「え?」


 紙を造る。ミウの認識だと羊皮紙かな?

 落とし紙でも白い羊皮紙と思っていたみたいだし。流石に羊皮紙は高価すぎてもったいないどころではないけどね。


「実はこの小屋の中で造ってて…。あと室内が広いから驚かないでね?」

「広い? !? なんなのこれぇ!!」

「あぁ…。驚くなって方が無理だったかぁ」


 驚きを隠せないミウは扉を出たり入ったりして中と外の違いを見比べていた。1坪の小屋の内側が18メートルの立方体だからね。

 内部はおよそ6階建てのビルと同等の高さと広さがあるだろうか?

 室内に入ると順番に説明していく。

 一応、見本を手渡しながらね。

 頭痛薬が糊になると知って驚愕してるけど。


「先ずはここで針葉樹…。そこら辺に生えている魔物の住処を隠す木々を切った物を砕いて」

「大きい…。こんなの入るの?」

「魔法で砕くからね。で、ここで蒸して」

「下から繊維が出てきてる…」

「ここで頭痛薬を投入して」

「粘りのある繊維になってる…」

「ここで砕きながら攪拌して」

「綿みたいになってる…」

「ここで金属網に乗せて水分を抜くの」

「大きい…」

「残りの工程で乾燥させながら光沢を出すの」

「あの大きな筒は?」

「あれは切り取る前の紙だね」

「切り取る?」

「うん。切り取ってこの大きさにしてるの」


 そして棚に並べてある白い厚紙を手渡す。

 見た感じ光沢があってスベスベだよね。


「なにこれ、綺麗…」

「でしょ? これも元々は公爵様に出した手紙が発端なんだけどね」

「伯父さまに?」

「事情をね。ミウにバレたなら意味ないけど」

「も、もしかして?」

「うん、報告書としてね。言葉で伝えるよりも確実性が高いから。その時に飛脚ギルドの御令嬢達の反応を見て、ね」

「あ〜。めざといから確実に欲するね?」

「うん。何処で手に入れたのか商人に探させているんじゃないかな。まだ市場には出回っていないから、探しても見つからないけど」


 するとミウは真剣な表情で思案しだす。


「なるほどね。それなら、この件は伯父さまに報告した方がいいよ」

「報告?」

「ええ、湖畔の森の所有権が影響するからね。王家直轄領といいつつ森の管理は伯父さまが行っているから…」


 あらら、それは必須事項だわ。

 勝手なことして怒られそうだな、これは。

 魔物を駆逐して売るまでは許されるけど森林を刻んで紙にするまでは想定外だと思うし。

 それを聞いた私はテーブルと椅子を、


「うん、現物と共に報告書をしたためるよ」


 取り出して万年筆でサラサラと記していく。

 上質紙の内、特注の花びら入りを選択して。

 表向きに瀕死から救われた旨も記した。

 性別が変わっていた事も、ね。

 神の御業と天に祈りを捧げそうだけど。

 ミウも隣に座って文章を読んでいく。


「私との婚姻も伝えてね」

「それは許されるかなぁ?」

「許されると思うけど?」

「なら、親権を渡す事になったらどうする?」

「う〜ん。それはそれで仕方ないかな。子供に罪は無いけど私にとってはユヅキとの繋がりが一番大事だし」

「それは、嬉しいような嬉しいような?」

「ふふっ、素直に喜びなさいよ」


 そうして薫り付きの封筒に収めつつ封じた。


「白い封蝋?」

「うん、紋章印が無いから押しつけることしか出来ないけどね」


 今回、封じるために使った蜜蝋は生のモーベ草の液体に頭痛薬を練り込んだ物で代用した。

 腹下しと頭痛薬で蝋になるとは思わないよね。効果が消えてただの封蝋になったから。


「原料は腹下しと頭痛薬だよ」

「は? 腹下しと頭痛薬?」


 あらら、きょとんとしちゃったよ。

 でもミウのきょとんは何度見ても可愛いね。

 ただ、この時の私はこの手紙自体が無意味になるとは思いも寄らなかった。



  ♢ ♢ ♢



 《あとがき》


 創薬術スキルが優秀過ぎる。


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