モブ勇者の辺境スローライフ。〜斬り殺されて目覚めたら女の子になっていた!?〜

白ゐ眠子

第1話 モブ勇者は走馬灯を見る


 ある世界の私は神童と呼ばれていた。

 3歳にして玩具の弓と矢に触れ、見よう見まねで父親の真似事をしていた。

 実家は弓道の名門と呼ばれる家だった。

 長女として生まれ世継ぎとは無関係な生活を送っていた。

 両親や兄達も幼子ながら未来があると私を褒めていた。


 5歳にして玩具の弓を持ち、的を射貫いた。

 何度射っても外すことなどなく徐々に畏怖されていった。10代にして同世代の誰よりも強く、各種大会を総なめしていく。

 無関係だったはずの家督を継げと言われるまでになった。当時の私は傲慢だった。

 嫡男の視線に気づかないまま頷いた。


 そんな神童の名もある切っ掛けで呼ばれなくなった。原因は学校からの帰り道。

 道路を横断していた幼子を居眠り運転のトラックから救った事にある。その時の怪我が原因で弓を射る事が出来なくなった。

 家督は嫡男へと戻り、引退した私に待つのは分家筋との政略結婚だった。

 結婚まで数年は花嫁修業の合間にVRゲームやライトノベルにはまった。


 結婚後、多くの子を産みゲーム以外では弓とは無縁な生活を送った。

 もちろん指導者の道もあった。

 だが、落ちぶれた者に学ぶ者など誰1人として居なかった。

 70数年の無為な人生は終焉を迎えた。


 天狗からの凋落。

 いかに傲慢な人生であったかを示されたようなものだ。

 来世ではそのような生活とは無縁でありたいと願った。


(GMに似た女神様から請われて、頷いたのが間違いだったかな…)


 ゲームで維持した弓技と記憶を保持した男に異世界転生した。男の姿はゲームのアバターの見た目そのものだ。

 ゲームでは冒険者として各地を放浪するプレイヤーだった。シナリオパートは一切やっていない狩るだけのプレイヤーだ。


(もったいないからその技を活かしませんか、だったか? 魔物を狩って五体満足な生活が出来るように転生特典を頂いて、満足した生を全うするだけの願いを聞き届けてくれたけど…)


 皮肉な事に得られた転生特典を転生後に見る事が出来ず、パニックのまま右往左往している間に魔物共に追われ、この世界の教会が運営する孤児院へと強制収容された。

 そして俺を見初めた司祭から勇者候補となる事を強制され努力の末に勇者となった。

 ただ、この努力の間に気づいた物もあった。

 女神の加護としてアクティブギフトが1種。

 転生特典の隠しギフトの内、パッシブギフトが2種。アクティブギフトが1種。

 ギフトは熟練度が存在せず最初から最大で利用が可能だった。パッシブの多属性スキル、スキル熟練度も最初から最大だった。

 アクティブギフトを認識した事で属性魔法が解禁された。それも努力の末に覚えた自己鑑定魔法で知った。


(ポンコツ女神に騙されたって思ったよな…)


 だが、それらの努力も最後は筆頭勇者である侯爵子息からの難癖で無意味な代物とされた。


『手柄を掻っ攫うクズ勇者は不要だ!』


 今世では傲慢になるのは止め後衛から支援に徹しただけなのに。


(こんな終わり方は流石に無いよな、魔物狩りだけで過ごしたかった…)


 魔王討伐後に背後から大剣で袈裟斬りにされ、俺は魔王城の麓に置いていかれた。

 共に戦った祖国の兵士達は叫ぶ。


『勇者達の奮闘により魔王討伐は完遂した。ただ1人、役立たずの平民は魔王の目前で逃亡し、斬り伏せられて死んだ!』


 そう、笑いながら。


(どの口が言う。不意討ちしか出来ない雑魚共が! あ、目がぼやける)


 魔王に背を向け斬り伏せられたのは共に戦った剣士と重戦士の勇者だった。

 俺の前には賢者と神官の勇者も居たが怯えていた。その誰もが貴族だ。

 全員が魔王の威圧によって恐怖状態へと陥り前衛の2人が背を向けて斬り伏せられた。

 唯一、状態異常無効と威圧無効を得ていた平民の俺だけが、あっさり躱して一矢報いた。

 立て直しで行使した見えない・・・・魔法矢の一斉射。

 火・水・土・風・無・闇の計6属性を宿した魔法矢で魔王の6核、魔石を全て射貫いた。

 この一斉射で死屍累々だった仲間を援護したはずだった。それが大顰蹙の原因となった。


『まだ戦えたのに余計なことをするな!』

『援護は要らぬ。弓術士は黙って見てろ』

『大魔法を用意していたのだ! 邪魔するな』

『2人を回復させる準備を終えていたのに!』


 全滅を危惧して援護しただけで大顰蹙だ。

 最後は結果だけを掠め取られて殺された。


(もう勇者は懲り懲りだ。次の人生では…)


 魔物共に身体の各所が喰われだした…。

 それを空に浮かびながら俺は1人眺める。

 直後、俺の透き通った銀色の霊体が輝き、


(ああ、これが完全なる死か。やはり女神にも見捨てられたのか…)


 手足から順に粒子となって消えていく。

 これはゲームの死に戻りとは違う消え方だ。

 聞いていた転生とは異なる消滅。

 そう呼べる状態だった。



  ♢ ♢ ♢



 そうして不意に目が覚めた。


「ふぇ?」


 そこは見覚えのある森の中だった。

 転生直後に見た光景と同じ森の中。

 ユーリィア勇国の辺境、湖畔の森。

 孤児院に収容されるまで過ごした森だ。

 実質数時間しか過ごせなかったけど。


「まさか夢? いや、夢にしては」


 夢にしてはリアル過ぎた。

 戦った記憶、口に残る血の味。

 魔族領の死臭が生々しかった。

 耳に聞こえた声にも違和感があった。


「ん? この声音」


 肌に触れる風、土の匂い。

 木々の間を抜ける風音。

 なにより妙な違和感が身体を襲う。


「えっと…。は? 胸がある!?」


 前世ならともかく今世では男だったはずだ。

 恐る恐る自分の胸を両手で揉んでみると前世よりも柔らかな感触があった。


「お、女?」


 転生してからはや6年。

 孤児院の巨乳義妹はともかく異性とは無縁な男として過ごしてきて初めて触る感触だ。

 これは一体どういうことなのだろうか?

 試しに自身を鑑定する魔法を行使してみる。


「ス、【ステータス】!?」


 これは誰であれ使える基礎魔法で胸の前に銀色の板が現れる自己鑑定魔法である。

 本来は呪文と鍵言が必要でゲームのように身振りで現れない代物だった。

 その結果を見て愕然とした俺だった。


 ───────────────────

  名前:ユヅキ

  性別:女

  年齢:18

  職業:弓術士

  属性:無・水・火・風・土・闇

 レベル:100

 ギフト:遼遠偵察、原点回帰

 スキル:多属性、魔力感知、透視、暗視

     共感覚、複合照準、照準隠蔽

     自動照準、空間収納、空間転送

     空間転移、変装、疾駆、跳躍

     気配遮断、隠密跳躍、回避術

     罠感知、罠設置、短剣術、槍術

     会話術、礼儀術、瞑想、裁縫

     解体、木工、建築、鍛冶、炊事

     洗濯、鑑定偽装、魔力操作

     魔力隠蔽、魔力圧縮、魔力譲渡

  耐性:状態異常無効、威圧無効

  称号:狩人、弓の勇者、魔王殺し

  状態:正常

 ───────────────────

  HP:30300/30300

  MP:12000/12000

  魔力:90900/90900

 攻撃力:3400

 防御力:1500

 敏捷力:5200

  体力:無制限

 精神力:無制限

 器用力:無制限

  知力:無制限

 幸運値:無制限

 経験値:1/303

 ───────────────────


 鑑定結果は亡くなる直前までの物だった。

 唯一違う点は男から女になっている事。

 アイクではなくキャラ名になっている事。


「洗礼でアイクと名付けられたはずなのに?」


 キャラ名は弓月ゆづきという私の本名。

 HPは空だったのに全て回復しているし。


「ど、どういうこと?」


 袈裟斬りにされた後はしばらく生きていた。

 瀕死だったが息苦しさの中で生きていた。

 全魔力は魔王討伐に注ぎ、体力回復ポーションも底をついていたので下半身麻痺のまま死を待つしかなかった。

 レベルが高い故に簡単には死ねない。

 置き去りにされ肉塊となるまで死ねないのだ。

 魔物に襲われる内に霊体が離脱し内臓がむさぼり喰われる姿を見せられながら転生を待っていた。しかし、俺が示されたのは教会で聞いていた転生とは異なっていた。

 転生は魂が空へと昇って女神に回収されるという。だが俺は謎の光に包まれて消滅したはずだった。

 消滅せずに蘇ったとでもいうのだろうか?

 そのうえ、見覚えの無いギフトもあった。


「なに、このギフト?」


 ギフト一覧に〈原点回帰〉という不思議なギフトの名が存在していた。

 そこに指を触れ詳細を読み解くと、


「魂と肉体の差異を全て取り除き、本来あるべき姿に戻す。年齢と経験、記憶と努力の成果はそのままに。発動条件、肉体の死亡が確定すること」

 

 驚くべき内容が記されていた。


「つまりあれか、死んで生き返ったと?」


 だが何故このようなギフトが生えたのか?

 更に詳細を読み解いていくと、


「ま、魔王のギフト。で、では、魔王とは?」


 魔王のギフトが俺に生えていた。

 おそらく魔王とは、このギフトで何度でも蘇る存在なのだろう。一度でも倒されたら次は倒せない不死に近い存在として。

 魔王が完全に蘇るまで3年を要すとある。

 人族だから即死イコール蘇生ってことか?


「ははっ、そんなもん討伐しても意味無いじゃん。人族の生存圏を増やす戦いとか言いながら倒すべきラスボスが何度でも蘇るとか地獄だわ」


 横になったまま空を見上げ、乾いた笑いを発してしまった。目覚めの地は転生直後と同じ場所。混乱したまま周囲を見回した場所だった。

 むくりと起き上がり身体を視認する。


「麻布の貫頭衣、ノーブラでノーパンかい」


 立ち上がり、自身の容姿を知る事にした。

 以前は魔法を行使するまでは知らなかった。

 前の容姿は終始呆けた茶髪茶瞳のダサ男だ。

 初期設定のまま使っていたアバターだけど。

 先ずは腹の中心を意識し魔力を練り上げる。

 目の前を視認して水属性の魔法を行使した。

 チラチラと銀色が目に入るけどまさかね?


「【水鏡】…ミウ・・?」


 水の鏡に映ったのは、


「あ、こ、これは私じゃん!」


 薄緑がかった銀髪ショートテール。

 吊り目の碧瞳と白磁の如きキメ細やかな肌。

 それなりに可愛かった18歳の顔立ち。

 傲慢が一番酷く絶望寸前の頃の私だった。


「モブから一変し過ぎでしょ、何この美少女」


 どういうわけか一人称も私に変化した。

 先の戦いが夢ではないなら男としての私は死んだ事になったのだろう。本来あるべき姿とあったから、女としての私に戻ったようだ。


「ははははは、まぁいいか。元々天涯孤独の身の上だし、男から女になったなら戦地に向かうこともない…」


 こともない。勇者候補に選ばれたら最後、男女の性別など意味が無いことを思い出した。

 選ばれないよう鑑定偽装を施しておこうか。


「こんな無意味な魔王討伐に人生を投じたくないし、功績を掠め取られて殺されたくないし」



  ♢ ♢ ♢



 《あとがき》


 彼女の3度目の人生はどうなることやら。



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