メープルのとある一日

クロノヒョウ

第1話



「ふあぁぁぁっ」


 ここはとある森の中。


 楓の木の楓の葉のベッドで目を覚ましたのは、楓の妖精メープルだった。


「よっ、と」


 メープルは勢いよく起き上がると朝の日課である散歩に出かけた。


 朝日を浴びながらこの森を飛び回り、森に住む動物たちに挨拶をする。


「おはようバンビさん」

「おはようメープル」


「おはようお猿さん」

「やあメープルおはよう」


 小さな妖精のメープルがこの広い森を一周する頃にはもうお日様は真上からメープルを見下ろしていた。


「あら、クマさんどうしたの?」


 メープルが楓の家に戻ると木の下にクマが座っていた。


「お帰りメープル。ハチミツを持って来たよ。一緒に食べよう」


「まあ嬉しい」


 メープルはクマの膝の上に座った。


 クマがハチミツの入ったビンを開けるとメープルはそれに顔を突っ込んだ。


「うーん。今日のハチミツも甘くて美味しいわ」


「それは良かった」


「あら? そう言えばクマさん、もう十一月なのよ。そろそろ冬眠の準備をしなきゃいけないんじゃないの?」


「ボクもそう思ったんだけどね。もうすぐ冬になるというのに全然寒くないんだよ」


「ああ、確かにそうね。最近はこの楓が真っ赤に色付くのもずいぶん遅くなったし期間も短くなったわ。私が一番美しく変化する季節なのに」


「まだ色付いてないね」


 クマは木を見上げた。


「でしょ? 温暖化っていう奴のせいなんだって」


「温暖化?」


「地球を熱くする妖精らしいわ」


「へえ、すごいね」


「何感心してるのよ。温暖化のせいでクマさんが冬眠出来なくなってもいいの? ずっと起きて働かなくちゃいけないのよ?」


「それは困るよ。ボクだって休みたいよ」


「でしょ? こうしちゃいられないわ。私たちで温暖化をやっつけに行きましょう」


「ええっ」


「年に一度の楓のはれの舞台が失くなるなんて嫌だもの」


「そうだけど……温暖化ってどこに住んでるんだい?」


「それを今から聞きに行くわよ」


「今から?」


「川の主のガマ爺さんなら何か知っているかもしれないわ」


「ガマ爺さんか」


「さあ、出発よ」


 メープルはクマの腕を引っ張り重い腰を上げさせた。


「ちょっと……」


「レッツゴー」


 クマの肩に乗り歩かせること十分。


 川の側にある洞穴の前でメープルは叫んだ。


「ガマ爺さーん」


 しばらくすると中から大きな体のガマ爺さんがのっしのっしと出てきた。


「こんにちは」

「こんにちは」


「なんじゃいメープル。今日はクマも一緒かい」


 気だるそうに杖をつくガマ爺さん。


「ガマ爺さんに聞きたいことがあるの」


 メープルはガマ爺さんに温暖化のことを聞いた。


「温暖化がどこにおるかはワシにもわからんが、あれは人間が作ったという噂があるぞ」


「なんですって?」

「人間が?」


「そうじゃ。ワシが思うに温暖化は何も悪くない。悪いのは全て人間じゃ」


「そんな、酷いわ」

「相変わらずだな、人間って奴は」


「まあそう怒るでない。人間も反省して今から修復しようと必死になっておるらしいからのう」


「さあ、どうだか」

「信用出来ないな」


「そうかのう。案外と人間もやってくれるかも知れんぞ」


「あら、ガマ爺さんは人間の味方なわけ?」


「ワシは誰の味方でもないわい。だがよく考えてみるがよいメープルよ」


「何よ」


「春には梅や桜、その他にもツツジや紫陽花、ヒマワリに秋桜、そして秋の紅葉を一番楽しみにして喜んでおるのは誰かのう」


「そ、それは……」


「人間は誰よりもこの自然の美しさを見て喜ぶ生き物じゃ。お前さんだって毎年たくさんの人間が自分を眺めに来てくれると喜んでおったではないか」


「あ、あれは……私だって真っ赤なドレスを着てオシャレができるから嬉しいだけで……」


 メープルは顔を赤くして羽根をパタパタと動かした。


「そして人間はちゃんと写真や心の中にこの風景を残して楽しんでおる。大切な思い出としてずっと大事にしてくれておるのじゃ」


「ふん……」


「もう少しだけ、人間が頑張るのを見守っていてやろうではないか」


「し、仕方ないわね。わかったわよ」


「ほほほ。さて、ワシはお昼寝の時間じゃ。またなメープルよ」


「うん、ガマ爺さんありがとう」

「またね、ガマ爺さん」


 ガマ爺さんはゆっくりと洞穴の中に入っていった。


 クマと別れ楓の木の家に戻った。


 その日は一日中、これから美しく真っ赤に変化する楓を思い浮かべながらメープルは楽しそうに鼻歌を歌っていた。



           完




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