えいぷっ!
天王寺 楓乃
第1話 高校には行かない
静岡県榛原郡川根本町。
大井川鐵道で有名なこの地に親や祖父を既に亡くして、たった1人で生活してる少女がいた。
少女の名前は轟 萌歌。
「轟さん?高校にはどうしても進学しないつもりなの??」
季節は1月末でそろそろ県立高校の一般入試が控えている時期に萌歌だけ担任の教師に呼び出されていた。
年明けてすぐに祖父が癌で亡くなって気持ち的にも整理がついてきた頃で受験と言われても正直気合いが入るわけがない。
そもそも県立高校に入学するお金を用意するのも厳しいレベルだ。
「私にはもうお金もないし頼れる人もいません、高校に行く暇があるなら働きます」
萌歌がそう言うと、この子は何を言ってるんだと呆れたように担任は言った。
「あのねぇ…この令和のご時世に中卒で働けるような場所なんてほぼないに等しいわよ?」
そんなことは言われなくてもわかってると言った顔をして萌歌は担任の顔を少し睨みつけた。
萌歌だって普通に高校に入学して人並みの学歴で普通の人生を送りたいと思ってる。
「奨学金を借りるという方法もあるわよ?」
だからそんなこともわかっている。
でも、それは働くようになったら返さないといけないしそこまでして高校や大学に行く意味が萌歌にはわからなかった。
実は萌歌はこう見えて学校の成績はトップクラスでいつも学年全体でトップ3に必ず入っていた。
そうは言っても榛原郡の田舎の小さな廃校寸前の学校の全校生徒は50人も満たないのだが…
「とにかく高校には進学するつもりはありませんので…もういいですよね?」
萌歌はそういうと椅子から立ち上がった。
「ちょっ、轟さん!待って!」と担任は萌歌を引き止めた、一応萌歌も立ち止まって再度担任の方へ顔を向けると本当に心配してるのかよくわからない顔をしていた。
「先生、これが私に突きつけられた現実なんです…親や祖父母…それどころか親戚すらいない子供はいずれは他の同世代よりも苦労して生き抜いて行くしかないんです」
萌歌にハッキリと言われて担任は何も言えなかった。
担任は思った、自分は親に大学まで通わせてもらって教師の道に進んだが萌歌と同じ立場だったら果たしてさっき萌歌が言った言葉を同じように言えただろうか?
担任は萌歌の眼を見た、これからツライ現実が待ってると言うのに不安や迷いを感じさせない覚悟を既に決めた眼をしている。
「はぁ…轟さん、貴女は強い女性ですね…私が貴女と同じ歳で同じ状況に立たされたら他人に助けを求めまくるでしょうね」
担任は萌歌の覚悟に負けた。
萌歌の高校には行かずに働くという考えを尊重することにした。
「ありがとうございます、先生」
萌歌は深々と頭を下げながら言った。
頭を上げた萌歌は教室を出ていこうとした時に担任が最後に言った。
「働くところのアテはあるの?」
担任が萌歌と違う方向の窓の方を見ながら言った。
「探します」
萌歌はそれだけ言うと教室を出た。
昇降口に向かって廊下を歩いてると図書室の前を通った、図書室では受験勉強に追い込みをかけている同級生達が数名ほどいた。
自分よりも成績が下の子達が受験に向けて頑張っているのに自分は進学しないというのは、なんだか変な気分だった。
学校を出た萌歌は家まで自転車を漕ぎ始めた。
自宅があるのは大井川鐵道の青部駅の近くで自転車で10分程だ。
萌歌は自転車を漕ぎながら思った、お祖父ちゃんが生前働いていた職場に言ってみよう。
あそこの主人とは幼い頃から顔見知りでよく可愛がってもらっていた。
「このまま自転車で行くか」
萌歌は祖父の職場に向かった。
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