非業の白百合『真実と俯瞰』

菜梨タレ蔵

第1話

バスを降りると潮風の匂いがした。


私はこの街で起きた事件を取材すべく東京から来た週刊誌の記者だ。先に同僚の時田さんが取材を進めており、そこへ合流する事になっている。時田さんはこの町の出身で、事件で親友を亡くしている。


「土居さん、お疲れ様です。」

トタンで囲われたバス停の影から時田さんが顔を出す。え、なんでそんな隠れるように?

「わざわざすみません。」

「いいんですよ。それより、大変でしたね、お友達。」

「…」

こくり、と時田さんは悲しげな表情で頷いた。心は今も深く傷ついているに違いない。その親友が結婚した時や妊娠の報告を受けた時、まるで自分の事のように嬉しそうだったのを覚えている。


「これが今までの取材をまとめたものです。」

そう言って渡された書類の束には関係者に取材した内容がびっしりと記されていた。

「時田さんらしい、丁寧な聞き取りですね。その後進展はあったんですか?」

「最後の」

「あ、はい。鈴里産婦人科医院…。」

「三人目の犠牲者のご主人なんですが、彼に取材をしてから…あの。」

時田さんの表情がじわりと曇った。そして、徐に周囲を気にする。

海岸沿いの道路は時折車が通るだけでほとんど静かだった。カモメの鳴き声と船の汽笛が遠くから聞こえる。

「気のせい、かもしれませんが誰かにつけられているとような気がして…。」

「え?それ、警察には?」

「警察?…特に被害もありませんし、気のせいかもしれないので。」

「あ、あの…」

編集長が言っていたことが頭を過ぎる。私は時田さんに伝えなければと思った。

「本庁のマル暴にいた方がこちらに配属になっているとかで…」

「そう、ですか。」

時田さんは納得した、と言うように大きく頷いた。

「実は…」

カバンから、恐らくスマホを取り出そうとした時だった。一台の車が私たちのそばに止まった。窓が空く。

「おねーさん達、もしかして保険のセールスレディ?俺さぁ、ちょうど保険に入りたいなぁって思ってたんだよね…」

「え、違いますけど。」

こんな所で?不審に思いながら私がそう答えると両側の後部座席が開いた。

「土居さん、走って…!」

「え」

私は時田さんに促されるまま、走り出した。

「全速力!」

時田さんが叫ぶ。

「え。えぇーーー!?」

振り返ると、後ろから『いかにも』な男達が追いかけてきていた。背筋に悪寒が走る。まさか来て早々、こんな事になるなんて!

「きゃ!」

「どいさんっ!」

痛っ…盛大に転んでしまった。だって普段走る事なんてなかったし。男達の足音は徐々に近付いてくる。

「あーあ、都会の人なのに、運動不足なんじゃないの?」

サングラスをかけたいかにもハングレの男がニタニタと近寄ってくる。

「この人は関係ありません!連れて行くなら私だけを!」

「時田さん!」

時田さんが私を庇うように男達の前に立ちはだかる。

「来て早々すみません、立てますか?私時間稼ぎしますから土居さんは…」

「え、そんな…」

どうしよう、どうしたらいい?記者をしていれば危ない場面はあるかも、と覚悟していたもののいざその時になると。

「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあ!誰かーっ!!」

私はありったけの声で叫んだ。男達はギョッとしている。

「なーしたーーー!?」

海岸の方でオジサンの声がした。助かった!

「助けてくださーいっ!」

私はもう一度ありったけの声を出した。

「くそ、マズイな。」

「兎に角だ、この女だけでも…。」

「た、す、け、てーーーっ!」

時田さんに男の一人が触れようとしたその時、一台の車が止まった。

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