第44話:戦後処理

神暦3103年王国暦255年8月2日16時:ジャクスティン視点


 大陸連合魔道学院の総長を使った脅迫は思っていた以上に効果があった。

 聞き分けの悪い王家が四つほど、国王と王位継承権者の半数を失ったが、早期に全面降伏したので根絶やしにはなっていない。


「早急に残った軍隊を掌握して治安を立て直せ。

 これまで密偵として入り込んでいたベータの中から希望者を募り、正体を明かして村や町の代官にしろ」


 俺様が一番大切にしているのはアルファの誇りだ。

 アルファが支配統治している国で弱者が虐げられるのは許さない。

 アルファの下では全てのベータが平等なのだ。


「理性を失った者、絶望した者の多くが盗賊と化しております。

 罪を犯した者を全て裁くと今生き残っている者が半減します」


 戦争や天災等で極限におかれた時に犯した罪は免除される事が多い。

 だが今回は俺様が手を貸したからそれほど酷い状況ではなかった。

 火事場泥棒的に罪を犯した腐れ外道がほとんどだ。


「人口が半減しようが構わない。

 善良な民を害した者は絶対に許すな。

 特別に配慮しなければいけない状況の場合だけ減刑しろ。

 そうでなければ旧国の法に照らして厳格に罰しろ。

 ただし、貴族士族の犯罪だけは我が国の法を適用せよ。

 名誉を穢すような恥知らずな行いは全て死刑にしろ」


 大前提は法の厳格な適用だ。

 俺様が併合する前の法で裁かなければいけない。

 相手によって法を捻じ曲げる事は絶対に許されない。


 だがそれは国や領地の運営に何の責任もない民だけだ。

 国や領地の運営を行っていた者には地位に伴う責任と義務がある。


 それを全うしていなかった者を許す訳にはいかない。

 何より旧国の法には貴族士族に対する特権や免罪が認められている。

 そんな法を適用させるわけにはいかない!


「軍や貴族士族に食糧や財産を強制徴収された者達をどうしましょう?

 このままでは次の収穫まで持ちません」


「先の国王や領主が行った愚行を俺様が負担してやる義理はない。

 だが、見殺しのするのはアルファの誇りが許さない。

 強者が弱者に施すのは誇り高い行いだ。

 だが無条件に施しては、昔から税を治めているベータが不公平だと思うだろう。

 次の収穫が得られるまで、あるいは冬を乗り越える事ができるように、食糧を物資を貸し与えるが、年数をかけて返済してもらう」


「承りました。

 村や街の代表にはそのように伝えて安心させます。

 公王陛下が与えてくださった軍資金や兵糧で当面の間は大丈夫ですが、毎日支配下の村や街が増え、噂を聞きつけた難民が押し寄せてきたらどういたしましょう?」


「穀物には限りがあるから、家畜と塩を食糧として送る。

 全て殺して食べてもいいし、飼料があるのなら飼って乳を活用してもかまわん。

 飼料を確保できるから飼うと言うのなら、乳だけで生きて行けるだけの家畜を送ってやるが、貸し与えた家畜に加え、生まれた家畜の八割を税で返してもらう」


「分かりました、村や街の状態はもちろん、周辺の状況も確認したうえで、愚かな判断を下さないように指導したうえで、ご報告させていただきます」


 とても適切な返事だ。

 全ての騎兵長がこの者と同じ能力なら、我が国の未来は明るい。

 オリビアの次代がよほど愚かなアルファでない限り、公国が傾く事はない。


「俺様直々に全ての村や街に家畜を送る。

 受け入れの準備を整えておけ」


「「「「「はっ」」」」」


 伝話魔術を使って同時に会話していた全ての部隊長が返事をした。

 上は千人の騎兵を預かる千騎長から、下は十人の騎兵を預かる騎兵長まで。

 村や街の規模によって責任者は違うが、命に責任を持っている事に違いはない。


「ああ、そうだ、今思いついた。

 家や畑を焼かれ、次の収穫もままならない者も多いのだろう?」


 伝話を終える心算だったが、思いついた事があったのでもう一度話した。


「はい、かなりの数の農民が次の収穫を見込めません。

 畑が戦場になり、血が流れて数年は収穫が見込めない農民も多いです。

 牧草や雑草を育てて家畜を飼うくらいしかできないですが、それではとても家族を養う事ができないでしょう」


 先ほどの騎兵長が即座に返事をする。

 本当に優秀な奴だ、集団伝話を終えたら即座に抜擢しよう。


「そのような者達に、一時的に農地を貸し与えると言ってくれ。

 農作物にかかる税、労役や兵役、諸々も税をすべて含めて、全ての収穫の二割、新たに生まれた家畜の二割も自分の財産にして良いと伝えてくれ」


「貸し与えられる農地の広さと家畜の数によって希望者の数が変わると思われます」


「広大な草原だから、農地にするも牧草地にするのも自由だが、最低限一人当たり十二ヘクタールを与えよう。

 国王である俺様に納める小麦は千八百キロ、種籾用に九百キロを残させる。

 他に地主である俺様に大麦千九百八十キロ。

 農民達の取り分は千三百二十キロだ」


「お腹一杯大麦が食べられるだけでなく、百二十キロの小麦が余るのですね」


 こいつ、面積当たりどれくらいの収穫が得られるか覚えていやがる。

 いい代官になりそうだから、もっと広い領地を任せてみよう。


「そうだ、家族がいて、農地を十分耕せると言うのなら、牧草地は幾らでも与える。

 それに貸し与えるのは牧草地だけではないぞ。

 家畜も馬二頭、牛四頭、山羊十頭、羊十頭、豚十頭、鶏二十羽を貸し与える。

 生れた子供の二割は与えるから、食べてもいいし家に持ち帰ってもかまわない」


「家畜が子供を何頭生むかは運でございます。

 多い場合もあれば少ない場合もあります。

 税として何頭納めるかを決めておかれた方が良いと思われます」


「そうか、だったら馬は軍用に使うから生まれた子供は全部税として納めさせる。

 牛は種牛一頭と母牛三頭だから、おまけして二頭を納めれば良いとしてやろう。

 山羊と羊は一年二回、平均二頭の子供産むから、一年間に四十頭だな。

 三十二頭の子供を税として納めてもらおう。

 豚は一年二回、平均十頭の子供を生むから、一年間に二百頭だな。

 百六十頭の子供を税として納めてもらおう。

 残りは多くても少なくても農民の好きにすればいい。

 鶏の生む卵は税をとらないようにしてやる。

 家畜の出産頭数が税よりも少ない場合や、病気で死ぬ場合もあるだろう。

 その時のために、鶏十羽で足らない家畜を補う事を許す。

 頑張って卵を産ませて育てるのだな」


「破格の条件でございますね。

 その条件でしたら、多くの農民が一時的な移住に応じると思われます」


「先ほども申したが、耕作できるのなら幾らでも牧草地を貸し与えてやる。

 世話ができると言うのなら、家畜も幾らでも貸し与えてやる。

 だがちゃんと耕す事も家畜の管理もできなかったら、厳罰に処す。

 その点をよく言い聞かせておいてくれ」


「承りました、愚かな事をしでかさないように申し聞かせておきます」


 さて、昔からの領民に管理させていた亜空間は多い。

 だが、十数カ国の難民を受け入れるとなると足らないかもしれない。


 特に住むための家が足らなくなるかもしれない。

 大工に命じて大量の農家を建てさせておこう。

 魔力が増えた分、新しい亜空間も創っておこう。


 大量に蓄えた海水から塩と水、超純水を作って余裕を持たせよう。

 戦争の直後だから、塩は幾らあっても高値で売れる。

 超純水は高レベルの薬や魔法薬を作るのに欠かせない。


「こちらは準備万端整えておく、お前達の働きを楽しみに待っているぞ」

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