第29話:閑話・刺客

神暦3103年王国暦255年6月27日9時:某刺客視点


 恐ろしい、あまりにも恐ろしくて逃げ出す事もできなかった。

 エマ王女に気付かれた時点で逃げようとしたのだ。

 だが逃げようとした途端、腰が抜けて動けなくなってしまった!

 

 恐怖のあまり全身がガタガタと震えてしまって全く動けない。

 脚に力が入らずその場に崩れ落ちてしまった。

 最初は何が起こったのか全く分からなかった。

 

 だが永遠にも思える恐怖の時間が過ぎて、ようやく動けるようになって逃げた。

 自分で何時逃げだしたか思い出せないけれど、丸一日経って逃げているのに気がつき色々と思い出した。


 俺達刺客隊十一人は、本当に這いずってその場を逃げ出したのだ。

 恐怖のあまり意味のない言葉を叫びながら逃げ出してしまっていたのだ。

 公王がちらりと此方を見たとたん、恐怖のあまり身体が反応してしまったのだ。


 公王が抑えていた気配をほんの少し俺達に向けただけでパニックになっていた。

 そんな風にまともにモノを考えられるようになったのは、公国領の外に確保していたアジトが見えてからだった。


「おい、どうする、戻って見張りを続けるか?」


「バカヤロウ、思ってもいない事を口にするな!

 俺達が逃げだせたのは見逃してもらえたからだ。 

 いや、歯牙にもかけられずに相手してもらえなかったからだ。

 もう一度近づいたら、今度こそ殺されるぞ!」


「でもよう、このまま逃げ帰ったらただでは済まないぞ」


「はん、自分で公王や王女を殺しに行けない根性なしに何ができる」


「よく言うぜ、その根性なしが怖くて命令通りにここに来たのはお前だろう」


「ああ、確かにあの時は子爵ほど恐ろしい奴はいないと思っていた。

 だが今は考えが全く変わった。

 子爵など公王に比べたら虫けら同然だった。

 お前だってそう思っているんじゃないのか?!」


「子爵よりも公王の方が遥かに恐ろしいと分かったのはお前と同じだ。

 だが、俺達から見れば子爵も公王も同じように怖い相手だ。

 二人に圧倒的な力量差があっても、俺達を簡単に殺せる事に違いはない」


「じゃあ確認するが、お前はもう一度公王に近づけるのか?

 子爵の所に逃げ帰る気にはなっているようだが、もう一度公王の見張りに行く気になれるのか?!」


「……無理だ、とてもではないが、公王に近づく気にはなれない。

 だが、子爵の所に戻って弁明する気になれている……」


「だろう、公王が恐ろし過ぎて、もう一度見張りに行け、隙があったら殺せと命じられても従うのは無理だ。

 だが従わなければ殺されるのは目に見えている。

 だから子爵の所に戻るのではなく、このまま何処かに逃げようぜ!」


「領地には家族もいれば領民もいる。

 領主として民は捨てられないし、当主として家族も捨てられない。

 いや、領民は捨てて逃げられるが、家族だけは捨てられない」


「だったら家族を護って逃げればいいだろう」


「追手が送られてくるだろう!

 子爵の追手を全て返り討ちにして逃げきれるわけがないだろう!」


「では王家に泣きついたらどうだ?

 俺達アルファは天上天下唯我独尊な所があるが、それでも一応王家に仕えているのだから、王家に泣きついて助けてもらえばいい」


「いや、王家に泣きつくくらいなら、公王に泣きつく。

 仕えるなら女王よりも公王の方がいい」


「そりゃ俺だって仕えられるなら王家よりも大公家の方が良い。

 子爵なんて糞野郎に使われるのは嫌だ。

 だが現実的な話し、王家はもう下がり目だ。

 ……公王に仕えるのは恐ろしい……

 正直もう公王の一度前に立てる気がしない」


「それは俺も同じだが、家族を護るためならしかたがないのではないか?」


「……そうだな、家族を護りたいのなら恐ろしくても仕えるべきだ。

 公王を頼らなければ殺されるのだから、死んだ気になってもう一度だけ前に出る。

 この中に裏切る者がいたら、公王に会う前に子爵たちに襲われるだろうが……」


「それはないだろう。

 そんな事が公王にばれたら、間違いなく殺されるぞ。

 外国との戦い時に謀叛を起こした連中の末路は聞いているだろう?

 いや、愚かな奴が混じっていたら、自分だけは助かると思って報告するか?

 まあ、そんな事に成ったら子爵も一味も皆殺しにされるから、間違いなく仇はとってもらえるが……」


「いや、少なくとも今回一緒にいた連中は誰一人裏切らない!

 公王の恐ろしさはあの場にいた者達の骨身に沁み込んでいる。

 だが、このまま直ぐに戻るわけにはいかない。

 公王の所に行くにしても家族を助け行くにしても、先に風呂に入って着替えよう。

 大小便をおもらしした状態で誰かに会う訳にはいかない」

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