第27話:渋々

神暦3103年王国暦255年6月7日9時:ジャクスティン視点


 前世の記憶と知識を思い出す前の俺様だったらミアを切り捨てていた。

 などとはとても言えないのは自覚している。


 記憶を取り戻す前の俺様も結構人情家だった。

 だが、思い出した事で切り捨てる基準が大きく変わっているのは確かだ。


「ミアがアルファとして才能豊かなのは確かだ。

 だが、昨日も言ったようにジェネシスと同じ知識や技は教えられない。

 一般的なアルファが使っている技が効率的に使えるようにはしてやる。

 それだけでの女王を軽く超える実力はつく」


 俺様に教えられるが不服なのだろうし、父親だと言うのも複雑なのだろう。

 それでも暴言を吐いたり襲ってきたりしないのは、ジェネシスに負けたから。

 アルファの本能には負けた相手に委縮し逆らえなくなる性質があるからだ。


 俺様自身に負けたわけではないが、俺様をボスと仰ぐジェネシスに負けた。

 これによってアルファにある順位付けの本能が働く。

 一度集団から逃げ出せたら再挑戦する気概が生まれるのだが……


「……分かった、どうすればいい?」


 物凄く大人しくなってるじゃないか。

 エマも最初から本気になって教育していればよかったのだ。

 そうすれば少なくともこんな事にはならなかったのだ。


 一般的なアルファ親子は、家で争う事がないように、親が新人式でアルファに成った子供を負かして順位付けするようにしている。

 まあ、俺様はそんな方法を否定してやっていなかったから、偉そうには言えない。


「まずは魔力を身体中に流せ。

 無意識に見境なく流すのではなく、使いたい筋肉に向けて丁度良い量を流す。

 魔力をどこにどれくらい流したら、自分がどれくらいの動きができるのか、正確に覚える事が最初の一歩だ」


「常に全力戦えばいいだろう?!」


「一対一でしか戦えない、闘技場の見世物アルファに成るのならそれでもいい。

 王位を継ぐ気なら、王国中のアルファや外国軍と一人で戦う覚悟がいる。

 自分の魔力回復量と使用量、食事量による回復量を知って、時には戦略的撤退もしながら王家王国を護り抜く戦いをするのだ。

 自分の好きなように戦って、負ければ王家王国が滅んでいいと言うのなら、常に全力で絶対に撤退しない戦い方をすればいい」


「……分かった、やってみる」


 ミアも馬鹿ではないのだ、馬鹿では。

 だが最初から女王の言う通りすればよかったのだとは言い切れない。

 ジェネシスに負けていなかればここまで素直に従えなかっただろう。


「駄目だ、もっと真剣にやれ」


 だからこそ、エマは成人式でミアをぶちのめして順位付けしておくべきだった。

 女王としての政務能力に不足はないが、人の親としての能力には劣るのだろう。


「……本当に強くなれるのだな?」


 全く魔力を流していない状態で、身体中の筋肉と関節を使って動く。

 成人式前に学んでいた体術の型を入念になぞるように動く。

 みっちり一時間動いた後で、少し魔力を流しながら同じことを繰り返す。


「全く同じ魔力を流している心算のようだが、量にも速さにもばらつきがある。

 精度が悪いと自分の思った通りの動きができなくなる。

 普段の型でフェイントをかけるのと同じだ。

 魔力も自分の思い通り操れないと正確な攻撃も防御もできないぞ」


「くっ、何故俺がこのような事を……」


「負けたからだ、負けたから自分の思い通りにやれなくなったのだ。 

 悔しければ自分を鍛え直してもう一度挑戦すればいい。

 俺様のやり方が嫌なら自分のやり方で強くなればいい。

 だが自分のやり方で強くなれなければ、今度こそ女王に見放されるぞ」


「……分かった、やる、やってやる、本当に絶対に強くなれるのだろうな!」


「真剣に俺の言う通りにするなら必ず強くなれる。

 結果が現れるまでに一カ月かかるのか一年かかるのかはお前しだいだ。

 本気でやらなければ二年経とうと三年経とうと今のままだ」


「うぉおおおお、やればいいんだろう、やれば!」


 アルファ独特の身体強化に特化した強さは、自分を知る事から始まる。

 コンマ一ミリ単位で敵の攻撃を見切れれば、自分がダメージを受ける事はない。


 ただし、自分がどのくらいの早さでどのくらいの長さ動け続けられるのかも知っていなければ、実戦では役に立たない。


 その両方をこの鍛錬で身に着けるのだ。

 セイントとオリビアがこの鍛錬方法で極端に強くなったから間違いない。


 問題があるとすれば、ミアにそれだけの時間を鍛錬に使う事が許されない可能性がとても高い事だ。

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