第10話:閑話・ミア王女の怒りと恐怖

神暦3103年王国暦255年1月15日19時:ミア視点


「この役立たずが!

 どの面下げて戻って来た!

 他の連中は殺されるのが嫌で逃げ出したのか?!」


「ミア王女、サザーランド公爵はバケモノです。

 他の者達は逃げたわけではありません。

 全員サザーランド公爵に斃されてしまったのです」


「なに、全員斃されただと?

 俺の命令に従わなかったのか?!

 貴族連中に公爵達を誘いださせて、その隙に誘拐しろと言っただろう!」


「その通りにやりました!

 貴族の方々も、サザーランド公爵だけでなく伯爵と男爵も誘い出してくれて、その隙に十人一組の騎士でジェネシスを誘拐しようとしました!

 でも駄目だったんです!

 都合十回も襲いかかったのに、その都度跡形もなく殺されてしまいました。

 百人全員が跡形もなく消し去られてしまったのです!

 生きて帰れたのは見張り役の俺だけです」


「何を馬鹿な事を言っているのだ、お前は。

 最底辺とはいえアルファだぞ、アルファ騎士が十人もいて、ベータ騎兵やオメガに負ける訳がないだろう!

 それも跡形もなく殺されるなんて、非常識だろうが!」


「その非常識を出来るのがサザーランド公爵だったんだ。

 これまでも信じられない武勇伝は聞いていたが、全部本当だったんだ。

 これでどんなに金を積まれても応じない奴がいた理由が分かった。 

 サザーランド公爵と一緒に戦った事のある奴が逃げだした理由は、こうなる事が分かっていたからなんだ!」


「やかましい、黙っていろ!」


「お前のせいだ、お前が自分の力も弁えずにサザーランド公爵に喧嘩を売った所為で、百人ものアルファ騎士が皆殺しにされたんだ!」


「この気違いを放り出せ!

 抵抗するなら殺しても構わん!」


「誰が抵抗するか!

 こんな卑怯下劣な負け犬の所に何時までもいられるものか!

 反撃される前にこんな国から安全な国に逃げてやるよ!

 お前に好き勝手させる愚かな女王の国など直ぐに亡びる!」


 嘘だ、絶対に嘘だ、同じアルファにそれほどの差があるはずがない。

 俺だってアルファだ、自分の強さくらい本能的に分かっている。

 雇ったアルファ騎士が俺よりも弱い事など教えられなくても分かる。


 同時にあの時に感じたサザーランド公爵の強さも分かっている。

 今の俺では勝てないが、十人のアルファ騎士を跡形もなく皆殺しにするほど強くなかった事くらい分かる。


「ジャクスティンはこれまで隠していた技を使ったのか?」


 いつから居たんだ、どこから入ってきたんだ、全く分からなかったぞ?!

 母上がいる事を知らなかった事を誤魔化さないと!

 知っていて知らない振りをしていたと見せかけない!


「母上、私のやった事を知っておられたのですか?!」


「それとも新たな技を覚えたのか?

 正々堂々が信条だったジャクスティンが、卑怯な外国人が使うような魔術を覚えたとは思えないのだが……」


 不意に背後に現れた母上に驚いて声をかけたのに、返事もしてくださらない。

 真剣な表情でブツブツとサザーランド公爵の事を考えられている。

 確かに私が聞いていたサザーランド公爵の戦いぶりとぜんぜん違う。


「母上、女王陛下、聞いておられますか!」


「ミア、私は絶対にジャクスティンには手出しするなと言ったはずだ!

 百人ものアルファ騎士を失った失態は隠しようがない。

 私の血を引く唯一のアルファ王族であっても、大失態を犯せば王位は継げぬ。

 形だけ王位を継がせてもらう事もできなくなるのだぞ、愚か者が!」


「申し訳ございません。

 しかしながら失敗したのは私のせいではありません。

 母上も言われていたように、サザーランド公爵の能力では絶対にできない事をやられてしまったのです」


「それがお前の王位継承を否定する大失敗だと言っているのだ!

 常勝不敗、どのような危険で勝ち目のない戦いもひっくり返してきたのだ。

 そのような相手に、過去の実績だけを見て勝てると思った手出しして負けた。

 隠し玉、切り札の存在くらい疑わないでどうするのだ!

 愚か以外の何者でもない証拠だ、愚か者!」


「……申し訳ありませんでした。

 次こそ必ず勝ってご覧に入れます」


「次の機会などありません」


 言葉が少しだけ丁寧になられた。

 少し落ち着いてくださったのだ。

 これで理性的に王家の血を残す事を優先して考えてくださるはずなのに?


「何を申されているのですか?」


「ジェネシスを誘拐する次の機会などないと言っているのです!」


「女王陛下が申されている意味が分からないのですが?

 サザーランド公爵をなだめるために、私を幽閉されると言う事でしょうか?」


「次は卑怯下劣な誘拐などできないと言っているのです。

 ジャクスティンはウェルズリー王国からの分離独立をするそうです」


「あの不忠者が!」


 バッチーン!


「何度言い聞かせたらわかるのです!

 アルファに忠義も恩もないのです!

 あるとすれば、ジャクスティンが私を立ててくれていた事と、魔獣の撃退に専念するためにだけです!

 アルファの王国は弱肉強食、弱い王が殺されて新しい王が立つ。

 ウェリントン王家もそうやって建国したのです」


「ですから私と母上でサザーランド公爵を……」


 バッチーン!


「どうやら私の目が曇っていたようですね。

 ミアには最低限の力があると思っていましたが、自分の力量も他のアルファの力量も見極められない、士族程度の能力しかなかったようです」


「幾ら女王陛下でもそれは言い過ぎです!

 私にはあの場にいた多くの貴族を超える力があります!

 それくらいの事は見抜けました!

 確かに私一人ではサザーランド公爵には勝てません。

 ですが女王陛下と力を併せれば勝てる事も分かりました。

 確かにサザーランド公爵には息子と娘がいます。

 ですが王家に味方にした貴族に二人の相手をさせれば勝てます!」


  バッチーン!


「愚か者!

 何度言ったら分かるのですか!

 ジャクスティンは大陸で一番強いアルファなのです。

 大陸最強の魔術師でも勝てなかった別格の存在なのです。

 普段から自分の強さを隠すくらいの小技は常に使っているのです。

 お前は最初からジャクスティンの策に嵌っていたのです!」

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