波陀羅  白蛇抄第5話

「ああ・・・まるで、犬のようじゃ・・・」

陽道に手をつかされ織絵は四つん這いになった。

その織絵の後ろから陽道が己の物を突き入れてくるのである。

「ならば、わう、と、言うてみい」

「ああ」

好きな様に腰をくねらせ、

それでも、足らず言葉の綾でも織絵を弄っているのである。

が、

「あ、ああ・・わう、おお・・・わう」

織絵は喘ぎの中から、吼えてみせる。

「ほっ、良いか?」

下を向いて落ちるかと思うほど豊満の胸の先も

くっと堅く膨らんでいる。

それに手を延ばし指の先で弄り回すと

陽道は更に大きく腰を揺すらせた。

「あ・・あん・・・ああ・・・」

織絵の声が切なく、喘ぎを訴えると

「好きじゃのう・・・これがそんなに良いか?」

と、ずぶりと引きぬいてしまうに、織絵は

「あ、厭じゃ・・早う。入れくりや」

と、ぐうと尻を押し付けてくる。

「ふ、あはははは」

陽道が織絵を蹂躙しつくし、

織絵はすでにその陽道の物に飼い慣らされている。

「いれてやるわ」

少し腰を伸ばして透明な粘りの出てくる場所に

己の物を宛がうとぐうと付くだけでするりと呑みこんでしまう。

そうしておいて陽道は、動こうとしない。

織絵は肉棒の動きが欲しゅうなって自ら動き始めた。

「持ちませぬに・・・待ちませぬに・・

はよう、蠢かしてくれませ・・・はよう」

己の中に疼いてくる物に負けて自ら動く事が辛くなってきている。

「ああ・・ああ、良い・・・」

陽道が動き出すと織絵はじっとそれを受けていた。

「あ・・ああ・・・良いに。ほんに、良い」

「織絵。わしの女はお前だけじゃ。よいの」

「あ・・あ・・は・・はい」

織絵は鉄斎の一人娘であった。

あったというには理由がある。

織絵はすでにこの世の者でない。

そうなると陽道に嬲られている織絵が

何者であるかという事になる。


織絵は昨年の秋に陽道に殺されていた。

織絵を我物にしようとした陽道が織絵を無理やり押さえ込んだ。

その手から逃れようとする織絵と陽道の葛藤がしばらく続き、

あと、ぐぎという音がすると織絵の首の骨が折れた。

舌を噛もうとする織絵の顔を押さえつけ

止めようとしたのがいかなかった。

陽道はまっ青になった。

同時に織絵をその腕に抱くと大声を上げ咽び泣いた。

無体な事をしようとしていたのであるが

陽道は織絵に心底、惚れていた。

惚れていた故の無体である。

成せる仲になりたいと思うが余り、

己の手でどうにも成せぬ仲にしてしもうたのである。

「は、は、ははは。これでわしのものじゃ。わしだけの物じゃ・・」

織絵の身体を開くと陽道はぐなりとした足を肩に担ぎ、

そこに開かれた織絵の物に己の物を付きこんでいった。

まだ、温かい身体は陽道を拒む事無く

陽道の物に鈍い破瓜の抵抗を与えると

生きているかのような鮮血を落としながら

陽道の実を呑み込んで行った。

見開かれたままの瞳が一点を見詰めている様に見える。

その美しい顔を見ながら

陽道は織絵の中に己の精をはたきこんだ。

狂おしい欲情が沈むと織絵の身体を抱き締めて

陽道はまた、泣き伏した。

どうにも動かぬ物になってしまった体が

冷え堅くなってくる頃に陽道は事の始末を考えあぐねていた。

織絵の父である鉄斎にどう言い逃れようか、

言い逃れる法はいくらでもある。

が、織絵を亡くしたのが己であるという事実が

陽道を打ちのめした。

「おとなしくしておらば、もっともっと、わしの物になれたのに」

その自信が織絵を無理にでも抱かば、

己が手に落ちると考えさせたのである。

「どうするか」

怨霊として蘇えらせた所で、恨まれる相手は自分である。

死霊として側においても同じだろう。

反魂で生き帰らせるにしても、

首の骨を折ったのは致命傷である。

背筋を伝うて魂を与うるに首を通らぬと

気狂いのような物が出来てしまう。

それもぞっとせぬことである。

やはり、諦めて鉄斎になんぞ言い分けを作るしかないか?

狂い暴れる織絵を抱くのも一興かもしれぬが、

それで又も、死なせる羽目にでもなったら?


色に狂うて戯けた事しか考えない男である。

戯けた者は又戯けた者を呼ぶとみえる。

「はああーー」

大きな声と伴に陽道の前に飛び降りてくる者があった。

「何者?」

曲げた足を伸ばし延び上がる女が

鬼であるのは直に陽道にも判った。

「ほほほ。えらい事をやってしもうたの。陽道」

「おのれ。なにもの。何故わしを知りおる」

「詮議は後で良いわ」

「・・・・」

「その女。生き返らせてやろうか」

「なに?できるのか?本当に?」

「お前も鉄斎に言えぬであろう。助けてやっても良い」

なんの魂胆があるのか

読み透かす事が出来ない所を見ると、

この女鬼も陽道同様何かの神の名の元に行を積んだようである。

が、仕方が無い。

「頼む」

「その代わり。その女。我にくるるな」

「あっ」

その身に取り付くと言うていいのだろうか。

同化というて良い。移し身の高位な術である。

「そういう事じゃ。厭か?」

「・・・・・」

「その、身体抱かせてやるぞよ」

陽道はごくりと唾を呑みこんだ。

中身はこの鬼であるが、

それでも織絵の美しい肢体のまま生き返ってくる。

鉄斎からも逃れられる。

「わかった」

「ふ・・・」

陽道の情交と豪奢で楽な暮らしがほしいだけの女鬼である。

「暴かれぬようにな」

「任しおれ」

ふっと鬼女が、織絵の姿に重なると

織絵一人が横たわっている。

うっすらと胸が蠢き出すと頬に紅が差し、生きた色に変り始めた。

覗き込む陽道をこれもまた、薄っすらと眼を開けて見ていたが、

つと手を差し延べると陽道を掴み引寄せた。

「織絵・・・?」

「首の骨を繋ぐのは面倒に。

今度殺す時はもっと、別のやり方にしてくれるのかの」

「織絵?」

やはり織絵では無い。が、織絵なのである。

「はよう」

鬼女が情交を求むる声がしてくる。

「織絵はもっと淑やかだ」

「良いではないか。人前ではうまくやるに・・・ほれ・・はよう」

「お前。どこでそんな術を覚えた?」

「良いに・・・ほれ・・・」

裾を肌蹴ると先の陽道の姦通で

織絵のほとから破瓜の血が滲み出していた。

「ほれ。陽道。初女じゃ。

陽道、もう一度。しっかりと楽しむがよい。

よう、切れおらぬのを切り崩してやれ」

あははははと笑う鬼女も、

己が初手を味わえるのが嬉しくて仕方ないのだろう。

やがて。抗いもせず、陽道にその身を差し出しておきながら

「痛い。痛い。痛い」

何度も声を上げて陽道から逃れ様とする。

それを押さえつけて陽道は

「ああ、こうじゃ」

本の織絵もこうであったろうと思うのである。

「やめてぇ」

声まで辛げである。

その織絵を押さえつけ、陽道は何度も何度も織絵を襲った。

事が済みはてると

「この女子、良い女になるわ。陽道。

この身体から逃れられぬ様になっても知らぬぞ」

と、言い退ける。

取りも直さずそれは又、女鬼こと波陀羅の事でもある。

「お前が喋ると興醒めするわ」

すっかり、織絵のままの姿に陽道も興が載っていたのである。

「まあ、その内、我も、この身、お前に喘がされるのであろうの?」

ちらりと斜交いから陽道を見上げる織絵の妖しい瞳に

陽道はぞくっとする色香を覚えた。


「織絵」

荒神の障りがあるといっては織絵の家に足繁く通った陽道である。

己で念誦をかけておいて織絵が臥せ込んだ所に駆け込んで

「荒神の障りじゃ」

と、念誦を解くのである。

あっというまに娘が元通りの顔色になってしまうと

家人がひどく喜んだ。

そうやっておいて家人が礼を差出すにも

「いえ。私が気がついて、勝手にやった事ですから」

と、殊勝気に断わる。

が、それでも向こうは無理にでも渡してくる。

不承不承それを受取ると

「が、まだ、荒神の障りは治まりませぬ。

何処の荒神か娘御に懸想しておるようで御座いますな」

匂わせると二親の顔色がさあああと青くなってゆく。

そこで、陽道はふうううとため息をつく。

そして、決心したかのように

「これを、狩るに長う掛かります。

出来れば、娘御に擁受の法を授けて

荒神をしずめてしまいたいが・・・私で宜しいですかな?」

聞けば、拝む手つきで二親は陽道に

事の解決を頼んで来たのである。

安々と出入りを許され、織絵も守護に韻を受けるとかで

陽道の居宅にも出向いて行くようになった。

それが半年も続いたか、

頃合と思うたころに織絵を手中に修めようとしたのが

先の出来事の発端であった。

「身固めで御座いますに・・・辛抱なされましよ」

そう言うては、織絵の身体を抱きすくめる。

歳は十八。

流石に男に抱すくめられるのが平気な娘がおろう筈もない。

恥じ入る様に俯く顔がまた初々しい。

それでも、身体が妙にふわつくのが、

陽道の印綬のせいとも知らず、

荒神の障りを恐れて大人しく陽道にされるままに

じっとしているのである。

口中で何やら呟いていた陽道がその身固めを終えると

織絵のほうも嘘の様に身体が軽くなるのである。

「まだ、荒神の障りを払う事は出来ませぬか?」

繰り返される身固めを織絵もさすがに耐え難いのである。

それを聞くと、陽道も困った。

いつまでも、こうしておっても、つまらぬ。

どうにか、織絵と馴れ合いの仲になりたいのである

が、初女(うぶめ)の哀しさである。

いくら抱すくめても、織絵は困惑するばかりで、

女子の焔を上げて来ぬのである。

『まあ、また、それが良い』のであるが、

いい加減荒神を退治しましたというておかねば、

そろそろ、陽道の進退も窮まって来そうである。

どうも、あれでは、らちあかぬと、

他の陰陽師でも呼ばれたら陽道の謀り事は

あっさりと白日の元に晒されてしまうだろう。

その前に織絵とどうにかなってしまうのが、先である。

女子なぞ、抱いてしまえばこちらの物よと

高を括ると陽道は念誦を唱え始めた。

ものの半刻もせぬ内に織絵がやってきた。

「一体、何処の荒神が・・・」

哀しげにわが身を恨む。

「もう、少しで判りましょう」

そう言いながら

「ささ」

促がすと、織絵は静かにじっと立ち尽くす。

それをきつく抱すくめると、陽道は織絵の口を啜ろうとする。

「あ?何を?」

「こういう法も御座います。辛抱なされませ」

「そ、そうなのですか?」

気の済むまでその口を啜り上げると陽道の手が裾を割ろうとする。

「こ・・・嘘で御座いましょう?」

「いえ、ここを狙うて、荒神が懸想しかけるのです。

陽道の物で先に守護を与えましょう」

「え?」

ならば、荒神も陽道も同じ事ではないか。

それに気がつくと織絵は陽道の手から逃れようとした。

が、土台女子の力で逃げおおす事が出来ないと判ると

織絵は瞬の間に死を覚悟した。

そして、今、織絵の体をのっとった女が、

嬲られる事を喜ぶ女が陽道の胸の中に顔を埋めて

喘ぎに息を殺している。

「織絵。静かにせい」

「ぁ・・ぁ・・」

「ててご見つかろうに」

「ぁ、ぁぁ・・・」

織絵の家。

織絵の居室の中で織絵を抱く事さえ叶うようになると

陽道も流石に辛抱が出来ない。

「織絵。明日は、なんぞ理由を作るにわしの所に来い。のっ」

「あ・・・ああ」

別の言い方に着物のことを八口ともいう。

何処からでも好きな様に手を差し込んで

織絵を嬲れるのはいいが、

陽道の方は鉄斎が気になって己の物のうさを晴らせぬのである。

着物を絡げ上げ、朝告げ鳥の交尾さながら

事を済まされると、織絵の方も面白くない。

「今日はこれで終りですか」

と、皮肉な口調である。

「仕方なかろう。荒神の障りから娘を守りとうて呼んだわしに

娘をこのようにされておると判れば、鉄斎もわしを殺しかねない」

「ふ。荒神の障り?陽道。お前が荒神であろう?」

波陀羅も、陽道が織絵の元に入りこんだ首尾は判っている。

「そうよ。織絵。

わしが荒神ならお前は、わしを誑かす鬼じゃろうが?どうじゃ?」

そう言いながら、陽道は織絵のほとに指を入れ込んでゆく。

その感覚に織絵が押し黙る。

「え?」

黙った織絵の口から声が漏れそうになるのを

陽道はその口で塞ぎ込んだ。

ものの三月もせぬ内に織絵の身体は陽道に馴染んだ。

波陀羅のほたえが織絵の身体の芯まで届くほど熱いせいもある。

「よう、おうておる」

不思議なほどに波陀羅のほたえと

織絵の身体が同調するのである。

この女子、本意は陽道を好いておったのやもしれぬ。

そう、思いたくなる。

で無ければこの女子相当の淫乱の性を具有していたか。

『ふ、もっと、良い思いを味わう前に死に果てるとは、

間抜けな女子よ』

が、その御蔭で波陀羅は陽道を、

そして豪奢な暮らしを手に入れられたのである。

『織絵様、様よの』

その胸につうと手を伸ばし胸の先を指でくじるだけで

甘美なものが身体の中に走って行く。

『ふ、具合も良いわ。』

其れだけでほとの中にしぶりが込み上げ、

早くも潤んでくる物がある。

織絵の身体の芯の熱い欲情の火が

波陀羅のほたえを赤くいこらすとまるで、

刃物を打つように陽道の鎚が欲しくなる。

とろりとした粘りが腿を伝うほど陽道が欲しくてし方がない。

覚めやらぬのである。

「何や。身体がふわついて仕方のう御座います。

陽道様の所に行って守護を得て参ります」

そう告げれば鉄斎も織絵を送出してくれる。


陽道の元にやってくると

織絵は自ずから裾を捲り上げて行く。

それを見る間もなく陽道も袴を脱ぎ捨てると

着物を捲り上げ尻に絡げる。

下帯を押し上げる膨らみにもどかしげに

下帯を取り去ると陽道のその上に織絵が座り込んでくる。

織絵が両の足を陽道の腰に廻しこみながら

陽道の物をしっかり深く呑みこませる頃には

その咽喉からは憂いの声があがる。

「ああ・・・切ないに・・・・」

早くも湧き上がってきた悦楽のせいで、

織絵のその美しい顔の眉間に軽くしわがよる。

陽道が動き出すのが待てぬかのように

織絵の身体が上に下にと動き出す。

芯についた火に陽道の物が届くと

火が飛び散る様に小さな疼きが

ほとの中全体に広がってゆく。

「ああ、良い」

よう滑ると思っていたが、今日はひどく滑る。

面白いほどにつるつると精汁がほとから溢れてくる。

動き出した陽道に合わせて、

くちゅくちゅと小さな音を発てている。

陽道がたぶ実をほとの際まで抜いて行くと

その後にほとの下唇から熱い滑りがとろとろと尻にまで伝う。

「どうした。えらい、騒ぎようじゃ」

「なんか・・・しらん・・・が・・よ・・い」

快感の小さな点がほとの中に現れると、

それがますます疼いて切ない。

陽道の物にその点を擦り上げられると

はっきりとした、鋭い快感が上がってくる。

と、それがだんだん、高くせり上がって来た。

「あ、ああ、ああ、あああああ」

織絵の身体が初めてのあくめを迎え始めている。

「あ、あ、・・・もっと・・・」

陽道に激しく休まず擦りあげろと言いたいのである。

「織絵、いかぬ。わしが、もたぬ。

よう、締まりおる。・・果てそうじゃ」

陽道が喘ぐ。

織絵は陽道の腰に廻した足をぐいと締めると

樹を突付く鳥のように陽道の物を短い振幅で

押し込み引き込みを繰り返した。

「い・・か・・ぬ・・ああ・・おり・・え」

「あ、あ、あ、上がってくる・・・上がって来る・・・」

激しい動きのまま、織絵があくめを訴え出す。

ぐびぐびとほとの中が蠢めき、

陽道が耐えられず射ち放してしまいつつ、

織絵を喘がせる動きは止めようとしない。

「おお・・・」

今までと違う物を味わい尽くすと織絵の身体が止まり

すううと陽道に拠りかかった。

「覚えたの」

「ああ・・・」

その感覚を教えてくれた男を、

その感覚を与えてくれる男を、

波陀羅は離すまいと決めている。

陽道は陽道で織絵の美しい肢体が

己の物で喘ぐ様に魅了され、

魂を抜かれた傀儡のごとく、

快楽を与える下僕に成り下がっている。


が、そんな事がいつまでもうまく続く筈もない。

陽道の元を訪れた織絵の顔が暗い。

陽道が引寄せる腕を押しのけられると陽道も訝しげに、織絵を見た。

「どうした?」

「・・・・」

「障りか?」

月の物のせいで触れられるのを嫌がったかと思ったのである。

「ならば・・良い・・・」

「・・・・」

胸に記するものがある。陽道がそれを言おうとすると

「孕んでしもうた」

織絵が先に切り出した。

「まずいの・・・・」

鉄斎に言い分けが立たぬ。

己の進退がとうとう窮まる。

「掻き出すかの」

孕み落しは人の子にはきかぬ。

益してや、望んで深みに落ちた者同士であれば、

鬼の子であろうときかぬ。

と、なると最悪掻き出すという方法があるが、

言った側から陽道も

自分の子を無くしたくも無い事に気が付いている。

「厭じゃ・・・陽道の子じゃのに」

そう、言い寄せてくる織絵に、陽道も

「わしもじゃ。織絵の子なら産ましめたい」

と、いうのである。

そうなると織絵こと、波陀羅もじっと案を模索し始めた。

「荒神の退治も出来ぬ上、

子を孕ませたとなれば・・・・わしも危ない」

陽道がぽつりと呟く。

「のう。産まれくるのは・・・人かの?」

「あ、」

鬼である波陀羅に乗っ取られた織絵の体から

生まれくるのが、人であるとは言い切れない。

「判らぬ。八分方、人の・・・」

そういう陽道の言葉が止まった。

「どうした?」

「あ、いや・・・」

鬼の子など要らぬのである。

波陀羅は、その陽道の顔で陽道の思いが見て取れた。

織絵の子ならばこそ、欲しいのである。

鬼の子なら、掻き出せとでも言出しかねない。

しばらく考えていた波陀羅であったが、やがて

「二人の身の立つ様にしよう」

波陀羅の言う事は何処ぞの鬼を退治しようと言うのである。

そうすれば、まず第一に陽道の面目が立つ。

「だが、腹の子は?」

「その、鬼のせいにすればよい」

が、鬼の子と言われれば

何処の親でも考えつこう事を陽道は口にした。

「孕み落しをせよと言われよう?」

「もう、遅いとでも・・・なんとでも」

「・・・・」

「ふ、こうなったのも、私の落ち度。

鬼の子を孕んだとあらば世間様の手前も御座いましょう。

この陽道が先に織絵様と深い仲になったのを

知ってとうとう、鬼が姿を現したのを、

討ち取ったという事にして、世間の手前、

陽道に織絵様を下さりませ」

波陀羅が陽道にそう、知恵を含ませると

「う、は、はははは。成る程。

万が一。鬼で生まれても、言い訳が立つ。

わしに似ていても、夫婦事の性が入り組んだと言える。

おまけに荒神を退治できれば」

一挙両得を絵に書いたような物である。

「命あっての物だね。

織絵の孕んだ事など、鬼の首を見れば、鉄斎も・・・」

突然、波陀羅が鉄斎の声色を真似て謡を唸る。

「恐ろしや~良くぞ、助けおりてや~~ありがたや~~」

それに続けて陽道が

「そこまで言わしめるなら~~

こちらからたっての願い~~どうぞ、織絵の婿殿に~~」

浄瑠璃の如き節回しで二人が掛け合う。

波陀羅の描いた筋書きに陽道も乗気でいるのが判った。

「だが、肝心の鬼は?」

鬼のことは鬼に聞くしかない。

「考えがあるに・・・・やっかむなよ」

念押しして波陀羅は己の企みを陽道に話し聞かせた。


                               

波陀羅が策略にかけようと決めた鬼は

邪鬼丸こと、新羅の婿殿である。

波陀羅は、もともとは普通の女鬼であった。

波陀羅が織絵の身体の中に住みつくような術を覚える事になった、そもそもが邪鬼丸への復讐にあった。

この波陀羅の初めての男が邪鬼丸であった。

好きな様に嘘吹き、通い摘めた挙げく

波陀羅を我が物にするとものの三月もせぬ内に飽きた。

己の物への侮辱と、

邪険に扱われた末邪鬼丸に去られた悲しみとで

波陀羅は二歳泣き暮らした。

そうする内に波陀羅は新しい男を得た。

男鬼が聞くのについうかりと初めての男の名を口にした。

初手でない事は判っておる事であった。

今更、すんだ事でしかない。

が、男の方はその相手が邪鬼丸であった事も

気にいらなかったのである。

波陀羅が言い分けがましく、

それでも本の三月ほどの仲でしかなかった事を告げると

男の顔が途端に醒めた色になった。

追いすがる波陀羅に

「邪鬼が、三月で飽くような、女子に

おだを上げておったと知れたらわしが恥ずかしい。

わしとの事は誰にも言うな」

と、言い返してきた。

波陀羅の中で邪鬼との事の悲しみが

憎悪に変ったのは、その時である。

波陀羅は森羅山に入ると邪神である、

いかずち、なみずちの双神の社に向かった。

そこで波陀羅は法術を修めた。

が、三年も過ぎると里心がつく。

双神の許しを得ると波陀羅は古巣に舞戻った。

――どうしても、邪鬼は憎い。

が、己の物、その様に拙い物なのか?―

一度知った肉の味を思い起こさせるようなほたえの春を

迎えていた波陀羅であった。

思った事を確かめる為にも、

己のほたえに突き動かされ、

波陀羅はもう一度、邪鬼丸に近づいていった。

「おう。波陀羅。良い女子になったの」

昔を忘れ果てた様な口振りの邪鬼丸であるのに

その手を取られると波陀羅はそのまま、邪鬼丸に抱かれた。

「のう。我の何処がいかなんだ?」

昔の事を口に出した途端、邪鬼丸が嫌な顔をした。

が、思いきって

「我が物は、ようなかったか?」

尋ねると、憐れと思うたのか、本意なのか

「わしは・・・それで、お前を捨てたでない」

と、言う。

「ならば、なんで・・」

「わしは、陰な女子は性に合わぬ」

それでも、お前の物が良い故に、

それでも、三月も続いたと言う。

「(三月も・・も?・・)・・・陰・・じゃと言うか?」

「じゃろう?わしに捨つられたというて、

軍冶山から一歩も出て来んで泣き暮らしおったろう?」

「いくら・・・ようてもか?」

「ああ」

「伽羅はどうじゃ?」

邪鬼の女子の事である。

「あれは・・・」

邪鬼丸が、ぐっと詰まる。

陽気な女子であるが

最近は新羅の事や里の女の事まで、とやかく煩い。

口に出さなくとも、

その辺りを心の内でぐずぐず思うておるのに

嫌気がささぬでも無いが、

お前が良いと言うと身体を開くのが伽羅である。

「早い話しの。物ではない。あれは・・わしをその気にさせる」

「わ、我は?」

「抱いておろうに」

さっさと己のほたえを始末したいだけの邪鬼丸である。

波陀羅の腰を押すと、今度は己の物に向けて、

波陀羅の腰を引寄せながら激しく

己の物を何度も付きこんで行く。

「ぁ、ああ・・本意じゃな?・・本意じゃな?」

「おうよ」

(そう答えたきり、それから、

邪鬼丸は波陀羅に寄り付きもしなかった。)

一度ならず二度もでも、嬲られると

己の浅はかさが疎ましくなった。

が、それでも、まだ何処かで邪鬼丸を求めていると気がつくと、

今度は邪鬼丸を求めさせてしまうそのほたえに

波陀羅は大きく振られ出した。

ほたえを抱え込む波陀羅の事を

邪鬼丸は元より、邪鬼丸の事を知ってか、

昔の男が話したのか、どう噂されたのか

波陀羅を振り向く者は居なかった。

己のほたえに狂いはてると

波陀羅は白拍子に身を映して人の所を渡り歩いた。

銭を渡され身体を預ける。

銭なぞ波陀羅には役に立たなかったが

人間の男は波陀羅を見ると面白いほどに、

寄って来ては銭を握らせた。

そして必ず波陀羅を求めた。

情交と呼べる物ではない。

が、波陀羅はそれで、

邪鬼丸に損なわれた自信を取戻して行く事ができた。

そうする内に妙な男を見つけた。

あくどい男であるが、一人の女をどうにも出来ぬらしく

抱いた女子、抱いた女子にその思いをぶつけるが如く

女の名を呼ぶ。

(織絵・・織絵・・織絵・・・)

男が他の女子の名を呼んでいるのさえ気がつかないほど

抱かれた女子も執拗な高い快感にほだされて

何度も何度も後を引く長い声を上げていた。

どのような持ち物があれほど女子を無我夢中にさせてしまうのか、それ程の男が織絵を物に出来ない。

不思議な心持と

生唾の出てくるような男への興味とで

波陀羅はその男をに目を向けるようになった。

それが陽道であった。

――そして、その陽道がとうとう織絵を殺してしもうた―――

軍冶山の冷冷とした、棲家に戻るのもつまらなかった。

どうせ戻っても誰にも相手にされない。

おまけに白拍子に身を変えて

人間の男に相手をさせていたのも

良い程取り沙汰にされておろう。

織絵の家は波振りも良い。

陽道にも一度は抱かれてみたかった。

良い暮らしと波陀羅を抱く相手が一遍に手にはいる。

思い切って波陀羅は陽道の前に姿を現したのである。


賀刈陽道――齢二十六という。

この男、陰陽師なのであるが言う事が違っていた。

筋は通っている。

正しく筋が通っているのではない。

簡単に言えば裏を返せばそれも一理という筋である。

(人を殺したというてな。殺した奴が悪いは浮世よ。

殺されねばならぬ因縁抱えておった、そやつを

殺してくれた奴こそ正義よ。

真に悪いは殺されねばならなんだ奴の方よ)

と言うたりもするが、

(と、いうて、それを表沙汰には口にはできぬがの)

と、狡賢く、立ち回る事は、判っているのである。


その陽道が波陀羅の企みを聞くと

「白があらば黒が同じだけいる。丁度良い」

と、言う。

己の仕出かした不始末を白にする為に

邪鬼丸の事を黒にするのが丁度良いという。

邪淫の者を断つは正義である。

織絵の身体を嬲る鬼を陽道が許せる筈もない。

波陀羅が邪鬼丸を狡知の手管にかけた末、

邪鬼丸が乱行のほたえに身を投じている隙をついて

その首を刎ねようと言うのである。


そして、織絵はとうとう邪鬼丸を家にまで連れ込んだ。

一度体を与えると邪鬼丸は当たり前の如く

織絵の元に忍び込み、織絵の上に重なった。

「好いたらしい女子じゃ。ここの具合も良い」

向こうから転がり込んできた女の持ち物を褒め上げると

邪鬼丸の物を入れ込んでやる。

途端に女子の声が上がるかと思うておったが

「邪鬼。我にはお前が初手じゃったに、

お前には・・この女が最後になるに・・・」

「えっ」

邪鬼丸がやっと織絵の正体に気が付くが時すでに遅い。

織絵に締め付けられた太腿を取り払おうと

もがく邪鬼丸の後ろから

その髪を掴んだ陽道が

その首に刃を当てた。

「おっ・・わっ・・」

「よう、切れる」

血糊のつく刀を振り払うと

陽道の手に重く邪鬼丸の首がぶら下る。

「鉄斎殿」

陽道に呼ばれた鉄斎が用意していた盥を差し出すと、

陽道は邪鬼丸の首をその盥の中に放りこんだ

目を背ける様にしながら鉄斎は首を持ち去ると

五斗樽の中に放りこんだ。

その上から塩を足るほど入れると

八尺ある樽の底に沈んだ首から

それでも血が上がり白い塩を赤く染出してゆく。

「恐ろしいものだ」

鉄斎はこれで娘が救われたと思うとほっと胸を撫で下ろした。


首を無くした胴を河原に運んで行くと川岸に晒した。

流れる水が後から後から滴り落ちてくる血を拭い去ると

その色を赤く染め変えては流れ去って行く。

後は天から干しにしてからからに乾かして燃やし尽せばよい。

邪鬼丸を退治した陽道の名が天下に知らし召されるのである。

                                              


―― 邪鬼! ―――

その姿を見つけたのが伽羅である。


昨日の事であった。

新羅が怒鳴りながら伽羅の住処に入り来ると

あちらこちらを探し回る。

邪鬼丸を探しているのである。

『新羅・・・・』

ここに隠れておらぬと判ると新羅は伽羅をといつめる。

「邪鬼を何処にかくした」

「来ておらぬ」

「嘘を言え」

邪鬼丸の事だ。

又、人間の女子の所に行っておるのだと、

伽羅は思ったが新羅の腹の膨らみにそれを堪えた。

新羅はそれを知らない。

子まで宿しおるのに邪鬼の相手が伽羅だけで無く、

人間にまで手をだしていると言うのは忍びなかった。

「隠しておるに。他に落ち合う場所を作っておるのか?

そこに居るのか?」

「知らぬ。ほんに知らぬ」

「もう・・・十日も帰って来ぬのじゃ」

遅うなっても帰って来る。

まかり間違っても次の日の朝には何時の間にか新羅の側に居た。

ここに邪鬼は、必ず帰ってくる。

結局ここがいいのだ。

新羅が良いのだ。

そう思えて、新羅も伽羅の事は目を瞑った。

腹もいこうなると、邪鬼への勤めも果し憎うなる。

何の相手もしてやれぬのに帰って来るのであらば、

良しとするしかないのである。

が・・・・

「十日も?」

伽羅も引き止めても帰る邪鬼を知っている。

それが十日も居続けになるほどに骨抜きにされているとなると、

ちっとやそっとでは帰って来ぬかもしれぬ。

「ほんに・・知らぬか?とぼけけおるのでないかや」

「いいや、新羅。怒りよるなよ」

「言うてみや」

「我の所に来たは、もう・・十日以上前じゃ」

「・・・・」

「やはり、他に女子がおるのだの」

「あ」

新羅とて、気がつくことである。

「伽羅も知りとうないかもしれぬがの・・織絵という名を呼びよってな」

「織絵?」

「問い詰めたらの。生まれくる子の名を考えておったというに・・

わしは、女子の子が良いのと余り、嬉しげに言うに・・・

それ以上は聞けなんだ」

「織・・・絵」

「人間の女子のような名じゃに。そう思わんか?」

「新羅がそう言うなら・・・そうやもしれん」

「伽羅に言う筋合いではないが、探して来てくれぬか?

この、身体では我もどうにもならぬ。それに・・・」

「それに・・・?」

「いやな予感がするに。

十日前の夜にひどく腹の子が暴れおってしくしく腹が痛む。

それからは嘘の様に動かぬ。

婆様が心の音をきいてくれて、生きておるに

赤子は大丈夫じゃというておったが・・・

それが事が、妙に気にかかる」

「判った。

どうせ、何処ぞの女子の所に居続けておるのじゃろう。

要らぬ心配すなや」

そう新羅に言い残して里に出てきた。

新羅に言われた時伽羅の中にも、ぞくとした思いが湧いた。

いつか、祟り目が来る。

そう思うほど邪鬼の色狂いは度を越していた。


里に下りて邪鬼丸を捜し歩いた伽羅が目にした物は、

無残なものだった。


――川原の木に逆さに干されている鬼の身体に首が無い――


油糊が出ているその首からもう、血が落ちる様ではない。

邪鬼に間違いない。

その身体に幾度擁かれたか。

首がのうても伽羅が見紛う訳が無い。

括られた紐を解いて

邪鬼の身体を持ち去って行こうとしたが、因綬が掛っている。

紐の結びも護法の印綬の型に結ばれている。

「陰陽師の・・・仕業」

首も何処かにひもろぎを張って塩付けにされているに決っている。

に、しても、もう、この身体に首を繋ぐ事はできない。

死ぬるのを塩桶の中で待つしかないのである。

どうにもならぬと判ると伽羅は伯母小山に飛んだ。

じっと座り込んでいた新羅が帰って着た伽羅に気がついた。

「どうじゃった。居ったに?」

「新羅。落ちついて聞けや」

「え・・・・」

「どこぞの娘に手を出したのじゃろう」

「何処に?何処に・・・居るに?」

伽羅は頭を振った。新羅はそれを見ると、口を閉じた。

「親御が腹を立てて、陰陽師を呼んだのじゃろう」

「え?」

「・・・」

「そ、それでは?」

陰陽師。

鬼を狩ることが出来る唯一の存在であるといっていい。

その陰陽師が呼ばれたということは・・・・。

新羅の胸に察するものがある。

はたして、

「川原に逆さに吊るされておるに紐が外れん。

連れて帰る事も適わん」

「生き・・生きておるのか・・や?」

伽羅は頭を振った。

「首を切られておる」

「それでは、邪鬼かどうか判らぬ。違うやもしれん」

「お前。邪鬼の身体を見紛うか?」

新羅が恐れる様に小さく首を振った。

「新羅にはすまぬが伽羅は邪鬼とは五年ごしの仲じゃに」

「ん・・・」

「間違う訳が無い」

「・・・・・・」

新羅の肩が小さく震えるのを伽羅は黙って見ていた。

「連れて行ってくれぬか?」

新羅が邪鬼丸のその身体だけにでも別れを告げたくもあり、

己の目で邪鬼丸である事をはっきりと確かめたいのでもある。

「見ない方がいい」

「・・・・・」

「見たら、酷うてやりきれん」

「すまなんだ」

それを見せに行った事を新羅は伽羅に詫びた。

「どうしょうもない」

邪鬼丸に落ち度がある以上

呪術をもってやり返しても反古にされる。

それ所か陰陽師相手に鏡の因理におうて

刎ね返されたら我が身が危ない。

陽道と波陀羅の企みに

邪鬼丸が命を落したと知るわけもない伽羅はそう言うしかない。

「諦めよ・・・とか」

「新羅。のうなった者の仇を取れぬは悔しかろうが

こうなったら、その腹の子だけが邪鬼の生きた証じゃに。

その子を思うて辛抱しや」

「伽羅」

「伽羅には、子は宿らなんだに。邪鬼も望まなんだに。

何も残らぬに、何も無いに」

「・・・・・伽羅 」

「それだけでも、どんなに幸せかと思うて、諦めるしかないに。

伽羅には諦める物が何も・・・無・・い・・・」

二人の女鬼の号泣が重なり合い祠の中に響き渡った。


鬼の退治がすむと畳に平伏す頭を擦り付ける陽道の姿があった。

「気が付くのが遅う御座いました。

何もかも、陽道の手落ちで御座います」

と、言われれば鉄斎も責める気になってしまうというものである。

「何の為に着いておってくれおった。

孕み落しも出来ぬ程になりて、

それでのうても鬼に嬲られた娘の所にどう、婿を取ればよい。

世間様にどう・・・」

図らずも鉄斎の口から陽道の思惑とする所が言い出されると

「この陽道が先に織絵さまと、

深い仲になってしもうた事にして下されませぬか?」

「な・・・何?」

「私の落ち度を拭う、言い分けがましい事では御座いますが

世間様の手前、この陽道が織絵様と

先に深い仲になってしもうたので

鬼が劣情に狂うて現れたという事に」

「そ、それでは・・・・」

陽道が鬼に犯された娘の責任を取らさせてくれと

言っているのだと鉄斎にも判る。

「はい」

腹が目立たぬ内にと話しを進めて、

一月もせぬ内に織絵と陽道の祝言が執り行われた。

私ならば生まれ来たる子の事も夫婦の睦み合いで

織絵様の性だけ残して鬼の性を取り払う事も出切る事です。

と、断言されたのも鉄斎が

陽道を婿に取る事を決めた大きな要因でもあった。

やがて生まれでた子が鬼で無くなっているのが判ると

鉄斎も手放しで喜んだ。

生まれた子に一樹という名をつけたのも鉄斎であった。


その後、直に織絵は二人目の子を孕んだ。

二人の子を孕み、十月を腹に抱え、

産の痛みに耐え、乳を食ませて、しめしを替えて、

何時の間にやら波陀羅も

織絵の身体と共に母親になっていた。


十余年が過ぎた。

鉄斎の妻は心労が立ったのか一樹が生まれ

二人目の子である比佐乃が生まれると間もなしに

この世を去っている。

鉄斎も齢に勝てず伏せこみ勝ちになると身代を娘婿に譲った。

何もかもが二人の勝手になり、子も福々と育っている。

絵に描いたような幸せに浸りこんでいる波陀羅の胸の中に

瑣末な思いが生じて来たのもこの頃であった。

(この波陀羅こそが織絵であろう?

陽道の妻はこの波陀羅であろう?)

幾年の日々を陽道と供に過ごし、

織絵の身体もすでの波陀羅そのものであった。

その陽道の望むままに子を成し、産の痛みにも耐えてきた。

波陀羅こそ織絵であるのは間違いのない事であった。

十年余りの歳月が波陀羅の女心に

波陀羅として愛されたいという哀しい思いを膨らませていった。

十年余りの歳月が、波陀羅の中に小さな自信を育ててもいた。

陽道も波陀羅を愛している筈である。

それを確かめたくなったとしても、

波陀羅が自分そのものを求められる事を望んだんだとしても、

それも無理のない事であった。

この先も陽道と居る為にはどの道織絵の姿で居るしかない。

が、それでも一度だけで良い。

織絵でない波陀羅の自分を睦んでくれる陽道を見たい。

たったそれだけの哀しい女心でしかなかった。

波陀羅が鬼の姿に戻って寝屋に潜り込んだ。

そうとは知らず陽道が波陀羅に手を延ばした。

が、途端に波陀羅であるのに気がつくと陽道は

「うっ」

と、うめいた。

呆けた顔で波陀羅を見つめていたが

うろたえて立ち上がると隣の部屋に駆け込んだ。

そこには、くたりと横になった織絵の蛻の空が臥せ込んである。

それを見ると陽道は慌てて波陀羅の元に戻ってきた。

「波陀羅。頼む。戻ってくれ」

陽道が手を合わせた。

女は見目形では無いとはいうものの

それならば織絵が醜い女であったなら

陽道は魅かれていたであろうか?

織絵の見目形があってこそ織絵なのである。

波陀羅にその身体を取られ織絵は織絵でない。

が、陽道には織絵なのである。

「・・・・・」

陽道が波陀羅を見る目、

それはからくりを操る人形師に、

人形を動かしてみせよと哀願する幼子の物でしかなかった。

傀儡を動かす女でしかない。

傀儡を愛す男でしかない。

黙って陽道を見詰めていた波陀羅であったが、

やがて立ち上がると言われた通りに織絵の中に戻った。

「ああ・・・織絵」

織絵の姿になって寝屋に戻ってくると陽道は織絵をかき擁いた。

「ああ・・・織絵。織絵」

そう呼ぶと陽道は、すぐさま織絵の口を吸う。

波陀羅の思いなぞ頓着なく、

波陀羅が何故波陀羅の姿で現れたのかも気にもならない。

気にしないのか、あるいは敢えて聞く事を避けているのか。

波陀羅の中の深い悲しみも打ちのめされた思いも関係なく、

ただ織絵が織絵であれば良いのである。

「織絵・・ほれ・・・開いてみせや」

その言葉のまま織絵の身体を開くといつもの事が始まる。

それが、波陀羅を冷めさせた。

心の中に渦巻いた物を恨みと呼んで良いかもしれない。

邪鬼丸のあしらいに涙し、悔し涙を呑んで

復讐の思い一心でいかずちなみづちの修行を受けた。

が、戻って来てみればやはり邪鬼丸が恋しい。

二度までも、己の執着をこけにされても

尚、忘れられなかった男を己の利欲の為に殺す事を

思い立てたのも、陽道の思いを勝ち取りたいと思えばこそだった。

陽道さえおれば良い。

そう思った時、閉ざした筈の復讐の念が開いた。

一石二鳥とも言えよう。

この身の安泰と陽道との恋路。

もう何者にも邪魔される事は無かった。・・・筈であった。

が、自分が自分でない。

陽道が求めているのは織絵でしかない。

恋路を生きているのは陽道と織絵なのである。

『我は影かや?

我は陽道と織絵の恋の道行きを操るだけの影かや?

我は影かや?愛されもせぬか?

波陀羅じゃと言うも許されぬか?

見向きもされぬか?我は・・』

「織絵。のう・・いつもの様にしてくれぬか?」

好きな様に織絵の中を蠢かしていた陽道が、

織絵から己の物を引き抜くとじとりと濡れた物を

織絵の口元に寄せて来る。

一度、織絵を責めた物を含ませるのが余程興をそそるのであろう。

ここしばらくはそういう戯れに

波陀羅も疼くような高揚を覚えさせられていた。

が、今の波陀羅には余りに惨め過ぎる陽道の要求であった。

波陀羅がじっと、惑っていると陽道がそれも戯れと思うたのか、

「舐めとうしてやるわ」

波陀羅の物にぐうと指を入れこんで来た。

「織絵。良いじゃろうが・・・。ほれ、舐めて見せたら、

ここにもう一度いれてやる。はよう」

飼い慣らされた犬が歯向かうのは、

己の痛みに耐えられなくなった時であろう。

冷めた波陀羅の目に映ったのは、

波陀羅が己の肉棒に飼い慣らされている

と、思い込んでいる憐れな主人であった。

『我はお前の心が欲しかっただけじゃ。

織絵を嬲る肉棒なぞ、欲しゅうない』

ぐうと押し付けてきた物ごと、

波陀羅は思いきり陽道を跳ね除けた。

鬼の力で押し飛ばした事に気が付いたのは、

陽道がくたりと倒れ込んでからであった。

「!」

打ち所が悪かったのか陽道はあっさり息絶えていた。

慌てて波陀羅は反魂を唱え始めた。

が、途中でやめた。

生き返らしてどうなろう。

この惨めなまま陽道に身体を開いて生きて行く?

十年前のあの時。

鬼が生まれくるやも知れぬというた時の陽道の顔を

波陀羅は今更に思い出していた。

(鬼の子など要らぬ)

その顔をである。

鬼が生まれておったら陽道は

その子を邪鬼丸同様、首を切り落したのであろうか?

初めから波陀羅など見ておらなんだものを・・・・。

だが、

波陀羅はもう一度反魂を唱え始めた。

ふと、思うた子どもの事が胸を刺した。

それでも陽道は一樹にとって比佐乃にとって、

かけがえのない父親なのである。

その父親を奪う事なぞ出来よう筈も無かった

「おんばしゃ。おんばまぁ。ぐだら。そわか・・・・」

「波陀羅」

呼ばれた声に血も凍るような思いで

波陀羅は呼ばれた声に振り向いた。


「ぁ・・・独鈷ではないか」

「えらい事をしてしもうたの」

同門の兄弟子になる独鈷が何故ここに現れたのか

不思議な面差しで見るに、独鈷が

「なに。なみづち様にお前が弱り果てていると言われての」

「あ。なみづち様は我をずうと見遣ってくれおったのか?」

「当り前だろう」

波陀羅はこの時は

まだ、なみづちが波陀羅を見ておった本当の理由も

、独鈷を遣わせた本当の理由も知らず、

己のある事を見てくれおる存在に思わず咽び泣いたのである。

「お前。この男が憎いであろうに、何故生き返らす?」

波陀羅の心の底の悲しみを

全て悟っている独鈷の口調が余りに優しい。

「子が憐れじゃに。よう、死なせん」

「わしが、助けてやろうか?」

「え」

波陀羅が織絵にしたように、

独鈷が陽道にそうしてやろうかと言うのである。

「しかし・・・」

「わしは、お前がいかづち、なみづち様の所におる時から

好いておった。

お前が宝の様に子を思うておるならわしにも可愛かろう?」

波陀羅の不安を拭い去る言葉を選んで言う独鈷である。

かてて、愛してくれぬ者のない波陀羅である。

好いておったと聞かされれば

波陀羅が独鈷に縋り付いて行く思いが湧いて来るのである。

「わしが事は・・・厭か?」

「いやではない・・・が」

「ならば、波陀羅。そうさせてくれ。お前と居りたい」

「・・・・」

この美しい織絵を見て言うておるのだと思うと、

波陀羅は、あれから何年経っておるのか、考えていた。

仮に独鈷の言葉が本当の事であったとして、

独鈷の知っている波陀羅は

もう十年以上前の若い波陀羅である。

結局陽道と同じ思いを被せられたくはない。

が、それを口に出すのも惨めな事であった。

「どうした。良いのだろう?な?

良いならば、そんな女の身体から抜け出て波陀羅を見せてくれ」

「え」

波陀羅のままが欲しいと言う。

織絵を一言の元で(そんな女)と、片付けてしまい

織絵なぞ眼中に無いのである。

乾いた心に独鈷の心根が憎いわけがない。

波陀羅は織絵の体から抜け出ると

織絵の身体を打ち伏せるとそのまま独鈷に縋って行った。

『我が良いと言うてくれるか・・我が良いと言うてくれるか』

二つの死体が転がる部屋の中で波陀羅は独鈷に抱かれた。

「波陀羅。なみづち様の元を出てから

男が欲しゅうてしょうがなかったろう?」

「あ、いや・・そんな事は・・・」

「お前は途中で出おったから知らぬがの。

なみづち様は女子の性を、

いなずち様は男の性を差配なさっておるのだ」

「性を?」

「救うて下さるのじゃ。

どうしょうもないほたえを諌めてもくるれば、

恐ろしいほどの性の快感の高みも与えて下される」

「・・・・」

「じゃから、なみづち様の元を離れると殊更情欲に身を焦す。

わしも、いなづち様の元を離れた途端にお前が欲しい」

「情欲で、波陀羅が欲しいだけかや?」

「阿呆。お前じゃから、欲しい。

お前じゃから、もっと・・喘がせてみたい」

「ああ・・・」

「波陀羅。言うてみろ」

「あ、何を?」

「まどうや、まーんさ・・まつや・むどら・まぃとうな」

同じように波陀羅が繰り返していくのを

独鈷は波陀羅の中を蠢かしながら聞いていた。。

「あっ、ああ・・・」

味わった事の無い、鋭く長く高い快感が

波陀羅を捕え出して行く。

「波陀羅。蠢かしてやるに。

よう唱えおれ。もっと・・・深うなる」

「ああ・・・まどうや・まーん・・さ・・まつや・・むど・・・・

は、あ、おううう・・・・おお・・・・おお」

果て無い程のあくめを迎え終わった後も

まだ、独鈷の物がそそり立ったまま

波陀羅の物に突き入れられ蠢かされ揺さ振られて行く。

萎んだ筈の情欲が、

又も小さな快感に動かされ

独鈷の動きに追われてだんだん大きくなってくると

あくめを迎え終わったばかりのほとの中が

大きくうねるように蠢くと波陀羅は次のあくめを迎えた。

二度目のあくめの微動が修まらぬ内に次のあくめが重なってくる。

一度あくめを迎えたほとが次のあくめを迎えるのは早い。

短い間に瞬く間に高い快感が波のように押寄せて来る。

そのうねりを追う様に波陀羅が何時の間にか

独鈷の動きに合わせて腰を動かせている。

それだけで次から次とうねりが寄せてくる中を

波陀羅は溺れる様に泳いでいた。

『気が遠くなり・・・そうじゃ』

そう意識した後。

波陀羅が独鈷の腕の中で気がついた時には

本当に意識を失っていた事が判った。

「こまで、高く・・・深い」

「そうじゃ。マントラのなせる技じゃ」

「ああ」

二人の睦み合いが再び始まる。

波陀羅の口からマントラを唱えられるのを聞きながら

早くも上がってくる効用に波陀羅が浸りこんで行くのを

独鈷が満足気に見詰めていた。

気を失うほどの高い頂点を与えた独鈷は

心の内でなみづち、いなづちに祈りを捧げている。

かほど高いシャクテイを双神に送るが為に

波陀羅にマントラを唱えさせた独鈷であった。

独鈷が波陀羅にさせている事は

確かに波陀羅に目くるめくような心地よい快感を

更に増幅させる秘術でもあったが、

その裏で灯明の芯に寄せ集めて行く油の如き物として、

波陀羅の性の力(シャクテイ)を

双神に送り与える為の念誦でもあった。

性のシャクテイを己の内に取りこんで生きている双神である事を知らぬまま、波陀羅は双神の元を離れている。

情欲の深みを求める者に、

マントラを唱えさせ恐ろしいほどの恍惚を与え尽くす。

が、その見返りに性のシャクテイを吸うのである。

そのような神がおるわけもない。

神とは名乗っているのであるが禍禍しい魔のものでしかない。

やがてマントラに溺れ、マントラなしで生きられぬほどに、

双神の手に落ちる頃にはその魂は腐臭を放つ。

その魂は性欲の不戒地獄への引導を

刻み付けられる事になるのである。

地獄に落ちてもなおマントラを唱え

二度とあたわる事の無い快感を追うて

亡者になってさ迷うのである。

そうと知らず波陀羅はマントラに溺れこみ

陽道の中に独鈷を住まわせた。

なみづちが一度は宗門を潜った波陀羅を見逃すわけもない。

黙って波陀羅を里に帰したのも

波陀羅の情交のシャクテイを掠め取る為であった。

己に返り来る筈のシャクテイを

なみづちに掠め取られているのに気がつかず、

それ故に浅ましいほどにひどく男を渇望したとも知らず

波陀羅は陽道を得た。

が、その陽道を殺してしまうほどになれば、

波陀羅が情交をなさない事になる。

それもつまらぬ事である。

性への渇望がいなづちの元を離れたせいであると、

独鈷は信じこんでいたがなみづちが波陀羅の元に

独鈷を送り込んだのはそんな企みがあったのである。

同時に宗門を離れた独鈷もいなづちに波陀羅同様、

シャクテイを吸われていくのである。

死体が冷たくならぬ内に各々の身体の中に戻り込んで

朝を迎えると陽道と織絵の生活が始まった。


頃合も丁度良い。

長男である一樹が十五の時、

取りとめない落ち度を陽道は叱りあげた。

「ならぬ事をしおって・・・仕置きじゃ」

諌まらぬ様子で一樹を睨みすえる陽道の前に

へたりと座りこんで一樹は頭を下げていた。

芬芬とした陽道が一樹の後ろに回った。

背中に振り下ろされる棒の痛みに堪えるため

一樹はじっとしていた。

その一樹の腰辺りに陽道の手が延びて来ると

一樹の袴がとかれ引き摺り下ろされた。

尻への兆着は十五にもなれば流石に恥じ入るものがある。

「父さま。堪忍して下さいませ」

思わず懇願する一樹の下帯さえ陽道が毟り取ると

「じっとしておれ。お前がした事への仕置きじゃ」

そう言われたかと思うと一樹の尻の中に

陽道が己の陽物をぐいぐいと捻じ込み始めた。

「ぁ、父様・・父様・・い・・痛・・・い」

「声を出すな。

己の仕置きに負けて声を出すなど持ってのほかじゃ」

陽道にされている事が何であるか判らないまま、

一樹は父の言うとおり、声を忍びその仕置きに耐えた。

これが親子のすることである訳がない。

が、余りの痛みに一樹は

ひどい仕置きがある物だとしか考えなかった。

事が済み果てると陽道は

「このような仕置きをせねばならぬほどにわしを怒らすなよ」

一樹の頭を撫でる。

父の優しい言葉に一樹も

「父様。気をつけますに、どうぞ、堪忍して下さい」

涙ぐんで再び謝る子どもでしかなかった。

恥じ入るような所への仕置きが

その後何度か繰り返されて行くうちに、

一樹の方から他愛の無い阻喪まで陽道に打ち明けて

その仕置きを求めて行く様になっていった。

「父さま。一樹は父様の御着物を踏んでしまいました」

黙っておればすむような事まで仕置きの種にして、

陽道に嬲られる事を望む様になると、

陽道は一樹にマントラを教えた。

「それは?」

「わしが、叱っても叱っても、阻喪を繰り返すに

お詫びのしようの無い。

神様に直に謝るが為の言葉じゃ」

「は・・・い」

教えられたマントラを陽道の口伝えに繰り返しながら

一樹は陽道の快い仕置きを受けてゆく。

「あ・・あああ、ああ」

「まどうや、まーんさ。まつや。むどら、まぃとうな」

口伝を真似て五つの素の名を唱え始めると、

一樹の中の欲情の中核が、覚醒し始めてゆく。

「あ、ああ、ああ・・まどうや・・まーんさ・・・」

恐ろしいほどの覚醒に身を揺す振られ、

一樹は味わった事のない快感の高みに押し上げられていった。

こうして一樹は陽道こと、

独鈷の秘儀に落とされマントラを唱える事で与えられる

いっそう深い魅欲に溺れさせられて行った。

陽道は一樹をいなづち、なみづちの差配の元におく事が成せると、同じようにして、妹の比佐乃も手に入れた。


「ああ?」

一樹は己が叱られるより先に比佐乃が

陽道の物で心良い仕置きを与えられている事に気がついた。

その場に思わず飛び込んで行くと

「父様・・」

一言、そう呼んだ一樹の目の中にある欲情を

陽道は見逃しはしない。

「人の仕置きされおる所に入りおって。

比佐乃の仕置きもせねばならぬ、

一樹、お前の仕置きもせねばならぬ。どうしてくれよう」

一樹を睨みつける振りをして見せるが、

陽道はこの時を待っていたのである。

双神のもとに性のシャクテイ(力)を送りこむ為に、

己がマントラを唱えていれば、

間違いなく邪淫の果てに落ちて行く。

一樹の相手をする時は一樹にマントラを唱えさせる。

そうすれば一樹のシャクテイがいなづちに、

比佐乃の相手をする時には

比佐乃にマントラを唱えさせれば

比佐乃のシャクテイがなみづちに流れ込んだ。

独鈷は黙り込んで

己のシャクテイを吸われる事を避けていたのである。

(いなづち様。なみづち様。独鈷の献上をお受け取り下さいませ)

心の内で双神に語りかけると

「一樹、比佐乃とマントラを唱えて、

二人で詫びながら、お前が比佐乃に仕置きしてやれ」

そう言い捨てると、陽道は隣の部屋に出て行った。

そうする事で、双神どちらにも、同時にシャクテイが渡る。

独鈷の身の安泰も図れるのである。

やがて、二人のマントラが重なり合うと、

喘ぎが混じり込みながら激しい快感を

我が身に与えてくれるマントラを呟く声が

うめく様に聞こえて来た。

それが判ると陽道は立ち上がってその場を離れた。


「ここに指を入れてくれ。の。比佐乃」

一度教え込まれた欲情の始末のしようが無い。

異様な場所の疼きを宥める事を

比佐乃に懇願する一樹であった。

「兄さま。その後で」

「ああ。してやる。一樹は、どちらも欲しい」

比佐乃との情交もいる。

前の物の疼きを比佐乃で晴らせる事は周知の上である。

陽道に教え込まれた異様な性が足掻き始めている。

比佐乃ではどうにもならぬという事が判るのは、直の事であった。

「比佐乃。もっと、早う、動かせ。もっと、指を深う入れろ」

肩を床に着け、尻を比佐乃の前に突き出して

比佐乃の指を楽しんでいたのであるが

「あああ・・・いきつけぬ」

比佐乃に前の物をも握らせて、

その高揚と供に一気に情欲の果てを迎えようとした時、

比佐乃が拒んで来た。

「ああ、兄さま。其れでは、比佐乃の分が・・・」

一樹の物を拒んだまま、

比佐乃が一樹の下に潜り込むと己のほとを開き押しつけてきた。当然。

そのまま、二人の睦事に事が進んで行くのであるが

一樹の中で

『ああ・・・比佐乃の中に果てると同時に

己の尻の物が果てたらどんなに

心地よかろうか』

そう、いう思いが湧いてくるのが否めない。

その思いの高ぶりが叶えられればどんなに高いシャクテイを生み出すかを知っているのが独鈷である。

己の腕の中に沈み込んだ波陀羅が泥の様に

深い疲労の中に落ちこんで行くと、

陽道は波陀羅の傍を脱け出した。

睦み逢う兄妹の部屋に入り、

一樹の渇望を見て取ると

陽道は一樹の上に更に重なっていった。

「ぁ・・父様」

「マントラを唱えんか」

「あ、ああ」

言われるまでもない。

陽道の肉棒が突き込まれて行くのを感じ取ると、

一樹はマントラを唱えだして大きく蠢き出している。

その一樹の下で陽の物を付き込まれたまま、

一樹の蠢きに比佐乃が呻き、

マントラを唱えながら何度目かのあくめを迎え

身も心も放心し切った様を逞していた。

『いなづち様。なみづち様。お受けとりて下されておりますな』

独鈷の献上振りを己自信で誇ると、

そのまま、一樹の物に向けて激しい躍動を与え始めた。

「ああ・・ああ・・父様・・父様・・・はああああ」

「ああ、兄さま・・・あ」

目を覆いたくなる父子、兄妹の相関図に気がついたのは

他ならぬ波陀羅であった。

ふと目覚めた波陀羅の横に陽道がいない。

向こうの部屋からは耳を塞ぎたくなる声が漏れている。

その声の持ち主が誰であるかは波陀羅もすでに気がついている。それよりも、陽道と波陀羅しか知らないはずのマントラが

その声に重なるのである。

恐ろしい予感に胸を塞がれ

波陀羅は声の聞こえるほうに歩んでいった。

祈る様な気持ちでそっと襖をすらして、

僅かばかりの隙間から中を覗き込んだ。

『あ』

何という事であろう。

歪むような顔で陽道の物を受けている一樹も、

その下にいる比佐乃に実の兄が何をしているのか。

そして、同じように比佐乃の顔も疼きを堪え歪んでいる。

とうの昔に性の喜びを身体に教え込まれてしまっているのである。

『ひっ。一樹が・・・比佐乃が・・・』

恐ろしいほどの激情を押さえ込むと

波陀羅は自分の部屋に引き返した。

初めて、マントラを唱える者の情交を見た時、

その底に何があるのかを波陀羅は一遍に理解した。

救いようのない畜生道に我子が落とされこんだと判ると同時に、

双神の贄にされているということをである。


次の夜に波陀羅は用意を整えて陽道を待った。

寝屋に行くと

そのまま布団の中に深く潜り込んでいった。

「どうした?」

先に床についていたのは陽道の姿のままの独鈷であるが、

織絵が波陀羅の姿に戻らぬまま

潜り込んでくるといきなり陽道の物を口に含み始める。

「ふ。これも、たまには良いか」

陽道の物も悪くはない。

織絵の見目形も麗しいものがある。

が、波陀羅自身の時のほうがシャクテイは高い。

己自身を求められる喜びがシャクテイを持上げて行くのである。

が、独鈷自身を言えば織絵の姿も悪くない。

「ああ。波陀羅。歯を宛てるな。そう・・」

鬼の物など口憚ってほうばれる訳がない。

陽道の物と一体になって初めて口からの愛撫が可能なのである。それが良いのである。

やがてマントラを唱え始めるのか。

波陀羅が口を離してゆくりと掌で陽道の物を撫ぜ摩り始めた。

「ふ・・・欲しゅうなったか?」

己のほとに陽物を滑り込ませたいが為のマントラである。

布団を引く様にして波陀羅を引き上げようとした

独鈷が耳を欹てた。

マントラでは無い。

「微塵と乱れや。さばか。向こうわ知るまい。

こちらは知りとる。青血。黒血。赤血。真血を吐け。

泡を吹け。七つの地獄へ打ち落とす。

おん。あびらうんけんそばか」

波陀羅が口中呟く言葉が

不動妙王の因を結ぶ呪詛であると気がついた時、

独鈷の物に鋭い痛みが走った。

「う。あ。おわあああ」

己の一物に絹糸を紙縒り通した畳針が貫き通されている。

それが呪詛で結び玉を括られておる。

針を戻す事も出来ぬほど肉が食い込んでおるのを

仕方なく引き抜けば絹糸が切れぬまま、その身を通す。

呪詛をかけた波陀羅に因を解いてもらうしか法は無い。

「波陀羅。わしが何をした」

苦しい息の下から、波陀羅を宥めるしかない。

「それで一樹に何をした。比佐乃に何を教え込んだ」

波陀羅の言葉を他愛の無い嫉妬だと考え、

浅はかな言葉を返したが

更に独鈷を追い詰めさせるだけの事になる。

「ああ。その事か。わしもお前の物の方が良い」

通し針は陽道の中に独鈷を封じ込める為の手段である。

二つ目の針が陽道の首元から向こうに突き抜けると

「波・・波陀羅・・助けてくれ。

わしも双神に贄を捧げねば、わしが・・シャクテイを吸われ

魂が朽ちる・・・わしも地獄に落ちとうはな・・・い」

今度こそ恐ろしい殺気に気が付いた。

この法なら他愛なく人の身体を乗っ取った者を

その身内で殺す事ができる。

とうの昔に死に絶えた陽道の体など波陀羅が惜しむ訳もない。

『わしのがん箱(棺おけ)が、これか:』

「宝と思うておるのを知っておったろう?

それとも、マントラの秘儀に慢心したかえ?」

耳から一層長い針が通されてゆくと、

独鈷の命も陽道の中で掻き消えた。

それを見届けると波陀羅は織絵の身体から脱け出た。

織絵の身体が横たわると波陀羅は森羅山に向かった。

いなづち、なみづちに一ついでも降してやれたら

死んでも構わぬそう思ってやってきた。

が、

「無い」

在る筈の社が無い。

跡形一つ無い。探す当ても無い。探し様も無い。

足を引きずる様にして波陀羅はその場所を立ち去った。

振り向いてもう一度見てみたがやはり無い。

胸の中に小さな悔いがゆっくり持ち上がって来るのを

波陀羅は感じていた

邪鬼丸の命を絶ってかれこれ二十年近い歳月が流れている。

波陀羅はその足を新羅の居る伯母小山に進めた。


棲家を覗き込む様にしている波陀羅に気がついたのは

新羅の方だった。

「こんな、遅うになんじゃ?誰じゃ?」

新羅はかがり火から木を持ち込むと

その灯りで波陀羅を照らし出しながら歩み寄ってきた。

「新羅!波陀羅じゃ・・・」

そう名乗られると新羅も思い出すものがある。

微かな記憶がある。

昔、軍治山にそのような名の女鬼がおったような気がする。

何処に行ったかその行方を暗ましてから

皆も忘れ果てていた事であった。

「何・・かな?」

その女鬼がこちらを知っておるのも、

ここに新羅を尋ねて来る事も新羅には訝しげな事である。

「我を討ってくれ!」

「な、何を言出すに」

「我が、お前の良人を、邪鬼を殺した本人じゃ」

「えっ」

邪鬼丸の非業の死を超え新羅も新たに良人を得ている。

「今更・・・」

「えっ」

「どう言う理由があったかは知らぬ。

が、もう、二十年も経って今更憎しみに身を窶しとうはない。

新羅もこの春には婆になるに。その手を汚しとうない」

「あっ・・あ・・・う、うわああああああああ」

波陀羅の号泣がこだまする。

「邪鬼丸の事じゃ。お前の心をどんなに苦しめたか。

判らぬでもない。新羅も、あれがした事が返って来たにすぎん、

そう・・思っておった」

「あ・・ああ・・あ、ああああ」

邪淫の果ての、この後悔が波陀羅の胸を苦しめる。

その罪を負わされるかのように

波陀羅が己の子と思う一樹も比佐乃も、

今や邪淫の果てに落ちている。

「波陀羅。もう、忘れてくれぬか?

我も、もう忘れ果てて生きてきたに」

「許すと言うのか?」

「許すも何も、我も邪鬼の事はすんだ事になってしもうておる。

邪鬼の事でお前を許さぬというなら、我も許されぬわ」

「し・・・幸せでおるのじゃな?」

「そういう事かもしれん」

「・・・・・・」

波陀羅はじっと立ち尽くしていた。

その姿を家の中に入りかけた新羅が振り返った。

「殺したいほど、憎めるほど我は・・・

お前ほど邪鬼を思うておらなんだ。

そう言うたら、我をひどい女子じゃと思うか?」

「・・・・・・・」

新羅は最後にそう言うと、そのまま中に入っていった。

(それを愛と言うか?それを愛と言うてくれるか?

我は邪淫に溺れ、己の心を見失うていたのか?)

時既に遠く、己の失くし去ったものが何であったのか。

初めて波陀羅は気がついたのだった。


陽道と織絵の不思議な死に

親戚の矢祖平助は、陰陽師である藤原永常を呼んだ。

永常はその死体を見るとその正体に気が付いていた。

陽道の身体の中で息絶えた鬼がいる。

一方の織絵の身体の中は裳抜けでしかなく

それも、随分前に織絵の魂が脱け出ていた筈である。

同じ様に織絵の身体の中にも

鬼が巣食っていたのは明らかであった。

鬼同士、どういう諍を起こしたのか判らぬが

長年に渡り二人の身体を乗っ取っていたのは、間違いない。

その上、子まで成しているのである。

不思議な気持ちのまま永常は二人の子を透かして見た。

鬼の子であるのか?

そう思ったに過ぎなかった。

が、永常の心配は只の心配だけに納まらなかった。

是なら、余程・・・鬼の子であった方がよほど幸せやもしれぬ。

苦渋に満ちた思いで永常は目を伏せるしかなかった。

「鬼の祟りでしょう」

平助にそう答えると永常は去っていった。


永常の覚書の中に書き記された物がある。

【兄妹で邪宗の韻を唱えあい睦み合う二人の背を取り巻くものが、腐臭を放つ様であった。

その魂に刻み付けられたものが並の事では掻き消えぬ

地獄への引導であると判ると某は何も言えずに帰った。

あれは地獄に堕ちて、

もはや二度と這い上がって来れぬと判ると

二人の邪淫の果てを見ぬ振りをしてやるしかなかった。

あれらの幸せはマントラを唱えて睦みあうこの現世にしかない。

それが、判ると某は黙って帰るしかなかった】


―――波陀羅の苦渋を知る者は、永常だけであった―――

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