第8話
わたくしが主催する社交パーティーは、華麗奔放な悪女に相応しく、最高に豪華絢爛な会場にしました。
参加する方は身分区別など関係なく、わたくしが好き勝手に招待した方々です。
身分も様々な貴族や市民や農民や商人など、本当にたくさんの方が集まってくれています。
堅苦しい作法や決まり事などは抜きにして、気軽に楽しんでもらえるよう、色々な工夫をしてみました。
皆さんにわたくしのパーティーを思う存分、楽しんでいただきたかったのです。
それを、『華麗な悪女』としての
半月後に迫る学院卒業を前にして、わたくしはまだ王太子の婚約者のままでした。
王妃教育も公務仕事もやめて、婚約者らしいことは何一つしていないと言うのに、それでも、王家の意向は変わらず王太子との婚約は解消されなかったのです。
運命の期日が着々と近づいてきて、わたくしは悪夢の未来を確実に回避するため、公爵家を出奔し市井に下ることにしました。
長年、地味令嬢をしていたわたくしには、目立たずに人混みに紛れるなんて造作もないことです。
地味な衣装に身を包んで、伊達眼鏡で瞳を隠し、髪色や形を変えてしまえば、もうわたくしだとは誰も分からなくなるでしょう。
人並み以上の教養はありますので、商家の家庭教師や、田舎町の教員や、孤児院の教育係なんかもできるかもしれません。
ですから、最後に『華麗な悪女』として、華々しく世間を震撼させる悪徳行為をしてやろうと思ったのです。
“忽然と姿をくらませた、王太子の婚約者”になり、
“貴族の責任を放棄し出奔した、身勝手な公爵令嬢”になり、
“華麗奔放で傍若無人な、前代未聞の悪女”になってやろうと、わたくしは決めました。
己が身のためだけに、人の都合も顧みず勝手に逃げ出すだなんて、わたくしったらとんでもなく悪い女ですわ! この国一の悪女と言っても過言ではありませんわね!!
大慌てするクラウス殿下の姿はさぞや見物でしょうに! 愉快爽快ですわ!! ふふん。
悪女としてのとても楽しい日々を、わたくしは十分に満喫してきました。
豪華で贅沢な暮らしにも、華麗なこの姿にも、もう未練はございません。
ただ、皆さんに『華麗な悪女』の記憶を鮮明に残し、忽然と姿を消したかったのです……。
市井で人気だった、劇団や曲技団の一座を招いての催し物は大変好評で、皆さん感激してくれました。
隣で一緒に鑑賞していたルベリウス殿下も、楽しげに笑ってくれます。
「こんな社交パーティーは初めてだよ。君らしくて素晴らしいね」
「ありがとうございます。ルベリウス殿下……」
やっぱり、まったく未練がないかと問われると、嘘になるかもしれません。
『華麗な悪女』になる宣言をしてからというもの、彼はずっとわたくしを守ってくれていました。それはもう、乙女を守護する騎士しかり……。
王太子の婚約者らしからぬ行為をしても、たいしてお咎めがないのは、彼の助力のおかげなのです。
優しい彼を唆して、これだけ色々としてもらっておきながら、身勝手に姿を消すだなんて、わたくしったら本当に悪い女です! 正真正銘の悪女ですわ!!
……でも、そう考えると、いつもは楽しいはずの悪女が、まったく楽しくありません。
なぜだか、どうしようもなく、切なく悲しい気持ちになってしまうのです。
このままではいけないと、いずれは離れなければならないと、思えば思うほど離れ難くて、ずるずるとこの時まできてしまいました。
このパーティーを最後に、彼と会うこともなくなるのだと思うと、切なさに胸が詰まって、涙が込み上げてきます。
滲み出てくる涙が零れてしまわないよう、わたくしは必死に唇の内を噛み、涙を堪えていました。
表情の変化に気づいて、彼はわたくしの顔を覗き込み訊きます。
「……ガーネット、どうしたの? そんな、悲しそうな顔して……君が辛そうだと、僕も辛くなるよ……」
優しい手が頬を包み、神秘的な紫眼の瞳がわたくしを映して、不安げに揺らいでいました。
何でも望みを叶えてくれると約束してくれた彼なら、わたくしの願いを聞き入れて、これからも傍にいてくれるでしょうか?
優しい彼なら、王子である身分もすべて捨てて、一緒に来てくれるでしょうか?
そんなことが、本当に許されるのでしょうか?
わたくしは、とんでもなく悪い女です。
彼の王家としての地位や名誉や財産よりも、わたくしを見ていて欲しいと、ただ傍にいて欲しいと、願ってしまうのですから。
「ルベリウス殿下、あの――」
「ガーネット、僕は――」
わたくしと彼、二人の声が同時に重なりました。
目と目が合い、見つめ合い、もう一度わたくしは彼に――
「ガーネット・ロードライト!!」
突然、遠くから怒鳴り声が聞こえて、会場中がどよめきました。
わたくしの開催したパーティーに、招かれざる客がやってきたのです。
現れたのは近衛兵を大勢引き連れた、クラウス殿下とエメラルダ嬢でした。
クラウス殿下はわたくし達の前に姿を見せると、声を荒げて告げます。
「ガーネット! お前のような醜悪な女とは婚約を破棄する!!」
公爵家の社交パーティーで王太子が婚約破棄を宣言する怒声が響き、一同が騒然とします。
「「「!?!?!?」」」
注目が一斉に集まる中、わたくしはなにがなんだか分からなくなって、混乱していました。
婚約破棄を突きつけられるのは、半月後の学院卒業のパーティー会場だったはずです。
どうして、わたくしが主催するこのパーティーで悪夢と同じことが起こっているのか、訳が分からず呟きます。
「……婚約、破棄? ……」
クラウス殿下はわたくしを険しい表情で睨みつけ、怒鳴り声を上げます。
「よくも今まで、この私を騙してくれたな! 怜悧狡猾で強かな悪女め!!」
「……え? ……」
何を指して言われているのか、わたくしには見当もつきません。
書斎の鍵は確かに返却し、暗証番号も変更するように、お願いしたはずです。
王妃教育も受けていなければ、書斎に近づくことも一切していません。
唖然とするわたくしに向かって、クラウス殿下は言い放ちます。
「私の婚約者と言う立場を利用して、お前は書斎の鍵を入手していたそうだな! ……このエメラルダがお前の不審な行動に気づき、報告してくれたのだ!」
クラウス殿下の後ろに隠れていたエメラルダ嬢が前へと出てきて、芝居がかった身振り手振りで、周囲に知らしめるよう語りだします。
「わたくし、見てしまったんです! ガーネット様がクラウス様の書斎に何者かを引き入れているのを! 鍵を返したと見せかけて、ガーネット様は新しい鍵を入手していたのです!!」
これではまるで、悪夢の未来と同じになっています。
ゾクリと悪寒が走り身体が震えて、血の気が引いていく感じがしました。
このままでは、最悪の事態に陥ってしまうと焦り、必死に声を張り否定します。
「嘘です! そんなこと、わたくしはしておりません!!」
クラウス殿下がエメラルダ嬢を脇に寄せ前に出てくると、わたくしを見下ろし、不敵な笑みを浮かべて告げます。
「お前が罪を認め、改心して誠心誠意私に尽くすと言うのであれば、この私が温情をかけて罪を軽くしてやらんこともない。前と同様に、仕事を完璧にこなしていれば、愛妾として取り立ててやってもいいぞ……どうする?」
「嫌です! わたくしは無実です!!」
あまりの悍ましい提案に総毛立ち、わたくしは反射的に叫んでいました。
これまで同様にクラウス殿下は書類仕事を押し付けて、わたくしを都合よく利用し、弄びたいだけなのです。
「ふん。飽くまで白を切るか。お前の身の回りを調べれば直ぐに分かることだ……連れていけ!」
クラウス殿下は鼻で嗤い、わたくしの主張などはなから取り合わない様子で吐き捨てて、近衛兵に指示を出しました。
「そんな……っ……」
捕らえられてしまえば、わたくしはもう終わりです。
いくら冤罪を訴えても信じてもらえず、身に覚えのない罪状や証拠が数多く出てきて、国家反逆の大罪人として、処刑されてしまうのですから。
絶望の淵に立たされたわたくしは、脚が震え、膝から崩れ落ち――
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