第6話
「だぁ~……やっと昼休みだぜ」
ぐったりと机に身を投げ出す。
あれだけの野次馬に見られてしまったのだ。
亜神市速報が取り上げるまでもなく、パンイチの俺が河川敷で碓氷と抱き合っていた事は学校中に知れ渡っている。
お陰で昨日にも増して喧嘩を売って来る奴が増えたし、その他大勢にも白い目で見られている。
あの画像だけ見れば誰だって俺の事を碓氷を振っておきながらエロい事をしようとした腐れ外道だと思うだろう。
一々説明して回るわけにもいかないから、ほとぼりが冷めるのを待つしかない。
「勇人君、大丈夫?」
「モテる男は大変やなぁ」
空いてる机をくっつけてきたのはクラスメイトの
大は愛嬌のある丸顔をした百キロ超えのデブ。
嬲は中性的な顔立ちをした糸目の美男子だ。
こいつらは俺のダチで、いつもつるんで遊んでいる。
碓氷の事も話しているから、大体の事情は理解している。
「その通りだから何も言えねぇぜ」
皮肉な顔で肩をすくめる。
勘違いの買い被りとは言え、学校一の美少女にして全国レベルのアイドルである氷の女王様に好かれているというのは悪い気はしない。
「それより大。悪いんだが、昼飯恵んでくれねぇか? 朝から喧嘩売られてばっかでよ、昼飯買いそびれちまったぜ」
登校時も碓氷のファンに絡まれて、とてもじゃないがコンビニになんか入れない。トイレに行くのも難儀しているくらいだから、購買や学食に行くのも無理だろう。
「お安い御用だよ」
ピースフルな笑顔を浮かべると、大はこんな時の為に常備している紙皿を机に広げ、その上に右手を翳した。
巨大なクリームパンみたいな大の掌から、どさどさと美味しそうな揚げたての唐揚げが溢れ出す。
「レモンは要る?」
「半分頼むわ」
今度は左手をかざし、皿の半分にしとしととレモン汁の雨を降らせた。
これが大の異能、『唐揚げレモン』だ。
見ての通り、右手から揚げたての唐揚げ、左手からレモン汁を出す事が出来る。
なぜ? そんなの知るか!
異能なんてみんなわけのわからんインチキ能力ばかりだ。
ちなみにカテゴリーは1。
0じゃないのは使い道があるからだろう。
「しゃーないなぁ。ほならワイのパンも分けたるわ」
嬲も唐揚げを挟むのに丁度良さそうなコッペパンを二つもくれた。
そんなに余分に買ってるわけがないから、こうなる事を見越して俺の分を買っておいてくれたのだろう。
「おぉ! 心の友よ! この借りはいつか倍にして返すぜ!」
「困った時はお互い様でしょ?」
「ワイは期待しとるで」
意味もなく三人で笑い合うと、早速唐揚げをパンで挟んで昼食を開始する。
「かぁ~! うめぇ! 大の唐揚げはいつ食っても格別だぜ!」
「ひろヤン。ワイももろてもええか?」
「もちろん」
平和な昼休みを謳歌していると、不意に携帯が震えた。
「碓氷さん?」
「あぁ。ソマリアで海賊と戦ってるってよ」
二人に携帯を向ける。
船員にでも撮って貰たのだろう。
貼り付けられた画像には、氷漬けになった武装船を背景に甲板でピースサインをする碓氷が映っている。
よくわからんが日本企業の漁船に乗ってるとかで、昼飯は獲れたての魚を寿司にするらしい。
と言っても、時差の関係で向こうはまだ早朝らしいが。
「うわぁ。すごいね」
「流石は氷の女王様やな」
「んー」
「どうしたの?」
携帯を手に考え込む俺に大が尋ねる。
「なんて返そうかと思ってよ」
女友達とラインなんてした事のない俺だ。
こんな時、どうしたらいいのか分からない。
「そりゃ勇ヤン、向こうが画像送って来たんやから、勇ヤンも画像で返すのが筋やろ」
「そうだよ! そうしなよ!」
ニヤニヤしながら嬲が言い、大のテンションが上がる。
「やだよ恥ずかしい!」
こいつら、絶対楽しんでるだろ。
「なに言うてんねん! 氷の女王様のこの照れ顔を見てみぃ! 恥ずかしいけど勇人君に頑張ってる姿を見て貰いたい……。そんな健気さが駄々洩れや!」
「そうだよ! 勇人君の画像を送ったら、碓氷さんもきっと喜ぶよ!」
「俺の画像なんか送ったって喜ぶわけねぇだろ……」
「はぁ? なに寝ぼけた事言うとんねん。好きな相手の画像貰って嬉しくない訳ないやろ!」
「碓氷さんは勇人君の事が好きなんでしょ? 絶対喜ぶよ!」
「そ、そうかもしれねぇけどよ……別に付き合ってるわけじゃねぇし……」
二人に詰め寄られ、俺は困った。
確かに、画像を送ってやったら碓氷の奴は喜ぶかもしれない。
昨晩送られてきた友達申請を承諾した後も、ビックリマークの嵐で大喜びだった。
けど、俺は普段から自撮りなんかするタイプじゃない。
二人が見ている前で碓氷の為に自撮りをするなんて……恥ずかしすぎる。
「なに照れとんねん! 男やろ、根性見せや!」
「碓氷さんは異能者の未来の為に、一人ぼっちで海の向こうで頑張ってるんだよ! 応援してあげなきゃ!」
こいつら、他人事だと思って調子に乗りやがって!
でも、その通りだとは俺も思う。
移動には一戸先輩の『裏口』を使っているようだが。
それでも碓氷はこうやって、政府の依頼とやらで忙しく働いている。
そのせいで、学校にだってあまり顔を出せていないのだ。
それもこれも、非異能者から見た異能者の印象を良くする為の広報活動だというのだから、俺達の為に頑張っているようなものだろう。
俺なんかの自撮りでちょっとでも喜ぶというのなら、送ってやるのが優しさという物だ。
……頭では理解出来るのだが、二人にニヤニヤと見つめられると、やっぱり恥ずかしい。
こいつら明らかに、俺と碓氷をくっつけたがってるし。
「そうだ! 折角だし、三人で撮ろうぜ!」
「……勇人君?」
「アホか! そんなんどう考えてもお邪魔虫やろ!」
「んな事ねぇって! 俺のダチなら碓氷にとってもダチだろ? 紹介させろよ! 俺もあいつの事ろくに知らねぇから、なに話したらいいかわかんねぇし。お前らの画像送ったら話題に出来るだろ?」
半分は照れ隠しだが、もう半分は本気だ。
折角碓氷がラインを送ってくれても、共通の話題がないと会話が弾まない。
こいつらとの面白エピソードなら幾らでもあるから、話しやすくなるだろう。
そんな俺を呆れた顔で見て、二人が肩をすくめる。
「勇人君がいいなら僕はいいいけど」
「しゃ~なしやな。せや! 折角やし、こっちのモードで写ったろか?」
よからぬ笑みを浮かべると、嬲が異能を使った。
しゅっとした輪郭が丸みを帯び、中性的な美少年の容姿が女性的に変化する。
ワイシャツの下では胸が膨らみ、ズボンの尻がパツパツになった。
「うっふ~ん。♀度70パーセントや」
高くなった声で言うと、嬲がGくらいに膨らんだ胸をゆさゆさと揺らす。
「だぁ!? バカ野郎! やめろっての!?」
俺は慌てて両手を広げ、周りから嬲の胸を隠した。
男だから嬲は当然ノーブラだ。
そんな状態で♀化したら色々ヤバいだろ!
嬲の異能は『
文字通り、性別を変える事が出来る。
元々中性的で整った顔をしているから、女になった嬲はお色気たっぷりのセクシー美少女だ。
「あん。そないに優しくされたらワイまで惚れてまうで」
嬲がポッと照れるような演技をする。
大は太鼓腹を抱えて大爆笑だ。
「笑えねぇっての! 美少女モードのお前と一緒に映ったら碓氷が勘違いして病むだろうが!?」
「なはははは。それはそれでおもろいやろ!」
「碓氷さんと勇人君が修羅ばってる所も見てみたいよね」
「冗談キツイぜ! いくら不死身の『クマムシ』だって身が持たねぇよ!」
ボヤく俺を二人が笑う。
まぁ、いつも大体こんなノリだ。
そんで結局、三人で肩を組んで笑っている画像を碓氷に送ってやった。
勿論嬲は♂モードだ。
返事はすぐに返ってきた。
『ありがとうございます! とっても嬉しいです! お二人は、伏見さんのお友達ですか?』
『あぁ。クラスメイトの親友だ。バカだけど面白い奴らだぜ。右のふとっちょは手から唐揚げとレモン汁を出せるんだ。これが絶品でよ! 左の糸目は女になれる。これがまた可愛いのなんのって』
『へー。そうなんですか。私とどっちが可愛いですか?』
『んなもん碓氷に決まってるだろ。男友達をそんな目で見た事ないっての!』
『良かった。ちょっと心配になっちゃいました。でも、嬉しいです。可愛いなんて言って貰えて。ふとっちょさんの唐揚げ、私も食べてみたいです』
『碓氷ならいつでも大歓迎だとよ。身体はデカいが、器もデカい奴なんだ。ま、気が向いたらうちの教室に遊びに来いよ』
『是非! その、お仕事がなければですけど。今日はすみませんした。昨日約束したのに、学校に行けなくて』
『忙しいんだろ? 気にすんなよ。別に約束したわけじゃねぇし。友達になったんだ。変な気使うのは無しだぜ』
『ありがとうございます。嬉しいです。勇気を出して告白して本当に良かったです! ところで伏見さんは、私のせいで嫌な目に遭っていませんか?』
『全然、なんともねぇよ。こっちは平和だ』
『本当ですか?』
『本当だって。俺が嘘つくわけねぇだろ』
『よかった。私のせいで嫌な目に遭ってないか心配で。なにかあったら遠慮しないでいつでも言ってくださいね! その時は私が責任を持って処理しますから』
『おう』
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