悪魔探偵〜奇才の名探偵ハルヒコと不憫な悪魔助手ニコラの奇妙な事件簿〜

みやこ。@コンテスト3作通過🙇‍♀️

悪魔探偵、誕生!


 一枚の紙切れを握りしめ、寂れたビルの古めかしい階段を駆け上がる。

 ごちゃごちゃと雑然に瓦落多ガラクタが不法投棄され、忘れ去られた過去の遺物がひしめき合う廊下。人がやっとすれ違えるくらいの細い通路を足早に進み、其の先の3つ目の扉が僕の目的地だ。

 扉には、いやに達筆な文字で『西園寺探偵社』と書かれた表札が掛かっている。年季の入った木製のそれを、僕は勢いよく開け放った。



「春彦様!!」


 僕は大声での人の名前を呼び立てる。しかし、悲しきかな予想通り彼から返事が返ってくることは無い。

 小さくため息を吐き部屋の中を見回すと、大きめのソファで長い足を投げ出し、ゴロンとだらしなく寝転がる1人の男性の姿があった。

 大胆に肌けた白のワイシャツに緩く解いた猫柄の可愛らしいネクタイ、黒のスラックスというラフな格好をした彼は僕の存在に気付いている筈なのに、此方こちらを見ることなく手元の雑誌を興味なさげにぺらりとめくっている。


 この反応もいつも通り、予想通りだ。

 無関心を貫く春彦様の態度にめげる事無く、僕の存在を無視出来ないよう彼の前に素早く回り込み、手元の資料を読み上げた。



「春彦様、市警からの依頼です!」

「⋯⋯」

「昨夜未明、大通り沿いの河川敷かせんじきで身元不明の死体があがりました」

「⋯⋯⋯⋯聴きたくない」


 僕の言葉に、春彦様はあからさまに不機嫌な顔をしてそう呟いた。ふいっとそっぽを向く彼に、僕は深くため息を吐く。

 やっと言葉を発したと思えば、また其れか。


 最近の春彦様の事件に対するモチベーションはグンと下降気味である。僕はそれきりむっつりと黙り込む彼に構うことなく資料に目を落とし、説明を続けた。



「現在、遺体の身元を確認中です。遺体には首を絞められた跡があり、他殺の可能性が高いとの見解です。市警はこのところ抗争中だった非合法組織の関与も見て調査中とのことです」

「あーー! あーーあーーーー!! 聴きたくないっ!!」


 口慰くちなぐさみの棒付き飴ロリポップをガリッと音を立てて噛み砕き、僕の声を聴きたくないという言葉通り両手できつく耳を塞ぎ込んだ彼は、その体格に見合わない子どものような動きでジタバタと足を動かす。


 これもいつもの癇癪かんしゃくだ。これに一々相手をしていては、一向に話が終わることは無いだろう。

 僕は自分の仕事をこなす為、いい歳をして駄々を捏ねる春彦様を目の端に捉えながらも気にせず話を続ける。



「⋯⋯そこで、今回————」

「聴きたくないと言っているだろう! 君は遂に耳まで可笑おかしくなったのか!?」

「⋯⋯ですが、これが名探偵————春彦様の仕事ではありませんか」

「こんな事件は私の仕事では無いっ!」

「殺人事件の解決————此れこそが探偵の本分にして難解なやり甲斐のある仕事ではありませんか。皆が春彦様の頭脳を頼りにしているんですよ?」


 正論を掲げた僕の言葉に、春彦様はグッと黙り込む。しかし、それも一瞬のことで腕を組み険しい顔をした春彦様は投げ遣りなようすで言い放った。


「犯人は人間だ! 以上! 事件解決!!」

「⋯⋯はぁ!? そんなことは僕にだって分かりますよ! 真面目に推理してください、春彦様!」


 僕がやや語気を強めてそう言うと、春彦様はソファからむくりと起き上がり、真剣な顔で口を開いた。



「確かに、君の言う通り私は誰もが羨む唯一無二、世界一の頭脳を持つ名探偵だ」


 そこまでは言っていない————。

 僕の喉からそんな言葉が出かかったが、彼の機嫌を損ねないためにもその言葉をごくりと飲み込む。



「⋯⋯しかし、安易に罪を犯す人間の何と愚かなことか! 其れに毎日毎日、同じような事件の繰り返しでは私の気が触れてしまいそうだ! 犯罪を犯す者は飽きもせず同じ手口に似通った動機⋯⋯一向に成長が見られ無いではないか! このままでは私が退屈と停滞に殺されてしまう! 稀代きだいの名探偵、西園寺春彦殺人事件なんてものが起こればこの国————いいや、世界の重大な損失だろう? そんなことが起きないよう、君には私を楽しませる義務があるのだ!」

「⋯⋯⋯⋯」


 この人は、の神に逆らい地に落とされた悪魔よりも傲慢ごうまんなのではなかろうか。僕は彼にかける言葉が見つから無かった。



「嗚呼、退屈だ! いいかい、ニコラ君。退屈とは死。即ち悪だ! 私の天才的な頭脳を活かす為に探偵業を始めたは良いが、舞い込む依頼は殺人、傷害、窃盗事件ばかり! ありきたり過ぎる! それに動機は怨恨、痴情のもつれ、財産目当てなどくだらない! 嗚呼、実に下らないのだよ! もっと私の心を突き動かす事件はないのかね!?」



 春彦様はそう捲し立てるように言った後、ハッと目を輝かせ、勢い良くソファから立ち上がった。これ迄、散々彼の思い付きに振り回されて来た僕の勘が危険だと警鐘けいしょうを鳴らしている。



「そうだ。良い事を思いついたぞ! 詰まらない人間相手の商売はきっぱりさっぱり辞めて、心霊現象や悪魔などの未知の怪奇現象を専門に取り扱う探偵になろう! 名前は、そうだなあ⋯⋯自称悪魔の君にあやかって“悪魔探偵”にしようではないか。どうだい、ニコラ君。素晴らしいとは思わないか?」

「⋯⋯は、はぁ!? いくらなんでも急すぎますし⋯⋯そんな事件はそうそう無いと思いますけど」

「君は自称悪魔なのだから、お仲間の匂いには敏感だろう? 私好みの事件を探して来給え! 期待しているよ、名探偵の助手君」



 ————自称じゃなく本物なんです!!

 僕が何度言っても、契約者である春彦様は一向に信じてはくれない。

 抑々そもそも魔導書グリモワールで僕を呼び出したのは他でも無い春彦様だというのに、「悪魔など存在する筈が無い!」の一点張り。

 しかも、特に此れといって叶えたい願いがあるわけでも無く、何とか絞り出させた契約内容は「私を楽しませること!」ときては困ったものだ。



 無駄に整った顔でキメ顔を作った春彦様は、このまま勢いで押し切って話を終わらせようという算段だろう。僕はすんでの所で我に返り、市警からの依頼内容が書かれた書類を彼に突き付ける。


「⋯⋯って! 春彦様、この依頼はどうするんですか!!」

「当然、そんなものは断るように! 本日この時をもって、一般人向けの探偵業は廃業とする! と言うことで⋯⋯後は任せたよ、ニコラ君!」

「はあぁぁぁ!? ちょっ、待ってください。何処に行くんですか、春彦様!!」

「散歩に決まっているだろう。私は決まった時間にルーチンワークをこなさないと、その日一日、なんだか調子が出ないのだよ」



 僕の静止も虚しく、春彦様は其れ迄の緩慢かんまんさが嘘のように素早い動作でシャツのボタンを留め、ネクタイを締めてコートを羽織る。

 いそいそと身なりを整えたかと思えば「では、行ってくる」とだけ言い残しひらりと手を振って扉から出て行く春彦様。



「な、なんて身勝手な人なんだ! 悪魔よりも傲慢で悪魔よりも狡猾こうかつ————まさしく、悪魔探偵だっ⋯⋯!!」


 僕は憤慨ふんがいした。





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