第009話「お神酒と書いてブランデーと読む」

「いや~、いい風呂じゃった!」


 上気した顔でシェンがぱたぱたと手うちわをしている。

 湯上り美少女。もちろん彼女がパジャマなど持っているはずもなく。ぶかぶかのオレのTシャツとあろうことかオレのトランクスをはいていた。


「いいのう。この開放感あふれる衣服は!癖になりそうじゃ」


 こんな格好を他に見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。


 ――頼むからその姿で外に出ないでくれよ!


 くそう。こいつと出会ってまだ一日も立っていないのに願い事が止まらない。すぐにでも一〇〇の願い事が埋まりそうだ。


「さて、湯上りの一杯はきっと最高じゃろうな」


 意味深な目でオレを見てくる。

 もしかして、酒を要求されてる?

 この自称神に「飲酒は二十歳になってから」と言ったところで鼻で笑われるだろう。その五〇倍くらい長生きしてるし。


「お主様も一緒にどうじゃ」

 

 いや、何言ってんの?オレはまだ学生だよ。酒なんて飲まないぞ。


「オレは酒は飲めない。飲むならオレンジジュースか何かが……」


「我様は!酒が飲みたいのじゃ♡」


 腕につかまり身体を押し付けてくる。ふわりと石鹸のいい香りがした。


 ――こ、この我がまま狐女!


「……酒かぁ」


「……で、あれば仕方ないのお、お主様の願い事を……」


 シェンが不気味なことを言い出す。


「そういえば台所に上等の酒があるのを思い出しました!」


「なに!上等の酒とな!」


 シェンがキラキラと瞳を輝かせた。

 

 ――すまん叔父さん!


 オレは心の中で叔父に謝った。


 ――秘蔵の酒を使わせてくれ!


 オレだ台所に走る。台所の奥、そこはワインセラーがあった。ワインのみならずウイスキーや焼酎などが保管されている。オレはとにかく高そうな酒瓶を一本手に取ってグラスを手にリビングへ戻っていった。


「なんじゃこの琥珀色の酒は!」


 ブランデーでおじゃりまするお嬢様。

 つまみと炭酸、氷も用意してやった。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるシェンに「ステイ、待て!」と命じて氷入りのグラスにブランデーを注ぐ。ゆっくりと炭酸を注ぐとしゅわっとした音と共に氷のピキンという音が小気味好く耳に響いた。

 二本の指でグラスを持ちスイと彼女の前に出す。


「ブランデーの炭酸割でございます」


「おお!では……頂くとするかの」


 グラスをふっと顔に近づけ、まずは香りをグラスの中で琥珀の液体を転がしながら楽しむ。


「うむ。芳醇な香りじゃ」


 初めは舌先でチロチロと舐めるように、そして次には口に含み舌の上で転がした後にゆっくりと飲み込んでいく。

 飲み干した後「ほふう」と息を吐きながらトロンとした目でオレを見た。


「この【たんさん】というのがパチパチと口の中で弾けて香りをさらに増しておるわ」


 感心したように再度ブランデーを注いだ。


「おい、飲みすぎは……」


「分かっておる」


 真っ赤になりながらシェンは二杯目を飲み干した。

 美味しそうにブランデーを飲み干すシェン。その横でオレはプーアル茶をちびちびと飲む。

 グラスが空になれば酒を注ぎ、シェンが何事かを言えば笑顔で相槌を打つ。手を伸ばせばおつまみの皿をそそと出し、余興を!と声がかかればささやかながら芸を披露した。


 ――何やってんだ……オレ?


 我に返った時には酒瓶は空になりシェンは酔いつぶれてオレの膝の上に突っ伏して寝息を立てている。

 気持ち良さそうだ。

 頬を突っつくとぷにぷにとしていた。それに合わせるように狐耳と尻尾が揺れる。


 ――お、おお!


 ナニコレ!


 柔らかい耳、ふさふさの尻尾。

 こ、これがケモノ耳!?

 サラサラの銀の髪。

 何だこの可愛い小動物は、転がった酒瓶と食い散らかされたおつまみの皿、その可憐な蕾のような口から放たれる酒の匂いがなければオレはこの狐の妖に(※本人は神だとのたまっているが)コロリと魂を抜き取られてしまっていただろう。

 ほっとしたというか、何となく残念だというか……いやいや、そんなことはない。


 ――とにかく寝かしつけておくか……


 このままにしておくと風邪をひく。

 オレはシェンを抱きかかえた。思ったよりも軽い。


 ――まったく、とんだ恩返しだよ。


 オレは仕方なく彼女をベッドまで連れて行った。

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