#050 姫と町長一家

 フルールの町がガウス帝国の侵攻によって陥落してからひと月半。フルールの町は工兵部隊による突貫工事で一気に拡張されガウス帝国の前線基地となった。あまり細かいことを気にしない指揮官により町の名前がそのまま流用されフルール基地と命名された。


 町への侵攻にあたり帝国の姫は何故か無血での攻略を望んだ。フルールの町にはフレミング王国の精鋭部隊が駐屯していたので完全に無血とはいかなかったが両軍共に死傷者はゼロで町は陥落した。そして圧倒的な戦力差によって王国側の兵はもちろん、ほとんどの町民が捕らえられた。近隣の村へと逃げた町民も帝国兵による執拗な追跡ののち捕縛された。皆殺しあり略奪ありが戦の常識の世界において、かなり異常な出来事だった。


 捕らえられた者の扱いについては、普通なら身代金を要求されて払われなければ奴隷落ちなのだが殆どの者が尋問の末に無条件で解放された。そして解放されなかった者たちは基地の各所に分散して軟禁された。その解放されなかった者たちに共通することは、「ミドリと一定以上の面識があること」だった。


 町の中心部にあった町長の邸宅だった建物は作戦司令部となり、その一室に町長一家は軟禁されていた。今日も基地の司令官となった帝国第7皇女のサラが町長一家に語りかける。その口調はとても捕虜に対する尋問とは言えないくらい軽い。そして今日はいつもより更に機嫌がいいようだ。


 「元気ですか?不自由なことがあったら言ってくださいね」

 「サラ殿。何度も言ったが、話すことは何もない。いい加減に身代金を要求するか首を刎ねるかしてくれ」


 憮然とした表情でいつもと同じ答えを口にする元町長のジャム。その両隣には夫人のアンと娘のチェリーとキーウィが同じく憮然とした表情でサラを睨んでいる。サラは町長一家の視線など気にしないで話を続ける。


 「こちらも何度も言いましたけど、そんな物騒なことはしませんよ。だって、あなたたちがミドリ君と仲が良かったことの調べはついてますから。ミドリ君に嫌われることはしたくありませんから安心してくださいね。ミドリ君が見つかるまではココで大人しく生活していてください」


 ミドリの名前を連呼し指を絡ませてモジモジとする姿は普通の恋する町娘のようだ。


 「またそれ、ミドリ、ミドリ、ミドリ。アイツが一体なんなのよ。確かにいいやつだけど普通のガキンチョよ」

 「意味不明。ちゃんと説明する」

 「ふふふ。そ・れ・は、秘密です」


 何度も繰り返されてきた会話に町長一家は溜息をつく。帝国の姫が貴族でもない商人の息子であるミドリに執着する意味が分からない。詳しくは知らないがミドリは有用そうな工作系スキルを持っていたし、魔力操作の才能があった。ただ、それが王国と戦争をしてまでミドリを手に入れようとするほどのこととは思えない。


 「今日は皆さんにお願いがあります。といっても拒否権はありませんよ。追跡調査でミドリ君がグラハムのダンジョンに潜ったことを掴みました。ということで私は冒険者を装ってダンジョンに潜りますので、キーウィさんについてきてもらいます」


 突然の爆弾発言に皆が目を見開く。


 「サラ殿っ!キーウィはまだ成人前だ。ミドリの本人確認なら私か妻が同行しよう」

 「あなたたちは有名人だからダメに決まってるじゃないですか」

 「なら、私が!」

 「あなたは短気そうだからダメです。性格的に大人しい妹さんがベストです」

 「わかった、私が行く。だから町のみんなにひどいことをしないで」

 「やっぱり妹さんで正解ですね。心配しなくても大丈夫ですよ。皆さんはミドリ君が見つかったら王国に返してあげますから、ココで早くミドリ君が見つかるのを祈っててくださいね。ああ、ミドリ君。早く会いたいです」


 頬を桃色に染めて面識もないミドリの名を連呼する姫に薄ら寒いものを感じる町長一家だった。



◆◆◆



 帝国の姫がキーウィとお供数名を連れてダンジョン都市へ旅立ったころ、ミドリたちは焼肉パーティを開催していた。モンスターボックスの解放に協力してくれた礼と妬みを買い過ぎないようにするために、ギルド職員や先輩冒険者にドロップしたミノタウロスの肉を振舞うことにしたのだ。先ほどまでミノタウロスの殺気で満たされていた訓練場は旨そうな焼肉の臭いで満たされた。


 「ミドリー、僕こんな美味しい肉を食べたのは初めてだよぉ」

 「本当ね。とても美味しいわ。あんなに筋肉質なのに草食なのかしら?」


 ミノタウロスの肉は脂がのってとても美味しかった。前世のおっさんのころだと二切れ程度で満足していた霜降り肉も今のミドリならいくらでもいけそうだ。モリモリと肉を頬張るミドリに突然の寒気がした。


 「ミドリ?どうしたの?」

 「なんか寒気がしたんだけど風邪かな?」

 「誰かが噂してるのかもしれないわね」


 こっちの世界でもその例えあるんだ。

 ミドリは呑気なことを思いながら肉を頬張った。


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